第37話
☆☆☆
せっかく青っちが繋げてくれた3人との関係を悪くしてまで、私は一体なにをしているんだろう。
放課後、誰もいなくなった教室内で舞は1人立ち尽くしていた。
早く帰るなり、病院へ行くなりすればいいのに、どうしても動けない。
心が暗い底なし沼に沈んでしまったかのように重たくて、体も言うことをきいてくれない。
その内目の奥がジンッと熱くなって涙の膜が広がっていく。
こんなところで泣いてちゃいけない。
最近の私はずっと泣いてばかりだ。
泣きたいのはきっと青っちの方なのに、
青っちの涙はまだ、見ていなかった。
「舞?」
その声に振り向くと教室後方の出入り口に英介が立っていた。
英介は少しだけ気まずそうに視線を泳がせて「悩みがあるから、聞くけど?」と言ってくれた。
忘れていた。
ここにも青っちが繋げてくれた関係があったのだ。
舞は手の甲で涙をぬぐい「ありがとう。お願いできる?」と、聞いたのだった。
☆☆☆
舞と英介がやってきたのはあの小さな公園だった。
相変わらず手入れがされていなくて、今にも朽ちて崩れ落ちそうな滑り台がある。
舞は公園のベンチに座って周囲を見回した。
ここにはいろいろな思い出がある。
恵美たち3人組にこっぴどくイジメられたし、青っちとキスもした。
小さくて汚い公園だけれど、ここ数週間で舞にとってはとても大切な場所になっていた。
「青っちと同じ病気の人の動画ブログを見てたの。その人、同じ17歳で、もう完全に見えなくなってた」
舞の静かな声が公園に響く。
風がさわさわと雑草を揺らして、それは今の舞には泣き声のようにも聞こえてきた。
「それで、いつか青っちもこうなるんだと思うと怖くて……」
舞は布団の中でしたように自分の体を抱きしめた。
そうして置かないと自分の体が消えてしまうのではないかという、恐怖があった。
「そっか。でも、青木君は今でも舞が来るのを待ってるよ?」
「わかってる。でも……」
どうしても勇気が出ない。
昨日より今日。
今日より明日と悪化していく青っちを見ていられない。
「青木君には秘密にするように言われたんだけどさ、青木君、毎日のように舞のことを話してたよ」
「え?」
「転校してきて仲良くなってからずっと、毎日。ほら、昨日も」
そう言うと英介はスマホ画面を見せてくれた。
昨日の日付でメッセージが表示されている。
『青木:もう本当に舞は可愛いんだ。遊園地ではしゃいでるときの顔も、病院に来てリハビリを一緒にしてくれているときの顔も、全部大好きだ』
「青っち、こんなことを?」
「あぁ、毎日送ってくるよ。他にも沢山ある。ノロケるのもほどほどにしてほしいよな」
英介は呆れたような声で言った。
舞は心臓がドクドクと高鳴るのを覚えながら、英介に断ってメッセージを見させてもらった。
『青木:今日の舞も可愛かった! 先生に当てられて答えるときの舞、お前も見ただろ?』
『青木:今日は体育だな。舞の体操服姿とか、他のヤツに見られたくない!』
『青木:なぁ舞ってなんであんな可愛いんだ? 舞のこと好きだったお前ならわかるだろ?』
どれもこれも舞の話題ばかりだ。
「もうそういうの聞かされまくって、今では僕舞のことどうでもよくなっちゃったよ」
英介の言葉に舞は吹き出した。
毎日毎日こんなメッセージをよこされたら、疲弊するのも間違いない。
「青っちはこんなに私のことを見ていてくれたんだね」
ともすればストーカーのようだけれど、今の舞には嬉しかった。
「そうだよ。だから舞もさ」
「うん。逃げてちゃいけないんだね」
舞はスマホを英介に返して力強く頷いた。
今日はもう遅くなってしまったけれど、明日ならお見舞いにも行ける。
そうだ、メッセージにもちゃんと返事をしないといけない。
恐怖心はまだ完全には消えていないが、英介がこっそり教えてくれた青っちの顔に元気が出ていた。
病人から元気をもらわないといけないなんて、我ながら情けないけれど。
「ありがとう英介。私、明日には病院に行ってみる」
「あぁ。青木君も喜ぶよ、絶対に」
英介の言葉に舞は大きな声で笑ったのだった。
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