第9話
☆☆☆
「ごめん、これからどこかに行く予定だった?」
家から離れた場所で青っちがそう聞いてきた。
「別に、大丈夫だけど」
ぶっきらぼうに返事をする。
図書館で時間をつぶすつもりだったなんて、さすがに言えない。
「よかった」
「で、青っちはどうして私の家に来たの?」
小学校の頃から引っ越しはしていなかったから、青っちが家を知っていてもおかしくはない。
でもまさか、なんのアポもなく来るなんて思ってもいなかった。
「さっき言った通り、遊園地に誘いに来たんだ」
青っちはそう言うとズボンの後ポケットからチケットを2枚取り出した。
「本当に?」
「あぁ」
「どうして私と?」
青っちなら、前の学校に友達がいてもおかしくない。
「舞と一緒に行きたかったから」
理由になっているような、なっていないような不思議な解答だ。
青っちと遊園地か、楽しいだろうな。
「でも、私はいいよ。青っち、誰か他の人誘いなよ」
遊園地で誰かに会う可能性は低そうだけれど、もしも見られたりしたら面倒なことになる。
とくにあの3人組には絶対に知られたくない。
「どうして? 俺は舞と行きたいのに」
「でも……」
「舞は行きたい? 行きたくない? どっち」
そう言われると弱い。
母子家庭で、母親は仕事が忙しくて、遊園地なんてほどんど行ったことがない。
「行きたいけど、でもお金とかないし」
食事を作るのが舞の仕事になっているからお金がないわけではないが、これは生活費だ。
今日も帰りに買い物をして帰るだけのお金しか持ってきていない。
「そのくらい俺がおごるよ。今日は俺が誘ったんだし」
そんなの悪いと思って左右に首を振ったとき、舞の横をバスが通り過ぎていった。
少し先の停留所で停車する。
「まずい!」
青っちはそう言ったかと思うと舞の手を掴んで走り出した。
つられて舞も走りだす。
2人はそのままバスに乗っていた。
一番後の席に2人して座り、舞は呆然として流れていく景色を見つめた。
「ほら、これでもう逃げられない」
青っちはしてやったりという顔で、笑ってみせたのだった。
☆☆☆
本当に遊園地に連れて来られてしまった。
舞はゲートをくぐったところで周囲の喧騒に気圧されていた。
休日のテーマパークは人でごった返していて熱気がすごい。
空は今にも雨が降り出してしまいそうに暗いのに、人々はそんなことに気にしていなさそうだ。
「さて、最初はどこに行く?」
呆然と突っ立っていた舞の横で青っちが地図を開く。
「一番人気の乗り物はジェットコースターらしいけど、舞乗れる?」
質問されて咄嗟に頷いてしまった。
本当はジェットコースターなんて乗ったことがない。
自分が乗れるかどうかもわからなかった。
「じゃあ、最初にそこに行ってみようか」
そう言った青っちは自然に舞の手を繋ぐ。
舞は反射的にその手を振り払おうとしてしまったが、この喧騒の中迷子になったら二度と会えないかもしれないと思い、我慢した。
「次は何に乗る?」
ジェットコースターを下りた舞は青っちへ向けてそう聞いた。
最高時速240キロのジェットコースターは爽快で、乗っている間は頭の中が真っ白になってなにもかもが吹っ飛んだ。
ただ風の唸りと絶景とが舞の頭に焼き付いていく。
終わったときには心の中の様々なわだかまりが一挙に消え去ってしまっていた。
「うん……でも少し、待って」
青い顔をした青っちが開いているベンチに横になる。
「大丈夫? ジェットコースターに酔った?」
「そうみたい。俺、そんなに弱いと思ってなかった」
青っちは今にも吐いてしまいそうな顔をしている。
舞は近くに自販機を見つけて冷たい炭酸飲料を購入した。
「青っちこれ飲んで。少しはスッキリすると思うから」
「うぅ、ありがとう舞」
上半身を起こしてジュースを飲むと、少し顔色がよくなったように見える。
だけど絶叫系の乗り物はやめたほうがよさそうだ。
「今度はもう少しゆったりした乗り物に乗ろうか。メリーゴーランドとか、観覧車とか。あ、射的とかもあるみたいだね」
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