第6話

「なにしてんだ!」



そんな声が聞こえてきて一瞬3人はビクリと体を震わせて、声のした方へ視線を向けた。



舞はそちらを向かなくて声の相手が誰がかわかっていた。



高い、女の子のような声。



英介だ。



「ぶっ!」



英介の姿を見た瞬間恵美が吹き出して笑い出した。



つられるように他の2人も笑い出す。



舞は1人、うつむいてジッと地面を睨みつけた。



静かになっていた心臓が、また早鐘を打ち始める。



こんな時に、余計なことを。



ギリッと奥歯を噛み締めて怒りを押し込める。



「なんだよ英介か」



恵美の声色はあきらかになめている。



「そっか。舞の彼氏はこっちだっけ?」



ニヤついた笑みを浮かべて淳子が言う。



舞はなにも答えられずにただ地面を睨みつける。



「舞、こっちだ!」



不意に腕を掴まれて顔を上げると、いつの間にか英介が3人の間にわって入っていた。



今までこんなことはなかったので3人共目を丸くして英介を見ている。



舞も咄嗟には動けなかったが、強引に腕をひかれて足が前に出た。



そのまま走り出し、3人が後方からなにか叫んでいるが耳に入らない。



しばらく2人で走って昇降口までやってくると、ようやく英介は舞から手を離した。



英介に掴まれていた手首は赤くなっていて、少しヒリヒリする。



そのくらい必死で逃げてきたことがわかった。



それなのに舞は英介にお礼を言う気にはなれなかった。



「大丈夫だった?」



「余計なことしないでよ!」



英介は自分のことを本気で心配してくれている。



それは理解しているけれど、英介が出てくることで3人組からのイジメはエスカレートするのだ。



航にしてもそうだ。



とにかくあの3人組は自分に関わる人間がいればいるほど、イジメを悪化させていく。



どうして周りの人間にはそれがわからないんだろう。



「でも……」



「もうほっといてよ!」



舞は怒鳴りつけて、その場から逃げるように駆け出したのだった。



☆☆☆


教室へ向かう前に保健室へ向かった。



頬が少し腫れた感じがあったので冷やしたかったのだ。



「ちょっと、それどうしたの?」



保険医の先生が舞の頬を見て険しい表情になった。



「こけました」



舞は適当な嘘をつく。



「そんな嘘が通じると思うの? 誰にやられたの?」



さすがに叩かれた痕をこけたとごまかすことはできなかったようだ。



それでも舞は気にせずに自分で保冷剤を取り出して、タオルを巻いて頬に当てた。



2年生に上がってから昼休憩のたびにここへ来ていたので、すでに自分の部屋のような感覚になっている。



保険医の先生ともまるで友人のような感覚で会話ができるようになった。



「もしかして、前からなにかあってそれで保健室に来ていたの?」



さすがに鋭い。



「なにもないですよ。ただころんだだけです」



「それ、信じると思うの?」



先生の言葉に舞は一瞬言葉に詰まった。



それでも無理に笑顔を作ると「少し友達と喧嘩しただけです」と、言葉を探りながら答えた。



「本当に、ただの喧嘩?」



「はい」



「相手は誰?」



「幼馴染です。隣の学校なんですけど、いつも一緒に通学してて、でも今日は口喧嘩しちゃって、ついお互いに手が出たんです」



苦しい言い訳だった。



先生は身長に舞の言葉に耳を傾けている。



こんな風に嘘をつくのは初めてのことじゃない。



上靴を隠されたとき、教科書を破かれた時に幾度となく嘘はついてきた。



そのたびに胸はシクシクと傷んで、まるでこちらが悪い人間になってしまったかのような感覚を覚えたけれど。



それでも自分のやっていることは間違えていないはずだ。



これが、自分の身を守るために必要なことであるはずだから。



「……わかった。これ以上は聞かない。でも、次になにか妙に感じることがあったら、先生も黙っておけないからね」



「わかりました」



舞は笑顔で頷く。



だけど、内心、もうここにも来られなくなるかもしれないと、考えていたのだった。


☆☆☆


教室へ入ると3人組は何事もなかったかのように談笑していた。



相変わらず、教室中に響くような大きな声だ。



舞はその声に吐き気を覚えながら自分の席へと向かう。



頬の腫れは冷やしたおかげでひいてきていた。



でも赤みはまだ消えていないみたいだ。



舞は髪の毛で頬を隠しつつ、席についた。



「舞、今日は遅かったな」



元気な声で青っちが駆け寄ってくる。



一瞬青っちを拒絶してしまいそうになり、グッと我慢する。



しかし3人組の会話が一瞬止まったことに気がついた。



目の端で確認してみると、するどい視線がこちらへ向かっている。



「あ、青っち!」



「なに? 舞」



「あ、あのさ。もっと他の人とも会話してみたらどうかな? せっかく転校してきたんだし、友達増やさなきゃ」



3人の視線に心臓が早鐘を打ち始める。



どうにかして青っちを自分から遠ざけなければいけないと、焦りもあった。

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