第41話

夏休みは残り1週間となり、遊びまくっていた友人たちは家に缶詰状態になって宿題をしていた。



そんな中、舞は青っちの病室に宿題を持ち込み、1人で黙々と問題に取り組んでいた。



「もう、俺が教えなくても、大丈夫か?」



ベッドの上から呼吸が苦しそうな青っちが声をかけてくる。



「私も、少しは自分で勉強できるようになったんだよ」



おどけて返事をすると、青っちは笑顔を浮かべた。



最近の青っちは寝たきりでいることが多くなった。



体はいつもどこかが透き通っていて、苦しそうにしている時間は長くなった。



アマンダは動画の中で透明化が進めば不意に体が楽になるというようなことを言っていた。



今の青っちはその手前にいるのだろう。



これ以上病気が進んでほしくない。



だけど苦しむ顔はもう見たくない。



舞の中に矛盾した気持ちがあって、その天秤はどちらにも触れることなくずっととどまっている。



「そっか……」



青っちは大きく息を吐き出すように言う。



舞は宿題を進めながら窓の外のセミの鳴き声を聞く。



テキストを開く音と、かすかな空調の音。



不意にテキストから顔をあげた。



さっきまで苦しそうな呼吸をしていた青っちが静かだ。



ハッと息を飲んでベッドを覗き込んで見ると、青っちは目を閉じていた。



それたただ眠っているだけに見える。



けれどその布団を剥ぎ取ったとき、入院着から出ている手足、顔のすべてが半透明になっていることに気がついたのだ。



さっきまでの苦しみが取れて安らかな寝顔の青っち。



それは病状が急激に悪化したことを物語っていた。



「青っち!」



舞は青っちにすがりつくようにいてナースコールを押す。



早く誰かに来てほしくてナースコールを何度も押す。



その時、青っちが目を開けた。



瞳の向こう側にある枕が透けて見えている。



舞の目にぶわりと涙が湧き上がった。



ここで泣いちゃいけない。



青っちは死んでなんかいないし、これから死ぬこともない。



わかっているのに……!!



涙は止められず、半透明になった青っちの頬に落ちた。



「聞いて舞」



青っちの声はさっきよりもしっかりとしている。



掠れてもいないし、呼吸も安定していた。



「俺の姿が見えなくなっても、それでも俺はここにいる。舞のそばにいる」



「青っち!!」



青っちの手が舞の後頭部へ回った。



そのままグイッと引き寄せられて、キスをする。



それは入院してから落ちていた体力の回復を意味していた。



あれだけたくさん運動して、あれだけ沢山リハビリをした。



その成果が現れているのだ。



手の力が緩んで青っちから見を離したとき、そこには誰もいなかった。



ただ、枕にくぼみがあり布団が膨らんでいる。



誰もいないのに、そこにいる。



「あ、あ……いやあああああ!!」



舞の絶叫が病室内にこだましたのだった。



☆☆☆


青っちは小学生の頃体が小さくて、よくイジメられていたよね。



それを私が助けてあげていたの。



青っちはその後転校しちゃって、あえなくなった。



だけど高校に入ってから、いきなり再開できたよね。



あの時は本当にビックリした。



青っちはもう弱くなくて、とても強くてやさしい人になっていて、最初は誰だかわからなかった。



小学校の頃青っちを助けてあげていた私はいじめられっ子になっていて、それを青っちに話すことができなかった。



青っちは転校してきてからすぐに私に気がついてくれて、3人組から助けてくれた。



それに、みんなと仲良く橋渡しまでしてくれた。



英介に告白されて、でも私の心の中には青っちがいた。



青っちと初めてのデート、初めてのキス。



それから、青っちが透明病を発症した日……。



どれもが大切な思い出。



青っちと、私の、思い出。


☆☆☆


「青っち、いる?」



夏休み開け、舞はオレンジ色の花を持って病室を訪れた。



ベッドに膨らみはなく、青っちはどこかへ行っているみたいだ。



完全に透明化してしまった青っちは今までに見たことがないくらいに元気で、看護師さんたちは毎回毎回青っちを探し回ることが大変みたいだ。



だけど青っちはたいてい中庭にいて、1人でトレーニングをしていた。



いつか新薬が開発されて元に戻る日が来た時にブヨブヨに太っていたら舞に見せられない。



というのが彼の言い分のようだ。



「トレーニングもほどほどにしないと、看護師さんたち大変なのに」



ぶつぶつと文句を言いながら花を花瓶に入れる。



元気のいい青っちに似合う色だと思って買ってきたのだ。



それを枕元の床頭台に置こうとしたとき、病室の空気が動いたことに気がついてふりむいた。



「青っち?」



誰もいない空間へ向けて声をかける。



青っちはときどきみんなを驚かせようと、病院着を脱いでしまうときがある。



そうなると完全に存在を把握できなくなってしまうので、こうして声をかけるのだ。



しかし、返事はない。



気のせいだったのかと思って花瓶を置いたときだった。

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