第33話

「ただいま。舞、いるの?」



母親の声にビクリと体が反応した。



着替えようとしていた手を止めてドアを開ける。



「いたのね舞。どうしたの制服のままで」



母親が驚くのも無理はない。



もう夜の8時が過ぎているのだ。



5時くらいに家に戻ってきたはずなのに、なにもできていない状態だ。



「お母さん……」



舞は無意識のうちに母親へ向けて両手をあげていた。



まるで小さな子どものように抱っこをねだる。



「なにかあったの?」



母親は拒絶することなく、高校生の娘を抱きしめた。



青っちに比べれば随分と小さな体。



だけど両手はしっかりと舞の背中に回されて、同じような安心感があった。



同時に舞の目に大粒の涙が浮かんできていた。



病院でも泣かなかったのに、母親の匂いを嗅いだ時に糸が切れてしまったかのようにチャ繰り上げて泣き始める。



「お母さ……、青っち、病気で……難病で、治らなくて」



とぎれとぎれに意味のなさない言葉を紡ぐ。



しかし母親はそれを止めることなく、話を聞いてくれた。



「透明になる……病気で。薬、なくて……だから、入院してっ……」



「そう。大変なのね」



母親は舞の背中をさすりながら何度も頷いてくれた。



「そう。青っちの顔……見られなくなっ……!」



そこまで言って嗚咽する。



そう、透明病の一番つらいところは、そこに本人がいるのにもう二度と顔を見ることができなくなることになるらしい。



顔も体も、なにもかもが消えてしまう。



本人は確かにそこにいるのに……。



「それなら舞は頑張らなくちゃ」



「え?」



「え? じゃないの。青木君1人にリハビリをさせるつもり?」



その言葉に舞は左右に首を振った。



そんなことさせない。



私だって手伝ってあげられることは、なんでもしてあげたい。



「それなら、今できることはなに?」



聞かれて舞は布団の上に投げ出していたスマホを見つめた。



「病気について、調べること?」



尋ねるように答えると母親は微笑んだ。



「そうね。できることからやりはじめようか」



そう言われて、舞はようやく泣き止んで頷くことができたのだった。

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