第04話 僕は許さない!

 アベルは狂気に染まっていて、何かを呟きながら涎を垂れ流している。左手にはボロ布のような物を持ち、右手には杖を持っている。そして、腰には私のパーティーメンバーの汚された首が……勝ち取ったトロフィーのようにぶら下がっていた。


 揺れる首は私に危険を知らせ、漂う異臭で鼻をやられた。



 誰が見てもわかる状況。

 やらないとこちらが殺される。アベルは私に指を突き付けて叫んだ。


「イリヤを汚したお前たちを僕は許さない!」


 おそらく、話し終わるまで攻撃が通らなかったはず。ただゲームと違う可能性がある。攻撃してみよう。

 剣を抜いてアベルの首を狙う。


「どうして、イリヤを助けてくれなかったんだ。何か言え!!」


 アベルは器用にも会話しながら回避している。シュールを通り越して恐怖すら覚えるほどだ。

 まったく当たらない。


「イリヤが泣いている。見ろ彼女の顔を」


 私は恐怖した。


 ボロ布と思っていたものは腐敗の進む女性の遺体。幼馴染イリヤの亡骸だった。

 頼む、亡くなったものは弔ってくれ。


 アベルは愛おしそうに腐乱死体に頬擦りする。

 もうやめてくれ!


 こちらにも狂気が伝播してくる。

 仲間の首、イリヤの遺体、ダメだ、正気を保てない。

 異臭が私の脳を溶かしていく。


 意識して見ないようにしていた。

 それなのにイリヤの眼孔に魂を持っていかれた。


「あああ、許されない。許されない。許さない! お前こそ死ね。アベル!!」


 私は絶叫しながら間合いに入り、剣を構えて振りかぶる。

 奴は私など見てない。アベルは首を傾げながら回避して、明後日の方向を見て腕を振り上げた。


「ハワードお前だけは、お前は絶対に許さない!!」


 アベルの腕から風が吹き出し、半月のような刀となり成長する。一瞬の出来事だった。

 それは規格外のウインドカッター。飛来する刃。


 戦闘は開始された途端に終わった。


 ウインドカッターで私の利き腕は切断され吹き飛んだ。止まらない血が足元に海を作り、慌てた私は血の海で足を滑らせ転倒した。

 無様なことに火炎魔法で両足は焼かれて炭となり、移動は不可能になる。


 魔法は容赦なく私にヒットし続ける。


 勝てるわけがない。

 実感はなかったが首を刈られたのだろう。私は即死した。


 実に呆気ない最期。




『諦めるな人の子よ! 勇者の道は地獄なり』




「はっ! 生き返ったのか?」


 武器も持ち物もリセットされた。ゲームと同じ巻き戻りだ。転移ゲートから出てすぐ、仲間と別れたところが蘇生場所になっているようである。まだチュートリアルと理解する。



 私はこんな時間跳躍を望んでいない。



 これは、アベルに勝たない限り無限ループに嵌ってしまったということだ。


「あれを倒せるのか……この手で? 無理だろう」


 私は地面を殴り続ける。血が出ようと気にならない。無理だ、無理。


 忘れていたことが意識の表層に浮かび上がる。

 それは思い出したくない事実。


「まて、生き返るときに語られた言葉……それは!」


 勇者だ!


 ゲーム開始してすぐのリセットマラソン、好みのキャラ等になるまでリセットを繰り返す作業に特化した攻略サイトの情報から、勇者はヘルモードだったことを思いだす。あぁ、何故忘れていた。

 他のキャラはイージーモード。当然のことであるが私はヘルモードなど御免なのでエミリアを選んだんだ。ヘルモードでは敵全てが通常の十倍近く能力が上昇されていたはず。


 敵の強化、この事態は非常にまずい。

 最悪の選択。


 勇者はゲーム内では最強と言われ、取得するのは最高難度と噂されたキャラ、勇者をクリエイトしても運か忍耐力がなければゲーム世界に降り立つことはできない。チュートリアルを抜けられるのは宝くじを引き当てる確率に等しく、ゲームでは諦めてキャラクターの再選択するものが多数でたくらいだ。

 私はそれを無視したことでランダム選択になり、運悪く勇者を引き当ててしまう。


 ちなみに勇者はスキルツリーが4本の壊れキャラ、要するに通常キャラより倍のスキルや加護をもつレアキャラクターだ。

 私のプレイしたサーバーでは勇者を使用するプレーヤーはいなかった。


 投げやりに過ごした結果がこれだ。私の乾いた笑いが広場に広がる。

 序盤からやらかした。




 立ち上がって広場を出る。とりあえずこのゾーンから抜けられるか試すことにした。

 最初に向かった草原はアクティブモンスターと呼ばれる攻撃的な個体は存在せず、その先にある丘に向かって走っているところだ。


 丘のモンスターには偶にアクティブが紛れ込んでいた。例えいたとしてもアクティブの行動パターンから推測できた。アクティブを見つけると回避しながらゾーン境界を目指して突き進む。


 まばらに木が生えている丘には通常のウルフとアクティブのエリートウルフがいる。エリートは体格がウルフよりも一回り大きく縄張り内を巡回しているのが特徴だ。私はエリートを追従するように回避してゾーン境界に駆け抜けていく。


 境界に居座る生き物はエンシェント地竜だった。


 足は速く、探知能力が高い。手汗を拭いながら考える。奴らは単体ではなく、群れで警戒しながら行動していた。

 どうみても突破は不可能だ。とはいえ、ここに居ても何も解決しない。死に戻りできるから試しに突破してみるか。


 覚悟して地竜少ない場所を強行突破するように全速で走る。抜けたと思うと次の群れがいる。

 これ、無理だ。


 弱気になった瞬間、私の身体は突き上げられて意識が飛んだ。




 何度が試してみたものの擦り抜けることはできず。他の方面から抜けようと四方を確認したが隣接ゾーンはすべてレベルが高すぎ、さらにモンスターはアクティブだった。強行突破は今のステータスでは無理だった。


「くそ、作戦変更だ」


 死に戻って村の中で考える。このままでは一週間がすぐ経ってしまう。武器を一段階上の性能にするにはゾーンを越えないといけない。だが、どこもレベル差があり過ぎる。仮に抜けられたとしても、その先にいる敵を倒せない。


 武器はこのゾーンで得るしかない。

 武器任せの歪な仕様。

 誰が考えた。オリジナルゲームを考えた制作会社の奴らを呪いたくなった。


「おそらく奴ら、この難易度は越えられないだろうと、ほくそ笑んだに違いない」


 私は天を見上げ、無意識に苦し紛れの絶叫をあげていた。


「きっと越えてやる!」


 余計に苛立っただけだった。吠えたところで負け犬でしかない。

 冷静になれ、とにかく行動だ。


 諦めて正攻法で狩りをすることにした。丘に狩場を移すと一撃でもモンスターの攻撃がヒットするとこちらが瀕死の重傷になる。すでに狩などと言えたレベルではなく、こちらが狩られる対象だった。


 ヘルモードのせいで倒せる気がしない。


 一週間たっても武器はもちろん、オーブさえまともな物が出なかった。狩の回転率が悪いこともあり、ドロップ効率は上がらず今回の結果となったわけだ。根本的にやり方を間違えていると思う。しかし、狩の効率を上げる方法は何も思いつかなかった。


 しかたなく、隠れることでイベント回避できないか試してみることにした。教会の尖塔の上に登ってみたのだ。

 さて、アベルは見つけられるのだろうか。私は緊張しながら息を殺して待ち続ける。


 薄暗くなり夕闇が迫ってくる。

 闇が増していき、運命を回避できたと思った。私は笑いたくなるのをこらえていた。


 安心して顔を上げると。





 奴がいた。

 目を輝かせて。


「探したよハワードぉぉぉ! イリヤが君に合いたいって居場所を教えてくれたよ。ウシャシャ! ウシ!」


 狂人は魔法を放ち、私に向かって炎の塊が飛んできた。


「くそ、イリヤの助言ってなんだ……」



 私は墜落して死んだ。




 今度は草原に隠れてやり過ごすことにした。しかし、必ず奴は現れた。イリヤの助言とやらで。

 どこに隠れようと運命の強制のように見つかり殺される。


 木に登ってみた。見事に木もろとも火葬にされた。


 池に潜ってみた。池の中で凍死した。


 何もしなくても殺される。


 許しを乞うても狂人相手では効果がなかった。



 可能性に賭け足掻き続け、狂気に染まりかけた私はイリヤを逆恨みしさえした。


「イリヤなどいない。あれはグールだ!!」


 私は狂気に犯されているに違いない。



 逃げては越えられない。武器こそすべてだ!

 殺してやる。殺す。殺す。殺す。



 闇夜に淫魔が微笑んでいた。

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