第10話

パンフレットに書かれている乗り物はどれも面白そうで、こうして休憩している時間がもったいなく感じられる。



「そういえば青っちって射的得意だったよね」



「あぁ~、小学校のときの縁日?」



「そうそう!」



舞は昔のことを思い出して表情を緩める。



文化祭のようなもので、夏になると生徒たちが自作した遊べる屋台が並んだのだ。



高校のように食べ物の屋台はなかったけれど、同級生たちがつくったオモチャはどれも楽しくて好評だった。



その中で射的をつくったクラスがあり、青っちは百発百中で的に当てていた。



景品となっていたのはクラスの生徒たちがつくったぬいぐるみや紙ヒコーキなどだ。



「よかった。楽しい思い出を思い出してくれて」



ベンチに横になる青っちにそう言われて舞は我に返った。



「ご、ごめん。私ばかり楽しんで」



「いいんだよ。今日は舞の笑顔が見たくて誘ったんだから」



そう言われるとなんだかくすぐったい。



「学校にいるときの舞、なんだかつらそうだから」



そう言われてドキッとした。



青っちにはもうバレてしまっているのかもしれないと思うと、心臓が嫌な汗をかいた。



「しゃ、射的行こうか! 青っち、もう大丈夫?」



聞くと青っちは笑顔で頷いた。



『つらそうだから』という言葉をスルーしても掘り下げて質問してこないのは、青っちの優しさだ。



「よし、じゃあ今度は射的だな。これだったら俺負けないから」



「私だって負けないから!」



立ち上がってあるき出す青っちに慌ててついて歩く。



その後姿は昔にくらべたら随分と大きくて、たくましい。



青っちの後についてあるく舞は自然と安心感を覚えていたのだった。


☆☆☆


時間を忘れるまで遊んだのって、いつ以来だっけ?



気がつくと空はオレンジ色の夕日に包まれていて、そろそろ帰り始めないといけない時間になっていた。



ジェットコースターに射的に、メリーゴーランドに観覧車。



他にも沢山の乗り物にのることができたし、舞の持ってきた布製バッグは射的の景品でパンパンに膨らんでいた。



どれもこれも青っちが取ってくれたものばかりだ。



舞のためにと何度も射的に並ぶ青っちに、係員さんが青ざめてしまったほどだ。



「今日は楽しかった。さそってくれてありがとうね」



出口ゲートへ歩きながら舞は言う。



隣を歩く青っちとはしっかりと手が繋がれていた。



「俺も楽しかった。こっちこそありがとう」



そんな風に言われうとなんだか照れてしまう。



できればずっとこの時間が続いていけばいいな、なんて淡い思いを抱いてしまいそうになる。



だけど明日からはまた学校だ。



またいつもの毎日が始まる。



そんな中で舞が青っちに心を寄せるわけにはいかなかった。



でも、今だけ。



今だけは夢の中にいさせてほしい。



厳しい現実に立ち向かうために、今という甘えた時間が必要だった。



だから舞はしっかりと青っちの手を握りしめて離さなかった。



どこからか2人をじーっと見つめている視線に気がついていても、なにも気が付かないふりをしていたのだった。


☆☆☆


来た時と同じバスに乗り、2人で流れる景色を見つめる。



今日という日は本当に夢のようだった。



キラキラ輝いて眩しすぎる1日は、流れ星のように一瞬で過ぎ去っていく。



バスは停留所で停車して、舞と青っちは無言で降り立った。



「明日はきっと楽しいことがあるよ」



舞の家の屋根が見えてきた十字路で青っちが言った。



「え?」



「舞が俺に言ってくれていた言葉。忘れた?」



言われて思い出した。



そうだ。



小学校4年生の頃、青っちと一緒に帰った時必ず舞はそう声をかけていたのだ。



幸せになれるためのおまじない。



小学生の舞が考えたおまじないだ。



思い出してプッと吹き出した。



まさかそんなことまで覚えているなんて、思っていなかった。



「懐かしいね」



「あぁ」



2人は一時視線を絡ませ合う。



その視線はなにかを語りたそうにしていたが、結局なにも語ることはなかった。

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