神葬と箱庭のハルシヴァール ~望まぬゲーム転生、我が望みは時間跳躍のみ!~
楠嶺れい
第01話 死して知ること
曇天、強風が高圧線を鳴らし、私は電柱トランスの上にいる。
ただポツンと寂しく。
なぜかって?
それは私が霊体になり、まだ成仏する気もなく彷徨っているから。
浮遊霊というやつだ。
名乗ってなかったね。私は神田義博、享年48歳。年の割に清潔感のある平凡なおじさん。
特技もなく、自慢できることはトロフィーワイフくらいか……。
運が良かっただけだが。
そして私は自宅のマンションの一室を顔をゆがめて透視している。動かなくなった家族を頭を抱えて見ているのだ。
私の死因はセクハラ死。女性にセクハラしている最中に突かれて転んでテーブルの角に……。
自業自得、最悪の死に方だ。
ああ、私の人生は振り返ると波乱万丈と言えるだろう。
地元の大学を卒業して大手の企業に就職、ここまではいたって平凡な人生だ。歯車が狂いだすのは32歳を迎えてすぐ、夢を追い脱サラ、夢で食えるわけがなく、バイト生活を余儀なくされた。昼はコンビニ、夜はラーメン屋で食いつないだ。
夢を諦めて本屋に就職するも何度も居眠りして解雇、派遣社員としてイベント設営など、日雇い労働と変わらない。
時は流れ、私は一部上場企業に運よく中途採用された。そして知ることになる。そこがブラック企業であることを。
まあ運のない流れではある。
プライベートのほうも似たようなもので、私には年の離れた妻と14歳の娘がいて家族を愛していた。だが、妻の愛は冷め、娘は話さえしてくれない。
冷めきった家庭に居場所はなく酒に飲まれることが多くなる。
ある日、飲み会のあとで人生最大の失敗を犯してしまう。泥酔してホテルに泊まり、翌日目覚めると隣には部下が寝ていた。嵌められたと確信したが潔白を証明できない。誰がどう見ても不倫関係である。
記憶はなかったが、朝になって隣で女が寝ていれば言い訳などできない。
私は家族と部下に対する罪悪感からノイローゼになり、独占欲の強い不倫相手に粘着され精神ダメージから精神病を患う。行き場がなくなり、病気も悪化、会社を休職することになる。悪循環は加速して、どこにも行き場がなくなり、家に居ても閉じこもるだけ。
この時点で不倫がばれて無くても夫として、父親としての尊厳は微塵もなかった。
まあ、騙されやすくガードの甘さが原因なので誰も責められない。
ここまでは。
復職すれば、モラハラ、パワハラ、ライバルに蹴落とされ窓際に、遅くして課長になれたはいいが上司からは理不尽なハラスメントを受ける。惰性で会社に居ても居場所がなく、女子社員からはどこかに消え去る不審人物と受け取られていた。
それは私に仕事がなく、本質的にはマネジメントの問題だった。
困り果て意見すると上司からは他言無用とくぎを刺され、パワハラの餌食になり仕事を取ってこないと後に引けない事態に陥る。私には住宅ローンが残っていて辞められない。
最悪の連鎖は続き、セクハラするのはもうすぐだ。
宴会の席で客を連れて行きつけの高級キャバクラで過剰サービスをうけ悪酔い。客からの盛り上げ圧が強く、切羽詰まって一発芸のはずがセクハラをやってしまった。きっと客も接客嬢も冗談だったのだろう。
だが、突き飛ばされた私は敢え無くご臨終となる。なったのだ!
普通であれば事件性も少なく家族への影響も少なかったはずだ。それなのに誰かがSNSに拡散、あっという間にセクハラ師として有名になり、身バレしてしまう。最悪であり、悪夢としか言えなかった。
前世はセクハラ師、もといセクハラ死だ。酔った勢いで罪を犯した悲しいサラリーマン。あっという間に悪意を持って拡散された。
私はそれを霊になって見ていた。電信柱の上から。
死してなお、妻と娘の顔が心に浮かんだ。
私は家族を愛している。
今さら実感したのだ。
私は成仏できず浮遊霊になる。自身の恥は諦めるしかない。だが、家族への悪意は許せるものではない。
両親に死なれ実家のない妻は精神を病み、娘は友人の顔をした害獣からいじめを受けて自殺。すぐに妻も後を追う。
私は発見されない死体を眺め続けた。苦しみぬいた死に顔を……。
他に何もできないからだ。
誰を恨めばいいのかわからない。
いや違う、こんな世界など滅亡してしまえ。
見守るべきものもなくなり、留まる気力がなくなった私は成仏することにした。
霊体としても終焉を迎えてやるのだ。
この世界を呪いながら。
「神など死んでしまえ!」
誰にも聞こえない心の叫びが意識の中で木霊する。
私は大事なものを間違えた。
出来ることならやり直したい。時を巻き戻ってでも。時間跳躍への渇望。
どうしても過去に帰りたいのだ。
『世界は閉じられ、再創造が始まる』
誰かの声が聞こえた。
消え去ったはずなのに意識が残っていた。私は考える。犯した罪やその行いにより死んでしまったことは因果応報。そこは何も言うまい。私にとって後悔することがあるとすれば、回避可能な不注意から家族を死に追いやったことだ。
私の罪は家族には関係ないじゃないか。
違うか神よ!
世界を呪って地球上から消え去った。そう思っていたのだが……なぜか私は暗い闇の中にいた。
目が慣れてくると、ぼんやりと明るいものが誘いかけてくる。
私は何も考えたくない。
そんな誘いなどどうでもいい。私はただ朽ち果てたい、願いはただそれだけだ!
ここが神の待つ場所であっても興味はない。もちろん地獄でも。
いや、地獄こそ私にふさわしい場所だ。
もう構うな。ほっといてくれ。
私は目を瞑り弱々しく呟く。
気配がした。
目を開けると視線の隅に淫らな悪魔がいた。黒い翼のある女。狂気を呼ぶ笛を吹きならす。こいつは淫魔。
奴がいる。
正面から見ようとすると消え失せる。目で追うと消え去る。
私の視線の片隅に淫魔がいる。
私を誘う淫魔。
私は淫魔を無視した。締め出した。
また新たな誘惑者が現れる。
興味などないが目の前に現れた緻密な映像を眺める。原理はわからないが実にリアリティが高い。
意識は映像に引き寄せられていく。
――神葬と呼ばれる創造神の代替わり。神葬は新たな世界を創造する。神の遺志を継ぎ創造された世界は箱庭。
その世界はハルシヴァールと名付けられ、新たに生まれた創造神により維持管理される。
神はローとカオスの二大勢力を生み出して世界のバランスを取ることにした。
おそらく深い意味はなかったのだろう。
神は生み出した人間のことなどすぐに忘れてしまった。
神が興味をなくした世界は荒廃し、そこに暮らすものに幾多幾重の悲しみを生み出していた。
勢力間戦争と異世界からの侵入者も交え混沌はさらに広がっていく。
人々はこの荒れた世界を”神葬と箱庭のハルシヴァール”と呼び忌諱するようになる。
”神葬と箱庭のハルシヴァール”
まったくうるさい。
聞きたくないのに頭にナレーションが響き渡る。どこかで聞いたことがあるような。
そんなことはどうでもいいか……。
しばらくするとまた説明が始まる。
私は耳を塞いでそれを無視することにした。
耳を塞いだところで効果はない。だが、幸いなことに頭には入らなかった。
陣営の説明のようだが興味はない。
私に関係ないだろう。
――タイムアウトでロー勢力になります。
「なっ? 誰だ」
目の前に四体のフィギュアとしか思えない人物がホログラムとして浮き上がる。
一瞬興味を引かれたが、すぐに自分の殻に閉じこもる。
――タイムアウトでランダム選択になります。
もう何でもいい。
私は無気力にタイムアウトを受け入れた。これが最初の運命の分かれ目とも知らず。
流れに身を任せていると、何処からともなく音楽が流れだし映像が広がる。それは世界を上空から見た構図。まさに神目線だ。
「これはよくあるゲームのオープニング!」
どこかで見た……既視感ただよう世界が現れて、私は抗うこともできず吸い込まれていく。
今体験しているのは私の良く知っているゲームのオープニングだった。
何でこんなところに? 私はゲームに転生するのか?
これは夢なのか。いや、悪夢に違いない。
映像は私の意思を無視して、視点は辺境の村に流されていく。
到着した先は始まりの村。
ここは!?
VRMMORPG”神葬と箱庭のハルシヴァール”の世界。
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