第31話

青っちに異変がないのならそれでいい。



舞はいつもどおり教室中央の机に座って授業を受けていた。



先生がどんどん説明を進めてしまうので、途中で話を聞いていなければ置いていかれてしまう。



教室の中にはペンを走らせる音と先生の声だけが聞こえてきている。



無駄な雑音は少しもない。



そんな中、後方からパサッとノートか教科書が落下する音が聞こえてきた。



誰かが落としてしまったのだろう。



そう思って振り向くこともしなかった。



だが、「青木君!?」と悲鳴に近い女子生徒の声が静かな教室内を切り裂いた。



舞はそこでようやくペンを止めて振り向いたのだ。



見ると青っちが机に突っ伏してうめき声をあげている。



机の下には教科書が落ちていた。



目の前の光景が理解できなくて、一瞬身動きが取れなかった。



「どうしたの!?」



説明をパタリとやめた先生が青っちに駆け寄る。



それを見て舞はようやく椅子から立ち上がることだできた。



「だい……じょうぶ……です」



その声はひどく苦しげで、顔は青ざめて額から汗が滲んでいる。



今までと同じだ!



舞はハッとして青っちにかけよった。



その手を握りしめて確認するが、色は透けていない。



じゃあどこが……?



そう思って視線を下げた時、制服からのぞく青っちの足首が見えないことに気がついた。



少し透けているなんてものじゃない。



完全に消えているのだ。



舞は悲鳴を上げそうになって両手で口を押さえて後ずさりをした。



「保健室へ行きましょう」



先生が青っちに肩を貸しながら立ち上がらせようとする。



しかし青っちは力が入らないようでそのまま崩れ落ちてしまった。



「き、救急車を!」



舞は力の限り叫んだのだった。


☆☆☆


青っちは到着した救急車で総合病院へと搬送された。



学校にいなさいと言う先生を押し切って、舞は病院までついてきていた。



青っちは今救急外来の処置室にいて、舞は外のベンチで待つしかない時間だった。



ジリジリと時間ばかりが過ぎていく中、舞の頭の中には透けていた青っちの体が何度も蘇ってきた。



それと同時にデート前に聞いたニュース番組を思い出す。



『では、次のニュースです。アメリカで非常に珍しい病気が発見されました。体の色が徐々に抜け落ちていき、透明になるという奇病で、それは透明病と呼ばれているようです。体の色が薄くなればなるほど患者の体力が落ちていき、最後には寝たきりになってしまうそうで――』



「透明病」



ポツリと呟く。



舞はあの時テレビ画面を見ていなかったから、それがどんな病気なのかアナウンサーの説明でしか聞いていない。



でも画面を見ていれば実際の患者の様子を映していたかもしれない。



見ておくべきだったのかも……。



舞はベンチに座った状態で両手を握りしめた。



まるで神様にお願いするときのようなポーズだ。



実際に今の舞は神様でも、なんでもいいからすがりつきたい気分だった。



静かな時間が1時間くらい過ぎたとき、ようやく処置室から青っちが出てきた。



青っちは舞の姿を見つけるとすぐに近づいてきた。



「なんかこのまま検査入院することになるみたいなんだ。もうすっかり元気なのになー」



青っちは困ったような苦笑いを浮かべ、力こぶを作ってみせた。



それはいつもどおりの青っちの様子で舞はようやく笑うことができた。



「そっか。検査入院ってどれくらい?」



「とりあえず3日間。もっと早くに原因がわかれば退院できるらしいけど」



「よかった」



舞は安心してその場に崩れ落ちてしまいそうになるのを、グッと両足に力を込めて耐えた。



とりあえず3日間。



それが長いのか短いのか舞にはわからないけれど、3日すれば青っちは戻ってくる。



「入院中はちゃんとお医者さんのいうこときかないとダメだよ?」



「わかってるって」



「トレーニングしてもいいかどうかも、先生に聞いてからだよ?」



「うん」



子供のようにあれこれ言われて青っちは照れたように頭をかいたのだった。


☆☆☆


「舞、さすがにつまらなさそうだねー」



青っちが入院して2日が過ぎていた。



予定では明日退院できるはずだ。



「まぁね……」



舞は教室のベランダでいつもの4人で並んでお弁当を食べたところだった。



だけど青っちのいない学校は寂しくて、1人でため息ばかり吐いている。



「明日退院したら、明後日からは学校に来られるってことでしょう? いつまで暗い顔してんの」



恵美に言われて舞は笑顔を作ってみた。



でもそれはぎこちなかったようで淳子と愛に同時に笑われてしまった。



そんなに変な顔だったかと自分の頬を両手で包み込む。



「入院してからも毎日連絡取り合ってるんでしょう?」



恵美に聞かれて舞はうなづいた。



付き合いだしてから連絡していない日は1日もない。



入院してからもそれは変わらなかった。



病院の食事が終わた後、青っちは必ず電話やメッセージをくれている。



トレーニングしたいと医師に申し出てみたけれどダメだったとか、元気なのになにもできないから暇すぎるとか、早く退院して舞とデートがしたいとか。



そんな内容が多かった。

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