第4話
航は体格がいいことと誰も寄せ付けない雰囲気を持っていることで、休憩時間になっても他の生徒たちが話しかけることはなかった。
教科書がないから隣の席の女子生徒が見せてあげているけれど、こころなしか航とは距離を取りたがっているようにも見えた。
あまりにも体格がいいと、それだけで敬遠されてしまうみたいだ。
けれど航も必要最低限のことをクラスメートに聞くだけで、自分から積極的に輪の中に入ろうとしている印象ではなかった。
舞と同じように1人ぼっちの休憩時間を過ごしている。
でも、舞と航では劇的に違うことがあった。
舞はクラス内から意図的に1人にされている。
だけど航は別に1人で気にしないタイプのようだ。
さっきの休憩時間ではイビキをかいて眠っていた。
あんなに堂々と寝られる航を少しだけ羨ましいと感じた。
次の授業の準備をしていたところに「なぁ」と後から声をかけられたが、まさか自分が声をかけられているとは思わずに、舞はしばらく無視してしまった。
何度目かの「なぁ」の後に肩を叩かれて、ようやく振り向いた。
そこに立っていたのは航で、至近距離で見るとその大きさは予想異常だった。
返事をする前に悲鳴をあげてしみそうになり、慌ててそれを飲み込んだ。
「え、えっと、なに?」
隣の席でもないのに声をかけてきた航にしどろもどりになりながら答える。
他のクラスメートたちも航が自分から声をかけていることで、注目しているのがわかった。
悪目立ちしたくない舞は、ついうつむいて話を早く切り上げようとしてしまう。
「久しぶりだな」
その言葉に舞は「え?」と、顔をあげた。
目の前には優しそうに微笑む航がいる。
その笑顔を見ていると記憶の奥底をくすぐられているような、懐かしくなるような、不思議な感覚がした。
「えっと、ごめんなさい。どこかでお会いしましたか?」
同級生だけれどつい敬語になってしまう。
普段からあまり生徒たちと会話していないし、緊張して背中に汗が流れていく。
「なんだ覚えてないのか。俺だよ、青っちだよ」
航は自分を指差してそう言った。
「青っち……」
舞が呟いたその瞬間、忘れていた記憶が津波のように襲いかかってきた。
青っち。
あれは小学校4年生の頃だった。
舞は4年1組で、青っちも4年1組の生徒だった。
その頃青っちはとても小さくて細くて、まるで女の子みたいな男の子だった。
それが原因で他の男子たちから男女だとからかわれて、そのたびに青っちは泣いていたのだ。
『ちょっと、やめなよ!』
教室でからかわれているのを見てほっておけなかったのが舞だ。
舞は他の子たちよりも少しだけ背が高くて、男子にも負けていなかった。
その身長を生かして青っちの前に立ちはだかったのだ。
『なんだよお前、どけろよ!』
そう言って文房具を投げつけてくる乱暴者がいても、舞はひるまなかった。
『青っちに謝れ! 青っちは男女じゃない!』
舞はそう叫んだのだ。
後にいた青っちが驚いて泣き止むのがわかった。
『わぁ! こっちには女男がいたぞ!』
『男女に女男ー!』
男子たちは更に騒ぎ立てたけれど、舞は気にしなかった。
後で泣いていた青っちに『大丈夫?』と声をかける。
涙で潤んだ目で頷く青っちに、舞は微笑んだ。
青っちは私が助ける。
青っちをイジメるヤツは、私が許さない!
「青っちって、あの青っち?」
当時のことを思い出して舞は目を丸くし、目の前の青っちを見つめた。
「そうだよ。俺あの時本当に舞に助けられたんだ」
青っちはそう言うと嬉しそうに微笑んでいる。
その笑みは間違いなく、舞の知っている青っちのものだ。
「嘘。全然違うからビックリした!」
「あの後俺転校しちゃったからなぁ。転校先には舞がいないから、一生懸命強くなったんだ。柔道とか初めて、沢山飯も食ってさ。それで今はこんな感じ」
青っちは自慢げに力コブを作ってみせた。
あんなに弱くて、女の子みたいだった青っちはもういない。
ただ、優しい笑顔だけは今も昔も変わっていなかった。
「舞のおかげで俺は強くなれたんだ。舞は俺のヒーローだよ」
青っちの言葉にチクリと胸が痛む。
きっと小学生時代の青っちにとっては本当に自分はヒーローだったんだろう。
それなのに今の私は……。
青っちにだけは絶対にイジメられていることを言えそうにない。
それでも同じクラスだからいずれバレてしまうだろうけれど。
それまでは、小学生時代の自分でいたかった。
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