第07話 わたしが聖女?

 私は少女の手を引きながらギルドに向かっている。ギルドには大きく分けると二種類あり、冒険者ギルドと職業ギルドがある。


 冒険者ギルドはゲーム等でお馴染みの討伐依頼や採取や収集依頼を取り仕切っていて、広場に設置された掲示板から受注するシステムだった。この世界の受注方法は気にはなるが、ギルドに行けばわかるだろう。


 一方の職業ギルドはスキルツリーと密接に関係する。スキルツリーは通常であれば二種類を選択でき、加護との相性やプレイスタイルに応じてベースとなるスキルを選ぶことになる。

 ベーススキルは武器や魔法などで構成され、剣術や魔術などの系統から選び、ゲームの概念では職と同じ扱いだ。そのベースとなるスキルを始点として木構造に枝葉が増え、適切なスキルを選んでいく流れになる。例えば剣であればツリー上にある強打やスラッシュなどのスキルを選ぶ。


 スキルは奥深く、攻略対象により変更するスタイルがエンドコンテンツでは当たり前だった。

 ドラゴン討伐を目指するなら避けては通れないだろう。


 考え事をしていると先ほどの広場に着いてしまい、少女が不安そうに私を見つめていた。


「おまえはどうする。冒険者になるのか?」

「必要なの?」

「私と一緒に旅や冒険をしたいなら登録したほうがいい」

「裏切られたり、見捨てられるのはもう嫌なの。お願い、着いていっていい?」

「あぁ、さあ入ろうか」


 少女は珍しく饒舌だった。またすぐ俯いていたが。



 冒険者ギルドに入ると四方から視線を浴びる。室内の照明はまばらで薄暗く、円形部屋の壁沿いに複数の受付カウンターが設置されていた。まるで、ひな壇みたいな構造に圧迫感を覚える。

 カウンターの受付嬢たちは我々を見て一斉に微笑んだ。その感情のこもらない笑顔に私は動揺してしまう。セクハラした過去から、水商売の女を連想してしまい、いたたまれないのだ。


 私は勇気を振り絞って受付嬢たちの顔を流し見た。別にお近づきになりたい女を選別しているわけではない。妙な圧を感じて話しかけにくいのだ。

 少し迷ったすえに優しげな雰囲気の受付嬢のところに向かう。

 少女は私の後ろに隠れている。


 尻込みしたわりに手続きは円滑に終わり、少女と私はパーティーを組むことにした。理由はいざというときに魔法効果を共有できるからだ。この時初めて少女の名がセリナであることを知る。

 私と同じく選ばなかったのだろう、デフォルト名にあった気がする。


 ゲームに限りなく近い世界という事実から推測すると、可能なかぎり早めにパーティーを組むべきだ。とりあえず、セリナがどこまで戦闘に関われるか確認してから追加メンバーを考えることにした。


 勇者は前半に限ればソロ攻略が可能で、パーティーを組むメリットはない。

 ただ、ソロで無双できるのは序盤だけで、インスタンスダンジョンに入れないのがネックになる。それに、高難度ダンジョン、エピックモンスター、対人戦等の最終コンテンツはパーティー単位で挑まなければ攻略できない。

 そのような理由からメンバーは早めに加えなければならない。それに、早い段階でレベルアップの補助をしないとパーティーとしての戦力が落ちる。最低限、蘇生の関係でヒーラーはいるだろう。


 ギルドで必要な手続きを終え、我々はクエスト対象のいる草原に向かっている。

 気がつけば手をつなぐことに慣れてしまい、順応するのが早すぎると我ながら呆れている。


「あの、草原に行って何するの?」

「モンスターを倒して経験値を得るんだ」

「わたしには無理だと思うよ……」

「私から離れなければ経験値が得られる。それだけ気をつければいい」


 セリナは頷いて下を向いた。


 職業スキルを獲得するには代償として経験値が必要になる。まずはモンスター退治で経験値を貯めて、職業ギルドに赴いて入門クエストを完了させる流れだ。

 クエストは事前に受ける必要はなく、経験値と交換に職業スキルを開放することができる。そんな理由から狩りを済ませた後で職業ギルドに行くのだ。面倒であるが早めに済ませておくことにした。



 経験値獲得のため、草原を住みかとする魔獣を討伐するクエストを進めている。草原は風が強く、服の生地が薄いこともあり肌寒い。セリナを見ると髪を押さえて私に笑いかけた。


 現在の経験値は支給されたギルド手帳から確認できるが、原理はわからない。


 セリナは私を追従するだけで、何もしてないが経験値は共有されるから問題はない。下手に死なれると町まで戻らなければならず、余計なことをしないから好都合だった。


 敵は小型の魔獣で犬やイノシシのような物が多く、たまにゴブリンがうろついていた。

 どれも私の敵ではなく、ただの経験値だ。


 クエスト対象の魔獣を倒しながら拾った装備を確認している。ここでドロップした装備は自分自身が装備することはないが、ユニークは確保したい。

 ここでドロップした物はセリナ優先として、残りは将来のパーティーメンバーのために厳選してバックパックに保管する。

 ゲームでもそうだが装備の鑑定と選別は楽しいものだ。


 不要な装備は商店で売るかオークションに出すことになるが、現時点では金の流通量が少なくオークションでは儲けが出ない。

 早い話、現状に限れば金に困らない。



 黙々と狩を続けているとセリナが遅れはじめる。切りがいいので休憩を取ることにした。きっと疲れたのだろう。


 事前に買っておいた簡易食を取り出して、日向で食事することにした。セリナは躊躇なく私の隣に座り、手渡した紙の箱を開けてじっと見つめている。

 少し前向きに生きることを選んだのかもしれない。


「魔獣は攻撃しない限り、襲ってこない。ゴブリンは私が処理するから任せてくれ」

「これ食べていいの?」

「ドロップしたものを拾ったり、持ってもらってるから、働いた対価と思えばいい」

「ありがとう。後ろにいて拾うだけだけど……頑張ってみる」


 セリナは体を動かしたことで、血行が良くなったのか顔色の悪さが改善している。

 死人のような顔から少しだけ表情が戻っていた。


「気にしなくていい。一人より仲間がいたほうがいいだろ」

「わたしも仲間なの?」

「もちろん。さあ、食事にしよう」


 セリナは腹が減っていたようで、あっという間に完食する。もう少し買っておけばよかった。私はなんとなく娘を思い出す……。


 草原は心地よい風が吹き抜けて、陽だまりにいることもあり快適といえる。昼寝でもすればさぞかし気持ちいいだろう。

 そんなことを考えてしまったが、気持ちを入れかえる。


 私はセリナに必要事項を話すことにした。


「セリナ、この世界は限りなくゲームに近い。だから、戦いを強いることになるだろう。今すぐ決める必要はないが、何か目標を定めたほうが生きやすい。そして、最初に決めなければならないことがある。それは何の職に就くかだ」

「わたしを置いていかないでもらえるなら、雑用でも何でもするから!」


 セリナは身を乗り出して私の手首をつかみ訴える。何でそんなに置き去りにされることを恐れるのか。

 どうやらトラウマを抱えているようだ。


「セリナは仲間だ、雑用などしなくていい」

「何が手伝えるかわからないよ……。あ、料理ならできるかも」

「料理もいいが加護からすると聖女が向いている。守りの要で、死なないことを最優先にする職だ」


 セリナは急に目をキラキラ輝かせて寄ってくる。


「聖女ってアニメとかの?」

「アニメ以外でもあるが、聖職者に分類される」

「わたしでもなれるかな!」

「私の言うとおりにスキルを取れば問題ないさ」


 何かスイッチが入ったようだ。よくわからないが。


「わたしが聖女……」


 この単純さは誰かに似ていると思ったが、誰だったのか思い出せない。

 セリナはというと与えたワンドを握って私の後を行進している。


 衣装が欲しいと言っていたな……。



 草原のクエストのあとは放牧地で害獣の駆除依頼をこなす。セリナには採集クエストを覚えさせた。単純作業は向いているようだ。

 ときどき転んだり、木の実で服を汚したり、思ったよりもドジなところはあるが、少し笑うようになる。


 そして、分担してクエストをこなせるようになった。


 レベルが上がったことでスキル選択が可能となり、職業スキルを指定するときに消費する経験値も問題ない。

 夕食にはまだ早いので職業ギルドに向かうことにした。



 グリシンの町はこじんまりしているが、必要な機能はすべて揃っている。ただ、大きな町に比べるとギルドも含め出張所のような感じで落ち着かない。

 職業ギルドも露店市のようにギルドマスターが陣取って、偶に持ち場を離れてフラフラしている者もいた。衣装を見れば誰が何のギルドマスターかわかるが、初心者には厳しいだろう。


 私はすばやくスキルツリー毎のギルドマスターと話してクエストを受けた。同時にセリナのビルドに必要なスキルツリーも開放することにした。


 セリナはクエストを受けた後で恥ずかしそうに話し始める。


「ねえ、わたしって頭が悪いから迷惑かけると思うの。怒らないでね……」

「い、いや、ゆっくり覚えればいいから……」

「ありがとう。昔よく責められてたから」


 私は過去に妻を責めたことがある。要領を得ないと怒鳴ったとき、妻が返した言葉を思い出していた。

 つまらないことで責めたものだ。



 私は無意識にセリナの頭を優しくなでていた。

 セリナは心地よさそうに目を細める。

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