第38話

翌日から舞はまたお見舞いを開始した。



最初は少し緊張したけれど、英介と恵美たち3人組がついてきてくれた。



「舞がいなくても、俺1人でリハビリ頑張ったんだぞ」



そう言ってベッドの上で力こぶを作ってみせる青っち。



そのこぶしは一回り小さくなったように見えたけれど、舞は微笑んだ。



「ごめんね手伝いに来れなくて」



「仕方ないよ。家の用事だったんだから」



青っちには家の用事で来られなかったと説明しておいたのだ。



嘘をついた罪悪感はあるけれど、これから先はそれを打ち消すくらいにお見舞いにくるつもりでいた。



青っちがもういいと嘆いても、絶対に譲らない。



「そういえば学校はそろそろテストじゃないか?」



青っちの何気ない一言で舞たちは一気に現実に引き戻されてしまった。



夏休みが始まる前に一週間ほどテストが続く。



テスト期間には部活動も休みになって、みんな勉強に集中することになるのだ。



「やめてよ青っち、思い出させないで」



舞はわざとらしく両耳を塞いで見せた。



「舞、勉強見てやるよ。ここですればいい」



青っちからの提案に舞は目を見開いた。


「え、青っちって勉強得意なの?」



転校してきてまだ一月と数週間。



青っちの学力がどれくらいのものなのか、舞たちは知らなかった。



「こう見えても前の学校では学年5位以内は確実に取れてたぞ」



「嘘!?」



予想外の学力に舞たちは一様に目を丸くした。



トレーニングばかりしている青っちが頭がいいという概念がなかった。



「なんだよお前ら、俺のことバカだと思ってたのか?」



青っちが面々を睨みつけて言う。



「いや、そうじゃないけど、意外だなって思って」



英介が慌てて取り繕う。



考えてみればここにいるメンバーはみんな青っちのおかげて繋がって、ここまで仲良くなったのだ。



頭がいいからこそできたことかもしれないと、改めて感じた。



「じゃあ、お言葉に甘えて勉強しに来ようかな?」



「あぁ。舞なら大歓迎だ」



「えぇ~、舞だけずるぅい!」



愛がふてくされた様にそう言い、病室には笑い声に満ちたのだった。


☆☆☆


今年はどうしても赤点を取りたくない理由があった。



平均点以下を取ってしまうと夏休みの半分が追試で消えてしまうことだけは避けたい。



「この数字をこっちの式に当てはめて考えるんだ」



舞と青っちしかいない病室内で熱心に勉強をするペンの音が聞こえてくる。



病室は冷房が効いているし、静かだし、勉強するのに適した場所であることを舞は初めて知った。



「できた!」



「うん。これで全問正解。数学はもう大丈夫そうだな」



青っちは言っていた通り勉強ができるみたいで、教える側としても申し分ない講師だった。



ただ、長時間の勉強はできなかった。



1日1科目、30分だけ勉強を教えてもらっている。



後は青っちのリハビリを手伝ったり、体調が悪くなればずっと横になっていたりする。



青っちの無理の内範囲でやっていることだった。



「どう? 赤点は免れそう?」



ベッドに横になりながら青っちが聞いてくる。



舞は親指を立っててグッドサインを出してみせた。



病室で勉強したことは、家に戻ってから反復する。



そして次に青っちに教えてもらうところを自主的に予習しておくのだ。



そうすることで随分と苦手科目が減ってきていた。



「青っちは、体は大丈夫?」



「最近はしんどくなることが少ない気がする。舞が毎日きてくれるからかな」



そう言って手を握られて、舞の頬が赤く染まった。



でも青っちが言う通りここ数日間は青っちが苦しんでいる場面を見たことがなかった。



偶然調子がいいタイミングでここへ来ているのだと思っていたけれど、本当に調子がいいみたいだ。



治す薬はないと言われているけれど、薬品開発は毎日進んでいる。



明日にでも不意に新薬ができる可能性だってあるんじゃないか?



元気な青っちを見ていると、そんな期待が胸に膨らんできてしまう。



もちろん、そんなに簡単に新薬ができるわけじゃないとわかっているけれど、舞は諦めていなかった。



「明日からテストだな」



「うん。テスト期間中もここに来て勉強するから」



「わかった。テスト結果、期待してるからな」



舞は大きく頷いたのだった。


☆☆☆


「おわったぁ!!」



テスト期間の一週間が終わった最後の日、教室内にそんな声が響いた。



舞は大きく息を吐き出して目の前の答案用紙を見つめる。



今回のテストは今までで一番手応えがあったかももしれない。



とにかく、空白のまま提出するということはなかった。



後はどれだけ正解を書けているかが問題だ。



後から順番に解答用紙が集められて、教卓に並んでいくのを見て舞は大きく伸びをした。



とにかくすべて終わった。



明後日からは夏休みだ!



そう思うとさっきまでのテストの重苦しい雰囲気は一気に消えて、みんなの顔にも笑顔が浮かんだ。



「夏休みどこ行く?」



「キャンプとかどう?」



「俺たちは海に行く予定なんだ」



「いいなぁ海!」



「一緒に行くか?」



そんな会話があちこちで交わされている。

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