第39話 恋煩い

 虻女アブおんなと不倫相手だった高野沙希たかのさきは自死する。

 私は奴等から精神攻撃を受けた。そのとき私は理解したのだ。

 いたのは他ならないこの私だった。

 巧妙に逃げ場を探しながら。


 最悪だ。



 私は眠ったまま目覚めないエミリアを担いで自陣に戻った。そして、エミリアを寝かせてセリナとオリエッタに軽く説明する。

 細かい話はあえてしなかった。

 いや、できなかった……という方が正しい。

 彼女たちに内面をさらけ出せない。


 ここでもまた


『貴方は誰も愛さない。偽善者』


 高野沙希の言葉が私の心を切り刻む。

 あぁ、わかっているとも。



 ふらつきながら、仮設診療所に歩いていく。


 そして、私は連れ帰ったコンパニオンを調べる。予想どおり、皮下に蜂モンスターの卵が産みつけられていた。対処法は迷ったものの、火葬しか思いつかない。

 コンパニオンは不死属性であれば焼いても再生か転生すると信じ。

 違っても新たなコンパニオンが生まれ出るだけだろう。


 燃やす発想に忌諱感は

 壊れているのは私だ。


 枯れ枝や燃えそうなものをかき集め、大きな焚火をお得意の魔法炎で生み出し儀式台とした。私は黙とうして縛り付けたコンパニオンを焼く。

 予想どおりコンパニオンは消え去って、卵と幼虫が炎に焼かれて死んでいく。

 虫など二度と見たくない。



 仮設診療所の戻り、エミリアのもとに向かう。

 彼女はやつれた姿で私に微笑み、両手を伸ばしてくる。


「コンパニオンを焼いたのね」

「あぁ……」

「私は調べないの?」

「……」

「わかってやってるなら嫌だよ。ちゃんと調べて。貴方の手で!」


 手を取られ、柔らかい体に押し付けられた。

 実際はあちこち触りたい誘惑に流されそうだった。今も挑発的にすり寄ってくるエミリア。無心に彼女の温もりをこの手で感じたい。


 しかし、怖いのだ。

 卵を見つけた場合の対処が。

 燃やしても転生する。ただ火葬するだけのことなのに。

 燃やしたくない。決して燃やせないだろう。


 エミリアは両目を瞑りうつむいた。


「貴方に私の話せる範囲で真実を伝えるわ」


 女は静かに目を開く。


「真実の断片!

貴方は元の世界に決して戻れない。存在しない世界に戻れないから。この世界は新たな世界への試金石。その時その時で紡ぎ出される世界。ゲーム用語でいえばインスタンス。貴方達のためだけに用意された世界。これが無数にあるの」

「創られた世界か」

「そうよ、そして世界はあなた達が呼ぶ魔神に侵略されている。世界への寄生。そして、死した者には悪魔の囁き、高野沙希はそれに乗ったのでしょう」

「なぜそんな話を……」


 悲しそうに女は天を仰ぐ。


「私は人ではないわ。人間を学ぶうち私は限りなく人に近づいてしまった」


 エミリアは私の顎をそっと触り、唇をそっと押し当てる。

 一瞬のできごと。

 その感触は消えず、やわらかだった。


「恋を愛を知ったの。もう戻れない。当然あなたの気持ちもわかってるわ」


 この女には隠せない。なにひとつ。

 私は無言を貫く。

 抱いている気持ち認めることへのやましさから躊躇しただけだ。


 情けない。


「話を戻すわね。この世界にとって、貴方こそ異物でありNPCなのよ」

「何度も生き返る時点で察していたよ」


 私は覚悟してエミリアの手を取る。そうすることが正しいと思い込み。

 エミリアは何も言わず距離を詰めてくる。


 向かい合って話すのは少し照れくさかった。


「セリナのことを教えてくれ」

「なぜ?」

「あれは本物なのか……」


 エミリアは顔を近寄せて耳元でささやく。

 私は吐息に反応してしまう。


「あなたの奥さんのコピー。外見は違ってもモデルは奥さん。だから、他人とは思えなかったでしょ?」

「あぁ、薄々感づいていたさ。間違える筈がない!」

「無理して娘さんに似ているって解釈して誤魔化したわね。似ているはずよ。親なんだから」


 首狩り、あんな過激な行動に出たのは妻とわかっていたからだ。


 沙希との不倫はばれていたと思う。

 それだけではない。

 妻を家政婦のように扱い、挙句の果てにセクハラで死ぬ。

 私は妻を傷つけたことを認めたくなかった。


 自分を守るために必死だった。

 彼女に歩み寄る余裕などあるわけがない。


「オリエッタは奥さんの後悔が生んだ幻の娘像。私からするとよく分からないモデリング。でも、貴方には刺さったはず。娘の一部が存在するのだから」

「セリナは妻がモデルか。セリナの願望、幼い娘と庇護欲から生まれたのがオリエッタ」

「貴方の抱える闇の具現」


 オリエッタの幼稚な恋心、私の潜在するハラスメント気質。流されやすさから、果てには男女の一線を越える可能性だってあった。

 それをあえて無視した。


 そして、私はセリナを娘の代償にした。だが、セリナは娘ではない。少女でさえない成人女性だ。心に闇を抱える成熟した女。

 すべては誤魔化しだ。

 虚構虚像の上に取り繕った現実。


 やり直しても何も解決しない。

 自分自身をどうにかしないと何も手に入らない。


 奈落に落ちる気分だ。

 気づけば私は叫んでいた。空を見上げて。



 夕暮れの空は私の決意をうながすように燃え上がる。

 さあ、決めろと!


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