第5話
☆☆☆
それから青っちは休憩時間のたびに舞に話しかけるようになった。
そのおかげでいつも1人ぼっちだということがバレずに済んだけれど、3人組の視線は辛かった。
舞と青っちが昔からの知り合いだとわかったはずだけれど、それでも舞と誰かが仲良くしているのが気に入らないようなのだ。
このしっぺ返しはいつやってくるかわからない。
少しの恐怖と、青っちと再開できたことの喜びを胸に抱えて帰宅すると、いつものように洗濯物を確認した。
室内はかなり湿度が高くなっているようだけれど、一応洗濯物は乾いている。
続いて冷蔵庫の中を確認して今日はオムライスにしようかと考えていたとき、不意に青っちの顔が浮かんできた。
嫌、本当は帰宅中にもずーっと青っちの顔が浮かんできていたのだ。
それに気が付かないふりをしていた。
「青っちは、今の私に幻滅するかな」
呟くと、それが現実になりそうで怖くて、軽く身震いをする。
あの3人組は明らかに今日の出来事を快く思っていなかった。
そうなれば、わざと青っちの前でなにかしてくるかもしれない。
舞のなけなしのプライドをズタズタに切り裂くために。
舞はギュッと握りこぶしを作り、逆の手で冷蔵庫を力任せに閉めたのだった。
☆☆☆
「どうしたの舞。なんだか顔色がよくないけど」
夜8時に仕事から帰ってきた母親が、舞のつくったオムライスを食べながら聞いてきた。
「そう?」
舞は自分の頬を両手で包んで首を傾げた。
小学生時代の青っちのことを、お母さんは覚えているだろうか?
聞いてみたい気もしたけれど、なんとなくやめておいた。
「風邪とかひいているんじゃない? 大丈夫?」
額にヒヤリとして心地良い手が当てられて、思わず目を細める。
「大丈夫だよ」
「そう? 夏風邪はしつこいから気をつけないとね」
「わかってる」
舞は答えて、母親の食べ終えたショッキをシンクへと運ぶ。
余計な心配をかけてこの関係を壊したくない。
その気持が、舞の中に強く存在しているのだった。
☆☆☆
学校に行く途中、ふと本屋の前で立ち止まりはられているポスターに視線を向けた。
今月発売のアルバイト雑誌のポスターだ。
母子家庭だし、何度かアルバイトをしようかと母親に相談したことがあった。
だけどそのたびに『舞は家にいて、家のことをしてくれた方がお母さん助かるの』
と言われて、それで納得してしまっていた。
だけど考えてみればうちはお金に余裕があるわけではないのだ。
いくら色々なものが援助してもらえるとしても、それにも限度がある。
もしもバイトを始めれば放課後時間も有意義なものになるかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えて立ち止まっていると「あれぇ? 偶然じゃん」と声がして、その声が聞こえてきた瞬間体が硬直してしまった。
それはよく聞き慣れた恵美のものだったからだ。
すぐに逃げ出せばよかったのに、硬直した体を動かすのは遅くなった。
気がつけば3人組が直ぐ側まできていて、恵美が舞の肩に手をかけたいた。
こうなると逃げるのは難しい。
心臓は早鐘を打ち始めて、嫌な汗が背中を流れていく。
「こんなところでなにしてんの?」
「……別に、なにも」
もごもごと口の中だけで返事をする。
小学校4年生の頃、自分はどうしてあれだけ勇気を持っていたのか不思議なくらいだ。
自分のより強い男子生徒相手にハッキリと発言していたのだから。
そんな自分はもうすっかり鳴りを潜めていて、今ではどこにいるのかわからない。
「どうせだから一緒に学校に行こうか?」
恵美質問しているのではない。
恵美の言葉は命令だ。
舞は黙って、3人に囲まれるようにして歩き出したのだった。
☆☆☆
昇降口へ向かおうとした腕を捕まれて、舞は校舎裏へと引き込まれていた。
学校の壁と塀までの間が2メートルくらいしかない、狭くてジメジメとして陰湿な場所だ。
せめてこのブロック塀がフェンスなら、少しは開放感もあったかもしれないのに。
舞は息苦しくなってしまいそうな空間に第一ボタンを外した。
「お前さ、あの青木ってやつと知り合いなんだって?」
恵美がさっそく聞いてくる。
その質問をされると思っていた。
舞は頷くしかない。
教室内でのやりとりを見られているから、ごまかしは効かなかった。
「あのごっつい男、まさか彼氏じゃないよねぇ?」
粘つくような声で言ったのは淳子だった。
小首を傾げているので髪の毛が揺れる。
「そんなんじゃないよ」
「それでも、随分仲良さそうじゃん?」
愛が舞の髪の毛に触れる。
その指先の感触に背筋が冷たくなっていく。
「どういう関係でもいいけどさぁ、調子乗らないでくれる?」
目の前に立つ恵美の声が低く、攻撃的になったのを聞き逃さなかった。
咄嗟に身を低くしようとしたが、横にいる2人が邪魔でうまくいかない。
そのすきに舞の平手打ちが飛んできた。
パンッと肌を打つ音がして、次に頬に熱が走る。
痛みを感じるよりも驚きが先に来て、頬はただただ熱かった。
「あの大男が仲間になったなんて思うなよ?」
恵美の言葉に舞は黙り込む。
青っちは確かに自分の味方をしてくれると思う。
だけど、巻き込む気は毛頭なかった。
一瞬、ほんの少しだけれど航が転校してこなければ、こんなことにはならなかったのにと、胸に浮かんできた気持ちを慌てて殺した。
なにも事情を知らない航は悪くない。
「わかってる」
口を動かすと少しだけ頬が痛んだ。
不思議と心臓はさっきよりも静かだった。
1度叩かれてしまえば、こんなものかという安心感が出てきてしまいそうで恐くなる。
それでも恵美たちはまだなにか言いたそうで舞を睨みつけている。
もう1度殴られるのかもしれない。
そう思って覚悟を決めたときだった。
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