第39話

舞は振り向いて英介と視線を合わせた。



英介はテストがうまく行ったことを知らせるように親指を立てて見せる。



舞は微笑んで頷き、次に恵美たちへ視線を向けた。



3人ともグッドサインや指で丸作ってこちらへアピールしてきた。



みんなテストは自信があるみたいだ。



これならきっと今年の夏は楽しくなる!



舞は浮き立つ気持ちを押さえて前を向いたのだった。


☆☆☆


夏休み1日目。



舞と英介と恵美と淳子と愛の5人はそろってぞろぞろと病室を訪れていた。



ベッドに寝転んで漫画雑誌を読んでいた青っちは上半身を起こして「どうしたんだよ、勢揃いだな」と、目を丸くする。



5人は互いに目を見交わせたかと思うと「せーのっ」と舞が合図を出し、同時に返却された答案用紙を青っちに見せた。



「おぉ、テスト返ってきてたんだな。みんなどうだった?」



青っちは舞から答案用紙を受け取ってその点数を確認し始めた。



赤ペンで書かれた点数の横に平均点を書いている。



「舞、全部平均点以上取れてるじゃないか!」



「へへっ。私だけじゃないよ。他のみんなもみんな平均点以上で、今年の夏は追試なし!」



舞が言うと、全員が拍手をした。



宿題は大量に出ていて学校へ行って勉強をする必要はない。



それは開放感のある夏休みを意味していた。



「ねぇねぇ私達どこにいく?」



「外は熱いから、できるだけ室内の方がいいなぁ」



「あ、水族館とかどうかな?」



みんなが好き勝手話し始めたので舞は青っちに向き直った。



「青っち、勉強教えてくれてありがとう。青っちのおかげで赤点免れたよ」



「よかった。でも舞も頑張ったからだよ」



手を握られて、嬉しさで頬がほころぶ。



「それでね青っち。私達考えたんだけど、青っちと一緒に行ける場所に行こうと思うの」



「俺と?」



青っちは自分を指差して聞き返した。



舞は頷く。



この夏休み中に青っちはどうなってしまうかわからない。



アマンダのように見る見る内に病状が悪化していってしまう可能性もある。



それなら、この夏がみんなで過ごす最初で最後になるかもしれない。



青っちと沢山の思い出を作って、青っちの写真を沢山撮る。



「外出許可は取れるんでしょう?」



「あぁ。まぁ一応は」



言いながらも青っちはどこか歯切れが良くない。



舞から視線を外して、その視線を空中にさまよわせている。



「もしかして、先生からなにか言われた?」



「いや、そうじゃないんだけど。最近リハビリをしていても、コケることが多くなったんだ」



青っちは一旦深呼吸を挟んでからそう言った。



舞は一瞬絶句してしまい、みんなの会話も止まる。



外から入ってくる蝉の鳴き声だけが、やけに軽快な音楽のように聞こえてくる。



「そっか。それなら車椅子とかあったほうがいいね」



舞は明るい声色で答えた。



不安なのは青っちの方だ。



自分が暗い顔をしていれば、青っちは余計に不安になっていく。



だから笑顔になった。



「そうだな」



「それならやっぱり水族館だな!」



「英介はさっきからそればっかり、自分が行きたいんじゃないの?」



恵美に突っ込まれて英介が慌てて左右に首をふる。



その様子を青っちは笑って見ていた。



青っちがもうほとんど自力では歩けないなんて、想像もつかなかった。


☆☆☆


予定通り、夏休みは毎日のようにイベントで盛りだくさんだった。



最初に英介がおすすめしていた水族館にみんなで行った。



ペンギンの散歩を見て、イルカショーを見て、青いカレーをきゃあきゃあ言いながら食べた。



青っちは車椅子だったけれど、この日は調子がよかったみたいでほとんど自分の足で歩いていた。



「疲れない?」



と、舞が聞くと「これもリハビリだから」と、青っちは微笑んで頷いて見せた。



どんどん体力が落ちていく青っちを、少しでも楽しく運動させてあげられないか。



そう考えた時にひらめいたのが、この夏休み中のイベントだった。



みんなも面白そうだからと付き合ってくれているけれど、本当は青っちのことが気になって、青っちとの思い出を作りたいのだろうと、舞は思っていた。



「ほんと、お前ら暇かよ」



週に5日は病室を訪れる友人たちに青っちは呆れたように言った。



「それくらい青っちへの愛情が深いってことだよ」



恵美が冗談交じりに言って、また病室はにぎやかな笑い声に包まれた。



舞もみんなと同じように笑う。

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