第18話
次の日、舞はぼんやりと玄関の外に立っていた。
昨日あんなことが合った後でどんな顔で青っちに会えばいいかわからなくなってしまった。
殴られた頬は冷やしたおかげてそれほど腫れなくて済んでいるけれど、よく見ると左右で頬の形が違うことがわかるくらいにはなっていた。
そのため大きなマスクをして、顔を隠すことになってしまった。
泣いた後できた目の下のクマは、ファンデーションで隠した。
それでも最初の一歩を踏み出すことがなかなかできない。
今日はもう休んでしまおうかと思ったとき、足音が聞こえてきて舞は周囲を見回した。
遊園地へ行った日青っちはここまで迎えに来てくれた。
もしかして今日もと思ったが、近づくにつれてその足音は1人分ではないのがわかった。
一体誰だろうと首を巡らせて見た時、恵美と淳子と愛の3人がこちらへ歩いて来るのが見えた。
舞はハッと息を飲んで後手で玄関を開ける。
どうしてあの3人がここに!?
あの3人には家の場所を伝えていないのに!
一気に動悸が始まって呼吸が苦しくなり、土の匂いまで蘇ってくる。
早く家の中に逃げ込もうとすればするほど、足が固まってその場から動かなくなってしまう。
やがて近づいてきた恵美と視線がぶつかってしまった。
恵美は一瞬こちらを睨みつけてきて、そしてすぐに無表情に戻った。
舞は全身に汗が吹き出すのを感じ、息が吸い込めなくなるのを感じて、恐怖で小刻みに震え始めた。
それほどまで舞にとって3人は驚異の存在となっていたのだ。
それでも3人は歩みを止めずに舞の前までやってきた。
「あのさ」
恵美が口を開いた瞬間舞は小さな悲鳴を上げる。
それを見た淳子が視線をそらした。
「今までごめん」
恵美の突然の謝罪に舞は一瞬頭の中が真っ白になっていた。
相変わらず動悸がしているし、冷や汗も流れている。
「……え?」
「だから、イジメてごめんって言ってんの!」
恵美は怒鳴るようにそう言い、チッと舌打ちをする。
どう見ても自分の意思で謝罪しているようには見えない。
舞はとまどい、3人を順番に見つめる。
すると愛が「あのメッセージも嘘だから。本当はあの後に青木がクラスメートを助けたってことも書かれてた」と、ぶっきらぼうに説明した。
「そう……だったんだ」
愛の話を聞いた途端、自然と笑顔になっていた。
青っちが誤解されていたわけではないとわかって、こんな状況なのに嬉しくなってしまった。
「とにかく、そういうことだから」
恵美はぶっきらぼうにそう言うと、他の2人を従えて行ってしまったのだった。
☆☆☆
どうして突然あの3人が謝ってきたのか。
その真相は青っちにあるとしか思えなかった。
急いで学校へ向かうとすでに青っちが登校してきていて舞を見つけるとまるで子犬のように近づいてきた。
「舞~! よかった、今日学校に来ないかと思ってた」
本当に嬉しそうな笑顔の青っちを見ていると、さっきまでの乱れた気持ちが落ち着いてくるのを感じる。
「青っち、どうして? なにかした?」
焦って要領の得ない質問をしてしまって青っちは穏やかに頷いて見せた。
「うん。昨日の舞を見たらさすがにほっとけなかった」
「でも、あの3人の名前は、私何も言ってないのに」
「あぁ。それはほら」
青っちはそう言うと教室後方へと指を指した。
その席は英介の席だ。
英介が舞と視線が合う寸前に顔をそらした。
わざとらしく教科書を取り出して熱心に読み始めてしまった。
「英介が、どうして?」
「本人に聞いてみればいいよ」
青っちはそう言ってウインクして見せたのだった。
☆☆☆
自分から英介に話しかけるのはためらわれたけれど、思えば英介はいつだって舞を助けようとしてくれていた。
小さくて華奢な英介に構われたら余計にイジメられると考えて突き放してしまったけれど、英介は十分に勇気のある男だったんだ。
どれだけ自分がからかわれても、笑われても、絶対に舞を見放したりはしなかった。
青っちに出会ってから舞の視野は広くなり、英介のそういう部分も見えるようになっていた。
だから今回話しかけるのをためらったのも、英介にヒドイことを言ってしまったことを思い出したからだった。
決してクラスメートの目が気になるからじゃない。
「あの、英介……」
恐る恐る声をかけると英介は教科書から顔を起こした。
その頬は少し赤くなっている。
「なに?」
相変わらず女の子のような高音だ。
「えっと、この前はヒドイこと言ってごめんね」
舞は早口でそう言って頭を下げた。
すると英介は笑って「別に、気にしてないから」と言ってくれた。
ホッとして顔を上げる。
「それで、さっき青っちに聞いたんだけど……」
どう質問すればいいかわからなくて視線を青っちへ向ける。
すると英介は大きく頷いた。
「昨日、偶然見たんだ。公園でのこと」
英介が声を落として言う。
舞は一瞬唇を引き結んだ。
「君が、泥だらけで顔を洗ってた」
自分がイジメられいているのを黙って見学していたのかと思ったが、そうではなかったようだ。
舞は少し息を吐き出し、頷いた。
英介を突き放しておいてどうして助けなかったのだと文句を言うだなんて、とんでもないことだ。
「声をかけようと思ったんだけど、それより先に青木君が君に声をかけて、だから僕はその……」
突然歯切れが悪くなった英介に舞は想像力を働かせた。
自分がそのときの英介だったら、きっとその後の展開が気になっただろう。
「もしかして、私達の後をついてきた?」
質問すると、英介は申し訳なさそうな表情で頷いた。
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