第19話
「そう。それで?」
「それで、君と青木君が同じアパートの部屋に入っていったから、だから……」
また歯切れが悪くなった。
でもこれは聞かなくてもわかる。
英介は舞と青っちのあらぬ姿を想像したに違いない。
その証拠に英介の顔はまた赤く染まっていた。
「青っちは手当をしてくれただけだよ」
「わかってる。それでも気になって、なかなか帰れなくて。そしたら君が出てきたんだ。制服は綺麗になってた」
舞は頷く。
どこからか隠れて見られていたと思うと気分はよくなかったが、仕方ないことだと諦めた。
「それから僕は、出てきた青木君に声をかけたんだ」
「青っちに? どうして私じゃなかったの?」
「また、嫌がられると思ったから」
その言葉に申し訳なさがこみ上げてくる。
英介を遠ざけたのは紛れもなく舞だ。
「それで、部屋であったことを聞いたんだ。そしたら反対に青木君から質問をされた。『舞をイジメている奴らは誰だ』って」
「そっか。それで教えたんだ?」
「うん。そしたら止める暇もなく青木君はどこかに行ってしまったんだ。きっと3人を探しに言ったんだろうね」
「その通りだと思う」
そして今朝、3人揃って舞に謝罪をしに来た。
3人の表情は決して納得などしていなかったけれど。
話を一通り聞き終えたとき、青っちが近づいてきた。
「話は終わった?」
「うん、聞いた。青っちはあの後3人に会ったんだね?」
「あぁ。名前だけ聞いても住所は知らないから、まずは学校に戻って先生から聞き出そうと思ったんだ。でもその前にあの3人が歩いているところに遭遇した」
それは青っちにとっては幸運で、3人組にとっては不幸だった。
青っちはすぐに3人組に詰め寄った。
しかし、当然3人はシラを切ろうとする。
だから青っちは少しばかり自分の力を見せつけるために、空き地にあったブロックを素手で破壊してみせたのだと言う。
「これがそのときできた傷」
青っちはそう言うと、右手を見せてきた。
指の付け根が擦りむいている。
「冗談だろ?」
目をむいてそう聞いたのは英介だった。
「本当だよ。ブロックくらいなら簡単だ」
青っちは拳を握りしめて、殴りつけるフリをした。
それに驚いた英介が慌てて机から飛び退く。
「でも、そんなことして大丈夫なのかな」
舞は自分の胸に渦巻いている不安をそのまま口にした。
青っちが動いたことであの3人もイジメをエスカレートさせるかもしれない。
誰にもバレないように、もっと陰湿で、胸の奥をえぐってしまうようなイジメだ。
想像するだけで舞は身震いをする。
「心配することない。舞は今まで通りで大丈夫だから」
青っちの手が舞の手を包み込む。
大きな青っちの手は舞の小さな手をすっぽりと包み込んでしまい、安心感が広がっていく。
「舞はいつでも俺のヒーローだ。それは今でも変わらない」
「青っち……」
こんな姿になってしまった私を見ても、私をヒーローだと言ってくれる。
その優しさに涙が滲んだのだった。
☆☆☆
それから数日が経過していた。
心配するなと言われても、イジメっ子の性格はそう簡単には変わらない。
1度誰かを痛めつける快楽を覚えてしまえば、後はそれを続けていくだけだ。
ターゲットが変わっても、やることは変わらない。
舞は自分がイジメから開放されることで、誰か他のクラスメートがターゲットになるのではないかという不安も感じていた。
あの3人組が素直に青っちの言葉に従うとも思えない。
今のところ舞へのイジメが止まっているため、余計に不安は膨らんでいた。
「舞、一緒に飯食べよう!」
舞の不安をよそに、昼休憩が開始すると同時に青っちは自分のお弁当箱を持って近づいてきた。
「うん」
頷き、舞は小ぶりなお弁当包みを取り出す。
青っちがこの学校へ来てからは、こうして一緒にお昼を食べることも日常になっていた。
最初は好機の目で見られていたけれど、青っちへの誤解も解けた今、クラスメートはさほど注目しなくなっていた。
「今日はこっちで食べよう」
青っちに言われてついていった先はベランダだった。
最近は梅雨の影響でここで食べる生徒は少なかったが、今日みたいに天気のいい日はベランダに出る生徒も沢山いる。
しかし今日は残念ながら先客がいた。
恵美たち3人がすでにお弁当を広げていたのだ。
「残念だね青っち。今日は教室で食べよう」
そう言って教室内へ戻ろうとする舞の手を青っちが掴んで止めた。
「どうして? みんなで一緒に食べればいいだろ?」
舞は驚いて青っちを見つめる。
恵美たち3人も少し気まずそうな表情を浮かべていて、どう考えてもここでは食べないほうがいい。
それでも青っちは強引に舞を座らせてしまった。
その逆側に青っちが座る。
今舞の左隣には恵美がいて、右隣には青っちがいる状況だ。
な、なにこの状況……。
左に感じる威圧感に冷や汗が流れ出てくる。
こんな中でご飯なんて食べられるわけがない。
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