第8話

あぁ、どうしてあんな言い方しかできなかったんだろう。



家に戻ってから舞は何度目かのため息を吐き出した。



キッチンに立ち、肉じゃがをつくっていてもなかなか身が入らない。



肉じゃがの鍋の中を見ていても、どうしても青っちの顔が浮かんできてしまう。



英介にひどい言葉を投げかけても何度も感じないのに、青っちの時だけは胸が傷んで仕方がない。



そんな自分をひどいヤツだと思うけれど、付き合いも思い出も全く違う2人が相手だからこればかりは仕方がなかった。



あ~あ、と大きなため息をまたひとつこぼしたとき、鼻腔刺激する匂いがした。



ハッと息を飲んで鍋を確認してみると肉が鍋の底に焦げ付いて、張り付いてしまっている。



「しまった!」



慌てて火を止めてももう遅い。



鍋の中には焦げた肉じゃがだけが残されていて、舞はまた盛大なため息を吐き出したのだった。


☆☆☆


舞にとって幸いだったのは、翌日が休みだったことだ。



どうせ友人もいなくて遊びの予定なんてなにもない。



今日1日ゆっくりと自分の考えを整理するのだ。



朝起きて鏡の前で自分の顔を確認してみると、頬の赤みはすでに消えていた。



それほど強い力じゃなかったし、保健室ですぐに冷やしたこともよかったんだろう。



ホッと息をはきだした時、母親が脱衣所に入ってきた。



寝癖で前髪が跳ねていて、まだあくびを噛み殺している。



「おはよう。今日は何時から仕事?」



「昼からよ。ご飯を食べたら、もう少し寝るから」



「うん」



舞の母親は接客業をしているので曜日が関係なく出勤になる。



土日はとくにかき入れ時なので休みになることは少なかった。



舞は洗濯機を回している間に母親と自分の分のトーストを焼いて、お皿に移した。



「ありがとう。今日は学校休みでしょう? どこか行くの?」



テーブルについて最初の質問に舞は言葉をつまらせた。



2年生になってから全然遊びに出なくなったから、なにか感づいていることでもあるのかもしれない。



「うん。友達と遊びに行ってくる」



平気な顔をして答えながら、今日は市立図書館にでも行って時間を潰そうと考える。



この街の図書館は大きなショッピングモールの最上階に入っているから、1人でも1日時間をつぶすことは難しくない。



「そう」



母親は舞の返答に安心したように微笑んだ。



いたたまれない気分になったとき、助け舟のように洗濯機が止まる音が聞こてきた。



「あ、私洗濯物してくるね」



舞はすぐに立ち上がり、母親から離れたのだった。


☆☆☆


なんだか最近、人から逃げてばかりだな。



出かける準備をしながら舞は自己嫌悪のため息をつく。



遊びに行くと嘘をついてしまった異常、家でのんびりすることができなくなってしまったのだ。



別に誰にも会う予定はないから、ジーンズと無地の灰色Tシャツという、なんとも冴えない格好だ。



バッグは100円均一で購入した布のエコバッグ。



それに財布とスマホだけを入れればもう準備が終わってしまった。



せっかくだから面白い本を探してみよう。



そう思ってバッグを手にした時、玄関チャイムが鳴った。



部屋の外で母親が玄関に出ていく足音が聞こえてくる。



荷物とか郵便だろう。



来客がいなくなったら出かけようと思っていたところで「舞。お友達が迎えに来たわよ」と、母親から声をかけられた。



お友達が迎えに?



なにを言ってるんだろう。



今日は遊びに行く予定になんてしていないし、なにより私に友達はいない。



一体誰が来たんだろうとバッグを手に恐る恐る部屋を出る。



部屋を出て右手にある玄関へ視線を向ける、大きな体が立っているのが見えてギョッとした。



「舞!」



青っちがぶんぶんと手を振っている。



見間違いではないかと目をこすってみたけれど、玄関先にいる青っちの姿が消えることはなかった。



「あら舞、そんな格好でデートに行くの?」



舞の服装を見た母親が顔をしかめる。



「え、デートって?」



わけがわからず混乱する。



どうしてここに青っちが。



っていうか、デートってなに!?



「いいんです。今日は遊園地に行くので、ラフな方が動きやすいと思います」



「あら、そうだったのね」



舞をよそに話はどんどん進んでいる。



遊園地ってなに!?



そう聞きたいが、目を輝かせて青っちと舞を交互に見ている母親を前にすると、なにも言えなくなってしまう。



「ほら、準備ができているのなら、早く行きなさい」



せっつかれるようにして玄関へと向かう。



私服姿の青っちは舞と同じようにジーンズとTシャツでラフな格好だ。



だけど制服よりも分厚い胸板が主張されていて、更に大きく見える。



「じゃあ行こうか」



「う、うん」



舞はぎこちなく頷き、家を出ることになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る