第24話 二人で
「せっかく男の子がいることだし、夜桜見物でもいかなーい? 割と近場で、ライトアップとかしてくれてるところがあるよー」
午後六時頃、歌弥さんが思い出したように提案してきて、俺と芽吹は顔を見合わせた。
「俺は、行ってみたいです」
「わたしも! 気になります!」
「んじゃ、行こっか。何か準備があったらしてー」
「えっと、食事とか、準備いりますか?」
「屋台が出てるみたいだから大丈夫ー。あ、秋夜君の分はあたしが奢るけど、千花ちゃんは自分で出してねー」
芽吹が頷く一方、こういうとき、俺は自分がヒモニートであることをより強く自覚させられる。
「あの、俺も多少の手持ちはあるので……」
「いいからいいから。あたし、秋夜君には住み込みで家事代行のバイトしてもらってるくらいのつもりでいるの。あたしが食費とか出すのはその謝礼みたいなもんだよー」
「……でも、ここに住まわせてもらっている分も考えると、報酬過剰という気も……」
「細かいことは気にしないでいんだけどなー。まぁ、どうしても気になるなら、あたしから他にもお仕事を依頼してもいいよー?」
「どんな仕事でしょうか?」
「まずは原稿チェック。誤字脱字、表現が変なところ、読みにくいところとかを指摘してほしい。これは機械的にできるよー」
「……わかりました。やります」
「二つ目。あたしの小説を読んで、良かったところといまいちだったところを簡潔にまとめてほしいなー。
これは秋夜君の腕の見せ所で、上手くできるかはわかんないねー。褒め称えてほしいわけでも、貶してほしいわけでもないからさー」
「……俺、小説は素人ですけど、できますか?」
「素人の意見がほしいんだよー。だって、読者の大多数は素人だからさー」
「……なるほど」
「編集者さんももちろん読むけど、それはどうしてもプロの見方なんだよねー。でも、ネット上の小説投稿サイトで人気のある作品と、書籍になって人気が出る作品って、だいぶズレがあるんだ。プロが読むと滅茶苦茶にしか思えない作品が、素人からするとすごく面白いってことはよくあるのさー。
だから、書き手でも編集者さんでもない、素人の目線でどう映っているのかは気になるんだよー」
「……わかりました。やります」
「あとねー、小説投稿サイトでも、書籍でも、人気作になっているものを読んで、それについても良かったところといまいちだったところをまとめてほしいんだよねー。
小説書いてると、なかなか読む時間を確保するのも難しくなっちゃってさー。だけど、現行でどんな作品が人気なのかはチェックする必要があるのねー。だから、秋夜君が読んで、その辺をチェックしてみてほしいのさー」
「……わかりました。それも、引き受けます」
「そう? じゃ、やってみてー。まぁ、一つ目以外はいざやってみたらすごく難しいとは思うよ。別に始めから上手くやってくれるとは思ってないから気軽にねー」
「……はい」
歌弥さんの生活サポートと、作家としてのお仕事サポート、か。バイトとして成立することではないかもしれないが、歌弥さんのために働けている感じはする。宿泊費や食費などの足しにはなるだろうか。
「……先に謝っておくよー。こんなお仕事頼んでごめんね」
不意に、歌弥さんが申し訳なさそうにそんなことを口にした。
「え? なんで謝るんですか?」
「読者ってさー、たぶん純粋な読者でいる方が幸せなんだよねー。作品を分析的に
見るようになると、物語の楽しみ方が根本的に変質してしまうのさ。お色気シーン一つとっても、無邪気にむふふってできていたのが、ここでサービスシーンをいれてきたか、ふむふむ、みたいな感想も持っちゃって、純粋に楽しめなくなっちゃう。
だから、ごめんね」
「……構いません。それが歌弥さんのためになるのなら」
「そ。じゃ、頼むよ、相棒君」
「相棒、ですか……?」
「ここまでさせちゃうと、秋夜君はあたしの作家活動のサポーターみたいなもんだからねー。二人揃って日色っていう作家、みたいな?」
にへら。歌弥さんの笑みはだらしないのに、俺はその微笑みを向けられることで胸が熱くなる。
「……俺、歌弥さんに必要とされてるって思っていいんですか?」
「うん。いいよー。ただ、それは出会ったその日からだよー」
「……そうですか」
浪人しているときは特に、自分は誰からも必要とされていない、無価値な存在だと思ってきた。
それが、今は、歌弥さんに必要としてもらえている。
すごく嬉しい。本質的に、まだまだ些細なことしかできていないのだとしても。
「俺、頑張ります」
「ん。よろよろー。あ、話が逸れたけど、早速夜桜見物に行こうかー」
歌弥さんが立ち上がり、俺と芽吹も続く。
「いいなー、秋夜君。わたしも、わたしたちは二人で一つ、とか言われてみたい……」
「……身に余る光栄って、こういうときに使うのかな」
「そんなことないよ。秋夜君は、ちゃんとすごい人だから」
「そんなことは……」
「あるんだよ。高校のときは長いこと毎日顔を合わせてたんだから、わたしは知ってるよ」
芽吹の言葉を実感する日は来るのだろうか?
あまり期待はできないと思いながら、簡単に出かける準備を進めた。
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