第40話 君は唱える 『昇華の時!』と……

 私は自身の弱さを思い知る。やり直しても何も解決しない。新たな不幸を呼ぶだけだ。いや、ゆっくりと底なし沼に沈みゆき、家族とともに朽ち果てるだけ。

 家族への愛はどこにある。

 自分自身をどうにかしないと何も手に入らない。


「貴方はセリナの悩みや苦しみを知りながら見なかったことにした。踏み込めなかった。オリエッタの心を癒すことさえしない。向き合わなかった。知っていながら貴方は直視することを避けた」


 何も言えない。分かっているから。

 それが事実だから。


「それは貴方の弱みだわ。でも、そんなあなたが好きなの。変な女よね。人でさえないのに」

「私は何を……」


 エミリアは私の胸に人差し指を押し当てた。

 眼は私を捉えて離さない。


「後悔するくらいなら……。さあ、選びなさい!」


 私は息を飲む。

 その姿が一瞬だけアンジェリカよりも神々しい美の女神に見えた。


「三択です。永遠の虚構、現実逃避、滅びと再生」


 私はうなずく。


「永遠の虚構とは貴方の家族を中心とした偽りの世界で生活すること。貴方が望むなら永遠にループする世界。リセットされる世界。失敗もやり直せる」

「妻と娘は?」

「開始時点は本人そのものを流用して構築。そこから先は未知」


 私は選択肢を確認した。

 永遠の虚構は仮想世界でループする。現実逃避とは現在のこの世界をそのままトレースする。最後の選択肢は記憶を捨てて新たな世界で生きること。


 私の望みはだ。


 だが……選択肢にない。

 ないのだ!


 元の世界に戻れないことは理解していた。そのつもりだ。時間跳躍など夢物語だ。

 わかっていても諦めたくなかった。


 しかし、諦めるしかない。

 現実逃避は不毛だ。


 を選べば、見かけ上は家族とやり直せる。

 私自身に関しては。

 その代償として、妻たちは置き去りだ。

 私だけが夢に浸り。


 では今の疑似家族との生活が延々と続く。永遠に。

 サービス終了のないエンドレスゲームだ。

 再生への道はいったいどこにある。

 待つのはいばらの道だ。


 そして、はすべてを忘れて輪廻転生の歯車に轢かれる。


 どれも、望まぬ未来だ。


「エミリアと二人だけで過ごすという選択肢はないのか?」

「嬉しいけど……

「そうか……」


 別れは定めなのか。

 何か手は。

 思いつかない……。


 いまさら過去は変えられない。

 どうする。


「エミリアは私の選択によっては居なくなるのか?」

「三択を選んだ時点で私はあなたの世界になるの。……そこで、お別れよ」

「選ばなければ?」

「時間が来ればランダムで選択される。その時がお別れ」


 選べない。

 選びたくない。


「わかってるわ。でも、克服しなさい。そうすれば道は開かれる」

「君は消えるのか?」

「後悔はないの。人間を知るうち、人でないものが貴方を恋してしまった。学ばなければよかったと思う。でもね」


 エミリアは私の唇に指をあて笑う。

 私に喋らせないように。


「貴方は私にとって希望の星。忘れないで」

「貴方は私にとって生きた証……」


 エミリアだったものは天に舞い上がり天使になる。

 私だけの天使だ。


「昇華の時!」


 彼女は高らかに唱え終える。

 君は私の記憶にしかいない。いなくなってしまった。


 創世へのカウントダウンが始まる。


 私はその場所に膝を折る。

 消え去った者を手繰り寄せるように腕を差し出し。


 今度こそ間違えない。

 いや、間違ってもいい。何を選ぼうとエミリアの世界だから。



 円環は閉じ新たな世界が生まれようとしている。

 それは魔神のいない世界。



 神葬と箱庭のハルシヴァール!




∽∽ 後 書 き ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ∽ ∽



『神葬と箱庭のハルシヴァール』

 これにて完結とさせていただきます。


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 本当に感謝しております。




 拙作を読んでいただき、本当にありがとうございました。

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神葬と箱庭のハルシヴァール ~望まぬゲーム転生、我が望みは時間跳躍のみ!~ 楠嶺れい @GranadaRosso

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