第16話

だから、呼び出し場所としても利用されることが多かったようだ。



青っちがいつものように裏門から出ようとしたところ、数人の生徒の声が聞こえてきた。



その声はあまり穏やかではない気がしたので、青っちはすぐに足をそちらへ向けた。



そこで見たのは数人の男子生徒に取り囲まれている、同じクラスの男子生徒だったのだ。



体の小さなその生徒はクラス内でもなにかとからかいの的にされることが多かった。



『おい、このくらいでへばってんじゃねぇぞ! まだまだこれからだろ!?』



傷だらけでうずくまっている男子生徒を無理矢理引きずり起こし、その頬を殴るのが見えた。



止める人間は誰も折らず、笑い声と歓声だけが聞こえてくる。



青っちの足は躊躇することなく真っ直ぐ彼らに向かった。



そして、また殴ろうとしていた腕を掴んでいたのだ。



『なにしてる』



質問すると同時に、青っちの拳が相手の顔に入っていた。



崩れ落ちる仲間に周囲にいた生徒たちが青っちへ向けて殴りかかってくる。



青っちはそれをものともせずに叩きのめして行ったのだ。



相手は3人いたけれど、青っちにかかれば朝飯前の喧嘩だった。



イジメられていたクラスメートはいつの間にかいなくなっていたけれど、青っちは自分のしたことを後悔したりはしていなかった。



そして翌日。



青っちが暴力事件を起こしたことは学校中の噂になっていた。



あの3人組が適当なデマを流したのだ。



デマの中では青っちは完全に悪者扱いされていた。



3人が放課後帰ろうとしていたら、突然青っちが後から襲いかかってきた。



そんな風に改ざんされていたのだ。



それでも、いじめられっ子だったクラスメートが必死にデマをかき消そうとしてくれていた。



傷だかけの自分の体を見せて『あの3人にやられた。青木は僕を助けてくれたんだ』と。



先生も生徒も大半がその言葉を信じてくれていた。



青っちの普段の素行や、3人組の生活態度を見ていれば一目瞭然のことだったからだ。



けれど黙っていない人間もいた。



3人組の親たちだ。



彼らは息子の言い分を信じ込んで青っちになんらかの処分を申し出た。



学校側がどれだけ説明をしても話は平行線のままで、1っヶ月ももめた後ついに学校側が折れる形になった。



青っちは一週間の自宅謹慎処分となったのだ。



すぐに退学になる案件を自宅謹慎処分で済ませてやったのだという学校側の態度に、今度は青っちの担任教師が反論した。



担任教師は20代半ばの若い男性で、いじめられていた生徒のことを日頃から気にかけていた。



イジメがあった証拠を残しておくように伝えていたのもこの教師だ。



そんな中で起こった暴力事件だ。



被害者はあの3人組だと聞いた瞬間、なにか裏があることには感づいていた。



『青木はクラスメートを助けたんです。罰する必要はありません』



校長へ向けて揺るぎない意思を見せつけた。



それでも聞く耳を持たれなかったら、今度はいじめられっ子のクラスメートを相談室へと呼び出した。



『君が校長の前で証言してくれれば、青木は助かる』



そう説得をして、イジメの証拠となる傷の写真を何枚も提出した。



その結果青っちはなんの罰も与えられなかった。



あの3人組は今までのイジメが露呈し、退学処分となった。



これですべてがうまく行ったと思われたけれど……担任教師がやったことは、問題を大きくふくらませることとして、他の教師から毛嫌いされた。



職員室に居づらくなった教室はほとんどの時間を教室で過ごし、その姿を青っちはずっと見ていたのだ。



『先生はなにも悪くない。先生のおかげでこうして学校に来られてるんだ』



放課後、青っちは担任教師へそう声をかけた。



そしてその直後、舞のいる学校へと編入することを決めた。



その結果担任教師の居場所が戻ってきたのかはわからない。



それでも、自分が学校にいればずっとあの事件のことを思い出させてしまうと、青っちなりに考えたのだ。


☆☆☆


「そんなの、青っち悪くないじゃん!」



話をすべて聞き終えて舞は思わず大きな声を出していた。



青っちは苦笑いを浮かべている。



「暴力を使ったことは間違ってないから」



「そうだけど……」



それでも悔しさがこみ上げてきて下唇を噛み締めた。



「それに、前のクラスではちゃんと理解してもらえたはずだ」



「本当に?」



舞は愛に届いたメッセージを思い出していた。



あれは完全に青っちを悪者として認識しているように見えた。



「あぁ。だから噂を流してるのはきっと他のクラスの連中だ」



「それがわかってるなら、誤解を解いてもらったらいいじゃない?」



「いいんだ。理解してほしい人間にだけ、わかってもらっていればそれでいい。他の人たちは自分の人生にとって重要じゃないんだ。だから、勝手に言わせておけばいい」



どうあがいてみても、俺の人生にそいつが踏み入ることは不可能なんだから。



青っちはとても穏やかな声色でそう言って、微笑んだ。



その笑顔に裏を感じ取ることはできなくて、舞は落ち着いた気分になって行くのを感じる。



これほど余裕のある同級生を舞は見たことがなかった。



その時乾燥機が止まる音が聞こえてきたのだった。

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