第06話 痴漢を許せないという私は……

 アベルを討伐した私は転移ゲートが現れたのを確認して呆けていた。そして時は流れ、エミリアの解放に向かうと路地裏に惨殺死体が残されていた。アベルが私を襲う前に凶行に出たのだろう。きっと、イリヤの導きとか言って。


 死体は体の特徴からエミリアのものに間違いなかった。


 火が消えた廃屋を探しまわると5人分の頭蓋骨を見つけることができた。私は急に振り出した雨の中、後悔の叫びをあげる。

 手元にエミリアを置いておくべきだった。


 死に戻りをの確認をしてみても転移ゲートの前で蘇生してしまう。やはり戻れない。もう戻れないのだ。次に進むしかない。


 後ろ髪を引かれる想いを振り切って私は新しいゾーンに移動した。

 もしかしたらNPC(ノンプレイヤーキャラクター)の例にもれず、ゲート先のどこかでエミリアが現れるのではないか。そんな淡い期待を抱くことで、どうにかこの地を後にした。




『竜に守られし乙女アンジェリカはあらゆる望みを叶える』




「なんだ、今のメッセージは?」


 思いだした。アンジェリカはゲームにおける最終到達点のひとつであり、プレーヤーの望みを叶えるという話だった。都市伝説とされていたが、ここでは事情が違う。試してみる価値はある。


 私は元の世界に時間跳躍タイムリープしたいのだ。

 ここに縛り付けられるよりましだ。そうだ、目標はアンジェリカに合うことにした。可能性に賭けるしかない。

 こんな世界を創れる神なのだ。不可能はないはず。


 興奮から覚めて辺りを確認すると、転移は無事に行われたようで、目の前にはグリシンの冒険者ギルドが見えていた。私はここが始まりの広場であることを理解した。

 VRMMO世界の実質的な開始点であり、チュートリアル終了後のベースポイントでもある。


 場所は景色から確かめられたものの、いくら記憶を探ろうと最初のイベントが何だったか思い出せない。私は諦めて人のいる方にゆっくり歩きだす。


 私の経験したサーバー以外の話になるが、勇者であることが知れ渡ると、ストーカー対象になったり粘着されて引退したプレーヤもいたらしい。この世界で同様のことが起きるなら隠し通すしかない。幸いなことに外見からは判別できないし、ギルドも誰が勇者か公表しなかったはずだ。


 まずは、情報収集が肝心だ。ギルド前の広場には同じ境遇とみられる新人冒険者が溢れかえっている。まるで、オープンβテストのお祭り騒ぎに似ているが、ちっとも盛り上がっていない。

 望まぬままこの世界に流されたとすれば納得できる状況だ。


 私は情報収集に着手した。騒いでいる連中のところに行っては聞き耳を立て、会話の内容を頭に詰め込んでいく。

 広場後方の奥側で騒ぎが発生していた。私の興味はそちらに向かう。


「この塊はなんなの?」

「こいつは元いた世界の個人を特定できる個情報を叫んでいた……禁則事項に触れて垢バンになった」

「おい、冗談だろ!」

「いいえ、私も見ていたわ」


 垢バンとはネットスラングでアカウント剥奪のことだ。我々みたいに転生している者がいることを考慮すると、この世界におけるアカウント停止やアカウント剝奪は本来の死亡と同義と考えるしかない。

 不用意に垢バンになる行動など選んではならない。それにしても何故、個人情報保護などを忠実に再現するのか理解に苦しむ。


 観察した結果から個人情報を発言しようとすると警告され、無視して情報を吐露すると垢バンが執行される。そうなった者をその後も何度か目撃した。肉塊と化したそれはあまりにもグロすぎる。


 いずれも、禁止事項、警告を無視して執行された。いわゆる垢バン祭りだ。

 こいつらは自殺願望に取りつかれているのか……。


 騒ぎが収まったあとは先ほどのアンジェリカの話題と教会で加護を受けるべきと親切に言って回っているものがいた。そうだ、加護は重要だ。ハズレでなければいいのだが。


 ゲームの加護とは創造神からのギフトで、常時発動する効能のことを言う。種類としては能力増加系と経験値の補正やドロップの質に影響を与える二系統があり、効果の強さは名称だけではわからない。通常であれば加護は人ひとりに対して一つに限られるが、勇者である私は二個になるはずだ。早めに確認しておきたい。


 広場には人が少なくなっていて、私はすでに取り残されていた。辺りを見回すと少女とそれを取り囲む男たちが見える。

 普段の私であったなら、見て見ぬふりをしてこの場を立ち去ったことだろう。だが、少女の横顔が娘に似ていた。そう見えてしまったのだ。


 私は少女を見つめている。どこか娘に似ているのだ。小顔で面貌は整い、艶あるプラチナブロンドの髪は肩より長く、海のように深い碧眼、体形は西洋人のモデルのようである。娘との共通点は一切ない。


 気になって観察をしても、どこかが似ていると明言できない。それなのに他人とは思えないのだ。


 その表情を失った顔をみていると、首を吊る寸前の娘の顔がフラッシュバックする……。

 もう、放置しておけなくなっていた。



 少女は死んでいるのかと心配するほど無気力に動かない。取り囲んでいる男のひとりが、少女の貫頭衣を無理やり剝がしとり放り投げた。少女はされるがままで一切抵抗しない。


 下着姿にされ男の手が胸を弄んだとき、私はダッシュして男の首をはねていた。

 考えるよりも行動が先だった。


 激情が沸き上がり、許せなかった。

 理由などない!


 首は転がり死体は装備を残して消え去る。どこかで蘇生したはずだ。

 私は少女に服をかけて、動揺した同族の男たちを睨む。


「やりたいならかかってこい! 武器の切れ味を見ただろう。お前たちなどぼろ切れ同然だ!」


 ユニーク武器の特徴である微かに青白く輝く武器を男たちに向ける。魔素の揺らめきは美しい。


 男たちは実力の差、いや武器の差を理解したようで引き下がる。

 辺りにいた人達に軽蔑の目を向けられ、奴らがその圧に屈したことも逃げ出した理由だろう。


 女性が少女に服を着せて立ち去っていく。私はこの少女をどうするか迷っていた。遅かれ早かれ、パーティーを前提とした難易度になる。それに従うならこの子を入れても問題はない。

 確かにそれは正しい考え方なのだが、この無気力な少女はどう見ても足手まといにしかならない。


 切り捨てるのが正解だ。


 でも、私にはできなかった。

 娘に似ている。ただそれだけの理由から。


 躊躇しながら手を取って教会に向かうことにした。少女は私の顔を見たまま視線を外さない。気まずい。私は照れ隠しに乱れた髪をなおしてやると、少女は堰を切ったように泣き出した。何が理由だったかわからない。


 少女は私に縋りついて泣く。泣き続けている。


 私は優しく抱きしめた。

 少女の温かさが私に伝わる。この子は生きている。





 目的地の施設は特に特徴のない白壁の建物で、鐘塔が手前側に在るので教会とわかるくらいだ。教会はすでに冒険者たちで賑わっていて、私たちも長い列を並んでいる。特に争いもなく淡々と進んでいるのは、元日本人らしいと笑ってしまう。


 少女は質問しても何も答えてくれず下を向いたままだ。ただ、私と繋いでいる手は離さない。この子なりに私を逃がさないように力の限り握っている。


「肩の力を抜け、お前の面倒を見るから安心しなさい。置き去りになどしない」


 見上げて私を見たかと思うと、また下を向く。少し手が緩んで握りかたが優しくなったように思う。

 前に並ぶ人より離れていたので距離を詰めながら螺旋階段を上がっていく。


 明り取りの窓から小さな町の外に広がる草原が見えていた。

 少女は私に小さな声で尋ねた。


「わたしも外に出られるの?」

「そうだ。目指すべきところは草原の先にある。お前も来るか?」

「連れて行ってくれるなら……」

「お前が望むなら」


 少女は少しだけ顔の表情を緩めて、また下を向いてしまった。この感じでは、心の檻から出る日はまだ遠そうだ。


 私は考える。最終的にはゾーンを越えてアンジェリカに合うことが目的になり、この少女もゾーン越えできるくらいには成長させなければならない。才能があればパーティーを組んでもいいが、この覇気のなさでは難しいかもしれない。

 今から悲観するな。最悪のケースでも、保護者の代わりをすることはできるはずだ。行動した後で考えるべきだ。


 やがて私たちは儀式の間と呼ばれる円形の部屋に入り、青く燃える門を通過した。シンプルで儀式的なことは何もないが、これで加護がもらえるのだ。

 少女はの加護をもらった。かなりレアな加護で聖女ビルドと呼ばれる構成では必須となっていて、この加護を持つものは少ない。


 私は予想通り加護を二種類もらえ、ひとつは、もうひとつはだった。ゲーム内で聞いたことも見たこともない加護だ。ただハズレではない気がする。効果などわからないが。


 まあいい。


 それでは、さっさと冒険者デビューするとしよう。



 私は少女の手を取り塔の階段を下りていく。少女は躓きそうになっては私の腕を掴んで恥ずかしそうにする。少し手を強くつなぎ直すと微かに笑ったように見えた。気のせいかもしれない。


 見晴らし台まで下りたとき、少女は草原の先を見ていた。私は誘われるように足元に視線を落とした。人が多く騒ぎを起こすものもいる。今頃になって教会に人が集まりだしたのだ。


 一瞬であるが赤い人影が見えた。


 それは見たことのある女だった。白い帽子に赤いチュニック、太腿が見えるほど露出過剰な女。一瞬であるが目が合ったように思う。


「エミリアなのか……」


 赤い衣装の女は人ごみに紛れて見えなくなった。そして、私のつぶやきは風に運ばれていく。

 少女が不思議そうに私を見つめている。


「なんでもない。行こうか」


 少女は勢い良く頷いた。

 


 私はギルドの方向に顔を向け目を細める。

 過去を悔やみ立ち止まっている場合じゃない。前に進むしかないのだ。





∽∽ あとがきのようなもの ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ∽ ∽


 お読みいただき感謝しております。


 突然ですが、ネタばれ注意です!

 嫌な方はスクロールして飛ばしてください。







 エミリアに関してはヒロイン枠です。容姿の描写の繊細さから物語への影響度は高く、想像されるであろう展開になります。単純な死亡ではありません。


 引き続き拝読いただけると幸いです。



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