第36話

翌日の放課後、舞はいつものようにバスに揺られて病院へ向かっていた。



車窓の外に流れる景色を見つめていても、アマンダの動画を何度も思い出してしまう。



誰もいない病室内。



だけど確かにそこにいるアマンダ。



昔読んだ本の中に透明人間というものがある。



そのお話の中では透明人間になった主人公は好き勝手に遊び回るのだけれど、現実は全然違う。



見えないということは、そこにいなも同じこと。



誰にも存在を気が付かれず孤独を背負うということ。



アマンダの動画はその現実を突きつけるものになっていた。



バスを下りて院内を歩く。



元気だった頃の青っちと何度も行った中庭を通り過ぎてエレベーターに乗り、入院している階へと向かう。



ナースステーションを通り過ぎてもう少しで青っちに会えると思ったときだった。



青っちが入院している部屋の中に看護師たちが慌ただしく入っていく。



中から「大丈夫ですか?」と、声をかけるのが聞こえてきた。



舞は咄嗟に病室へ入ろうとしたけれど、途中で足が止まってしまった。



今青っちは苦しんでいる。



すぐに駆けつけて、今までと同じように手を握りしめてあげたい。



だけど、体のほとんどが透けていたら?



青っちが見えなくなっていて、ベッドの膨らみだけが見えたらどうするの?



そう考えると怖くなってこれ以上動くことができなくなった。



「青木さん大丈夫ですよ。深呼吸をして、落ち着いて」



そんな声が聞こえてくる病室から、舞は一歩後退して後ずさった。



中ではまだ青っちへの処置が続いている。



それが終われば青っちに会うことができる。



自分の声かけが青っちを元気にするかもしれない。



頭ではわかっているのに、体は向きを変えていた。



そして逃げるように来た道を戻り始める。



エスカレーターを待っている間も、舞は1度も青っちの病室の方を振り返らなかったのだった。


☆☆☆


「舞、大丈夫なの?」



ベランダでぼんやりしていると恵美が心配そうに舞の顔を覗き込んできた。



ハッと我に返ると3人はすでにお弁当を食べ終えていて、舞だけ手つかずだった。



「大丈夫だよ」



答えておかずを口に入れようとするけれど、食欲がなくてお弁当箱の中に戻してしまった。



そのまま蓋を閉めて袋に入れる。



結局ひとくちも食べられなかった。



青っちが入院してから食欲がなくて、なかなか食べられないでいるのだ。



「そんなに痩せたら青っちが心配するんじゃない?」



愛にそう言われて舞は苦笑いを浮かべる。



わかってる。



自分が落ち込んでいれば青っちは心配する。



舞にできることは、青っちに毎日会いに行くこと、リハビリを手伝うこと、そして自分自身が元気でいることだった。



今の悲惨な顔を青っちに見せることもできない。



「今日もお見舞いに行くんでしょ?」



淳子に言われて舞はうつむく。



昨日寸前のところで逃げ帰ってきてしまったことは、誰にも話していない。



「……わからない」



「わからないって、なにそれ」



きつい口調で聞いてきたのは恵美だ。



恵美は鋭い視線を舞へ向けている。



「今、青っちに会って、笑顔でいられるかどうか、自信がないの」



「でも、青っちは待ってるんだよね?」



愛に聞かれて舞は頷いた。



昨日会わずに帰った後、青っちからメッセージが来ていた。



『青っち:今日は会えないのか?』



泣き顔の絵文字と一緒に送られてきたそのメッセージに、舞は返事ができないままでいる。



「それなら行ってあげなきゃ」



「でも……」



思い出すのは完全に透明化したアマンダの姿。



そこまでの過程を見なければならないと思うと、また恐怖心に包まれていく。



一番恐い思いをしているのは青っちなのに。



自分は逃げているだけだとわかっているのに、なかなか前を向くことができない。



「舞がそうしたいならそうすればいいよ。だけど後で後悔することになるかもね」



恵美は突き放すようにそう言い、他の2人を連れてベランダから教室へと入っていってしまったのだった。

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