第05話 死の舞踏

 次の周回では、パーティーメンバーと行動することでアベルの行動に変化があるのか試すことにした。誰に頼むか迷ったのだが、好感度が高く一緒にいてくれるエミリアを誘い、夕食の約束を取りつける。

 最終日の夕刻に適当な場所を選び、待ち合わせることになった。


 エミリアはデートと受け取ったのか喜んでおめかしして行くと言われたとき、私の良心は悲鳴を上げてしまう。約束してしまった以上どうしようもない。後悔の念を打ち払い、私は心を鬼にして決行することにした。


 罪悪感から待ち合わせより早く到着してしまい、目的もなくウィンドウショッピングしている。村の武器屋は粗末な物しか在庫しておらず、モンスターのドロップしか打倒手段がないことを確信した。

 とはいえ、今回も私の武器は冴えないものでアベルに勝てる要素はない。


 背後からエミリアの張りのあり良く通る声が聞こえてきた。


「ハワードお待たせ」

「いや、今来たところだ。今日も綺麗だエミリア」

「嬉しいわ。ハワードから誘われるなんて夢みたい」

「夢だったらいいのだが……」


 エミリアは私の懐に入り上目遣いで見つめてきた。彼女の瞳に私が写り込む。

 彼女は私の腰に手をまわして顔を近づける。


「何か悩み事でもあるの。顔色悪いわよ」

「そんなことない。エミリアに会えるから緊張しているだけさ」


 適当な言葉が滑り出ることに嫌悪してしまう。NPC(ノンプレイヤーキャラクター)と思うから恥ずかしげもなく歯が浮くような台詞が言えるのだ。

 私は最低のクズだ。


「今夜はゆっくりできるのよね?」

「あぁ、ここで夜景を見た後、君が行きたいって言っていた店で食事しよう」

「うん、楽しみだわ」


 エミリアは少し頬を赤らめて私の腕に寄りかかった。

 和やかに会話していると、アベル来襲の時がついに来てしまう。



 重量物が投げ出されたような音がした。振り返ると修道服を着た首なし死体が転がっている。

 キャシーの服、本人に間違いない。


「これって……」

「見るんじゃない、エミリアこっちにこい!」


 私は動揺しているエミリアの腕を取って抱き寄せる。


「ハワードにエミリアかい。クシシシ! キャシーとイリヤが君たちを探してたよ。ヘヒヒ! グレイもだね」


 腰で揺れるのは二つの首。

 左手には紹介するかのように掲げられたイリヤの亡骸。


「なんで、お前は死者を冒涜するんだ!」

「なに? 死んでないよ。僕は簡単に人を殺さないから」


 死んでるだろ! なぜ狂気の度合いが強くなる。

 アベルのグレードアップする狂気と攻撃力。回数を重ねるごとに強化されていた。


 エミリアが私の腕を振り払う。

 しまった!


「ハワードは私が守るから! 逃げて!!」

「エミリア待て!」


 狂気に呼応するように巨大化したウインドカッターは前に出たエミリアに向かってキャストされた。

 エミリアは上下に分断される。


 私はアベルなど無視して駆け出し、ずれ落ちるエミリアの上半身を力を込めて抱きしめた。

 エミリアは満足そうに語りかける。


「愛してるわ。ハワード……」

「エミリア!?」


 ここに呼んだことを後悔した。情がないからこそ考えられた暴挙、エミリアを利用したのは他でもないこの私だ。

 ゲーム設定では恋人なのだ。間違いなく相手は本気だった……。


「くそ、また間違えた!」


 私はエミリアごと切り刻まれる。

 自分が許せない。




 その後も何度も死に戻りを繰り返したが、攻略法は見つからなかった。そして、懺悔の念でエミリアとは一度だけ食事することにした。やめればよかったと後悔している。繰り返すたびに少しずつ情が移っていくのだ。


 不倫よりも苦しいとは思わなかった。


 何度も対峙するうちにアベルの攻撃パターンは理解できるようになる。しかし、行動を把握し、回避したとしても遠距離戦になればこちらが不利だった。

 例え不毛な行いだとしてもやるしかないのだ。私は元いた世界で溜まりに溜まった恨みと、アベルへの憎悪を糧として、狂気に犯されながら戦い続けた。


 いくら死のうと挫けず戦う。

 アベルを殺したい。

 それだけだ。



 何度かユニークと呼ばれる武器を入手したこともあった。しかし、そういった周回に限って強化アイテムのオーブが出ない。

 周回を繰り返して気づいたことは、根拠はないのだがドロップアイテムの質が上昇傾向にあるような気がしてならない。

 それと、このゾーンではレベルアップは不可能な設定なのでステータス変化はない。それなのに、相手の目を見て攻撃方向を察知したり、癖から魔法の種類を予測できるようになっていた。


 この世界は目に見えるステータスだけでなく、隠しステータスがあるように推測している。

 そう解釈しないと説明できないことが多すぎるからだ。


 今も難なくウルフを倒しているが、急所の把握と行動の予測精度が上がり無傷で倒せるのだ。ただ、効率が悪いのは相変わらずだった。

 通常のエンチャントオーブには装着レベルの下限が設定されている。だが、ウルフのドロップは装備制限のないことが特徴であり、どんな武器、低レベルの装備者でも装着できる。効率を無視してでも狙う理由だ。


「お、オーブだ。スピードアップと発火がついていたユニーク!」


 私はすぐに武器に装着するために村に戻り、工房でエンチャント作業を実施した。武器の穴にオーブを入れるだけなのだが、工房の道具を使う必要がある。面倒であるがこればかりは妥協するしかない。

 将来は生産スキルを取れば自前のエンチャントは可能になるが、それはまだ先の話だ。


 丘に戻ってウルフ相手に試し切りを実施した。オーブによりエンチャントした武器は薄っすらと輝いている。

 用心して敵を釣り出し切りつける。


「凄いな。切っただけで発火する」


 ウルフは毛が燃えたので草で消そうと転げまわる。見守っていると炎が戦闘で刈り取られた草に引火した。

 草は面白いほど燃え盛り、空高く火柱が立ち昇る。

 魔法炎は常軌を逸していた。


 興味本位ながらウルフを燃える炎に誘導して焼き殺せないか試すことにした。うまくいけば楽ができると考えたのだ。


 攻撃を入れて燃える炎の周りに誘導すると笑えるほど燃え盛り、ウルフだけでなくエリートウルフでさえ簡単に倒せることが判明した。事前に下草を刈って油を撒けば炎を長時間燃やすことができるようになる。


 科学知識が役立った瞬間だ。


 注意点としてはウルフを正気に戻さないことが重要で、一定の間隔で攻撃を放って私へのヘイト憎悪を高める必要があった。

 私は焚火の周りを多数のウルフを引き連れて走り回っている。

 傍から見ると火祭りだ。


 効率は一気に上がり、村で燃やせるものを買い占め持ち込む余裕が出てきた。


 狩の効率は上がっても、運に見放されることが多く、何度周回しても武器が揃わない。

 狂人以外は諦めるはずだと考えながら周回を重ねていた。


 私は意味もなく笑う。

 目的はアベル殺しと武器集めになっている。



 数えられないほどループしてさらに気づきがあった。スキルと科学の使い方の工夫である。

 アベルは癖なのか左手のイリアに攻撃すると無意識に庇おうとするのだ。鬼畜な作戦だが、イリアの繋がれている側の腕を落とすと、必ず助け起こしに行くことを確認した。


 そのあとでイリアを燃やす……。やりたくはないが私への攻撃は格段に減ることになる。

 更に廃屋を燃やして戦うと、狂人は引火しても気にせず攻撃するし、イリヤも燃やしやすい。狂気に侵されかけた私は、イリヤを浄化して天国に昇天してもらう儀式と信じることにした。自己暗示であるが気にしてはいられない。


 何度か仕留める寸前まで行くが、あと少しが越えられない。


 私はアベルの攻撃パターンと魔法の範囲や射程を見切ることができるようになり、あとは攻撃威力を上げるだけになっていた。結論としてエンチャントオーブの選択と武器強化が鍵になる。


 行動面の改善としてはエミリアを柱に括りつけて私よりも後に殺されるように工夫したくらいだ。この作戦はかなりの確率で失敗する。同時に死ぬかエミリアが先に死ぬことが多かった。愛の力なのか縛っても抜け出てしまう。


 運命の強制力なのだろうか……。



 そして遂に、武器はユニーク、オーブもユニークを引くことができた。エミリアは離れたところに縛りつけ、アベルを待つだけになる。

 左手には松明、右手にはユニーク装備掲げ、仕込んだ廃屋に油や可燃物を溜め込んでいる。準備が整い雄たけびを上げて、ステップを踏んでいた。

 行動は精神異常者と変わりない。


 遠くからアベルの足音がする。

 もはや先手を取られることは100%なかった。アベルが見えたところで松明を投げて廃屋に点火する。そして何かつぶやくアベルを無視してイリヤの腕をスキルで切り落とし、燃え盛る廃屋に蹴とばした。

 心の呵責などとうに喪失している。


 悪鬼よりも醜く、さげすまれるべき生物になり果てた。

 それはこの私!


 アベルは泣き叫びながらイリヤを燃え盛る炎から抱き上げようとして、自らも炎に巻かれている。私は少ない魔力を気にもせず、魔法を全力でアベルに放っては剣で切りつけた。


 こちらにターゲットが移るとイリヤを燃やして注意を逸らす。

 フェイントを入れてはイリヤを燃え上がらせる。


 アベルはイリヤの消火活動に気をとられた。

 私は一瞬の隙をついてアベルの利き手を切り落とす。転がり落ちた杖を思いっきり蹴飛ばした。快感と共に感情が爆発する。


「いけるぞぉぉぉ!」


 アベルは燃えるイリヤと私を交互に見ながら錯乱している。私は油瓶をアベルの頭に投げつけ魔法で燃え上がらせた。転げまわって暴れるアベルに近づき、腰を落として足首の腱を切る。何度も剣先をたたき込んだ。


「行動は封じてやった。仲間の無念、お前を切り刻むしかない!」


 私は今までの恨みを込めてアベルの首に斬りかかる。

 いや、首は落ちているのに怒りに任せて切りかかっていた。


 正気に戻った私は尻もちをつき泡を吹きながら叫んだ。


「開発者ども見るがいい。お前たちの最高傑作アベルは生焼け死体だ。ざまぁみろ! ざまあみろ!!」


 私はよろよろと燃える廃屋から外に出る。空が青い。

 膝をつき天に向け腕を振り上げた。

 最高の気分だ。


 広場に視線を向けるとオーロラのような転移ゲートが現れていた。


「やったぞ、やっと、やっと、チュートリアルをクリアーした!」


 ついに越えたのだ。


 広場に大の字に寝転がり、青空を見つめて笑い続けた。



「あ、エミリアを解放しないと」





 私が縛っていた場所には解けた紐が残されていた。





∽∽ あとがきのようなもの ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ∽ ∽


 アベル視点の短編

『首狩りアベルはフラグを折れない ~補助魔術師の追放、それは狂騒劇の開幕~』

 https://kakuyomu.jp/works/16817330649558354118


 興醒きょうざめされる方もいらっしゃるかもしれませんが、もしご興味があればご覧ください。


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