第08話 青いコボルト
スキル開放クエストはすべて受けた。セリナにゲーム知識がないから、私のスキルツリーが四系統あることに気づかなかった。どこまで隠せるかは分からないが。
私は盾、剣、聖、魔とクエストを受け、セリナには聖、魔を受けさせた。
受けたクエストは俗に転職クエストと呼ばれ、職業ギルドマスターの弟子になると考えればわかりやすいだろう。ノービスから転職するという考え方だ。
転職クエストを受けて課題をこなせば弟子入りが許され、職に就くことができる。ただ、面倒なことにスキルツリーの開放は、弟子入りした後で受注可能になるスキル開放クエストを達成しなければならない。二度手間であるが、多くのMMORPGで採用されていた手順でもある。
職業ギルドから出て今夜の宿泊先を決めていない事実に気づく。慌てて宿屋に行ってみたが、個室を二人で泊まれば受け入れ可能だった。トラウマを抱えるセリナと相部屋は流石に気が引けた。
セリナだけ泊めようとしたのだが、強硬に断るので野営するしかなくなる。
おそらく、私が居なくなると思ったのかもしれない。
セリナは女性司祭のような出で立ちで、陽光で煌めく銀髪を結い上げ、レースのほどこされたアルバにストラ、チャジブルを羽織っている。
立ち姿は美しく、清楚な聖女に見えなくもない。
「今夜は野営になるし、明日はそのままクエストを消化する。宿で寝なくてほんとにいいのか?」
「いなくならないよね。もう一人になるのは嫌なの」
「わ、わかったからしがみ付くな。離さないし守ると誓うから」
「絶対だよ!」
困った。情緒不安定にならないように気を付けるしかない。
私は優しく抱きしめて安心させる。周りの連中は興味深そうに見ているがそれどころではない。
きっと、周りの連中は私が少女を騙しているように見えるのだろう。
ほっとけと言いたい。
夕食は食堂のようなところに入り、イベントは何も起きず淡々と食事して終わりだった。
セリナは妙にご機嫌だった。
食堂が好きなのだろうか。私は首を傾げる。
嗜好の謎は深まったが、気にせず屋台で朝食を買って野営場所の湖まで移動した。
薄暗くなる前に湖畔の廃村を目指したかったのだ。
廃村というより、その残骸といった風情。秋風が心に郷愁を送り込む。
……だが、ここは廃村だ!
廃棄された村の中に入ってしまうとモンスターが出るため、畑であったであろう慣れの果てを野営地とした。大木の下に厚手の布のような物を敷いて、キルトの簡易寝具を掛けて寝ることにした。
セリナは怖いのか……くっ付いて離れない。仕方ないので二人で掛け布団のようなものを共有した。
夜になると月が出て闇夜でなくてほっとする。
セリナが震えているので、かなり迷ったが幼かった娘にしたように背中をそっと叩きながら寝かしつけた。
何か寝言を言っていたがよく聞き取れない。
私は辺りを警戒しながら寝ずの番をすることになる。チュートリアルを終えてから、私の五感は超人的に鋭くなったようで、モンスターの気配を捕らえた。
かなり遠方にいるようで、結局モンスターはこちらに来なかった。
長かった夜も終わりを告げ、東の空が明るくなってくる。
とりあえず、湖で顔を洗おうと慎重に立ち上がったつもりが、セリナが私の外套を掴んで離さない。
「起こしてしまったか?」
「どこいくの?」
「顔を洗うのと朝飯の準備だよ」
「わたしもいく!」
「よし、一緒に行こう。よく眠れたのか?」
笑って答えないが、寄ってきて手を繋がされてしまった。
気にせず湖に向かうと、湖面を羽虫が飛んでいた。微かに湖から霧が立ち昇っている。朝はすがすがしい。
こうやって生活していると異世界そのものでゲームとは思えない。
「この世界って、神様が創ったのかな?」
「セリナはなんでそう思うんだ」
「みんなが言うようなゲームの世界とは思えない。ほら、そこに虫がいるし」
指差した先には水生昆虫が群れていた。たしかに、無駄に生態系を再現している。再現というよりこちらがオリジナルなのではと疑う出来だ。
「神が創った箱庭。何のためにこんな世界を創造したのだろう」
「わしたちのためじゃないの」
「そうかもしれない。さて、顔を洗って食事にするぞ」
「はい」
かなり自然に話せるようになってきている。だが、昨日のようなことがあると思うと油断はできない。
細心の注意が必要だ。
私はさっさと顔を洗ってセリナを待っている。
セリナは落ち着きなく水中に指を突っ込んでいて、見ていて微笑ましい。本来は明るい性格で好奇心が旺盛なのだろう
討伐する魔獣はアナグマを大きしたような姿をしている。断じて可愛いわけではない。魔獣は手ごたえがなく、気づけば必要数を超過して討伐していた。
それにしても適正レベルにしては敵が弱すぎる。
セリナは後ろに隠れていて、どうやら凶暴な獣は苦手のようだ。
「なんだか、顔が怖いね」
「まあ、可愛げがないから罪悪感なく殺せる。好都合じゃないか」
「可愛いモフモフっていないのかな?」
「魔獣の系統は望み薄だな」
ひと段落したので、セリナのギルド手帳を確認するとクエスト表示は完了に変わっていた。ギルド手帳は冒険ギルドと職業ギルドで共通となっている。便利な仕様になっているが、ライセンスとして機能するギルドバッジとは別物だ。
クエストを完了した我々は一度町に戻り、職業ギルドを訪れてクエストを完了させた。そして、その場でスキル開放クエストを受注する。
これで、基本スキルに加え専門スキルが使えるようになった。基本スキルは誰でも持っているが、それに対して専門スキルは特殊でスキルツリーと呼ぶことが多い。
スキルツリーには多様なスキルが並んでいるが、解放条件やレベル制限等でロックされているスキルがある。
スキルの選択はスキルツリーにある全てのスキルを覚えられるわけでなく、経験値の範囲内で取捨選択することになる。
スキルの選び方と組み合わせでビルドが決まるのだ。
そのスキルツリーを解放するにはスキル開放クエストの達成が必須条件になる。
さて、クエスト攻略に行くことにするか。
「セリナいくぞ。何を見てる?」
「そこにスキル説明の紙があるから。もらってみようかと……」
「弟子入りしているから、もらっても問題ない」
「うん、あとで読んでみる」
セリナは紙切れを丁寧に折りたたみ懐にしまった。興味を持つことは良いことだ。ただ、まだ超えないといけない試練は残っている。
そういえば、セリナはチュートリアルをどうやってクリアしたのだろう。
「セリナはチュートリアルをどうやって抜けたんだ?」
「何もせずにずっと座ってたら。急に場所が変わって広場にいたの」
「ほんとうなのか?」
「何もしてないよ。死のうかと考えてたくらいだし」
私は絶句した。死にたいと思っていたこともそうだが、チュートリアルが勝手に終わった事実に驚きを隠せない。
今までやってきた私の努力はなんだったのだろう。
「そうえいば、誰かが解放した恩恵で……どうとかと言ってたような」
「そうなのか」
私の開放が効いたのか、何かほかに条件があったのか確認のしようがない。
行動したことは無駄じゃなかったと思うことにした。
モヤモヤするが。
町を出てしばらく歩くとスキル開放クエストの対象地域である円形古墳に到着した。生暖かい風が吹き、怪しい気配を感じる。
円形古墳は丸い丘にしか見えないが、まばらに木が生えていてコボルトが群れていた。こいつらはリンクすして面倒だが、トリガーとなるモンスターを倒さない限り墓所に立ち入れない。
面倒なギミックで嫌われていたのを思い出す。まあ、パーティー単位の判定なので、グループ狩りすれば何の問題もない。
私はトリガーモンスターの出現を待ちながら、ひたすらコボルト無双をしている。
コボルトは犬型のモンスターで鼻が利くからリンクしやすい。
「セリナはそこにいろよ。来るとやられるぞ!」
「うん、見てる」
私はドロップを拾ってはセリナに向かって投げ、整理してもらっている。暇を見て鑑定するつもりだ。鑑定は初期スキルの一つでユニーク武器でもレジェンドクラスでなければ鑑定結果が得られる。
一時間くらいは狩りをしているが、トリガーとなる青いコボルトは現れない。
それにしても他の冒険者は何をしているのだろう。クラス開放クエストのこの場所に一向に来ない。
「ねえ、丘の上に青いのがいるよ!」
「よくやった! セリナ」
「うん」
私は駆けあがって青いコボルトの首を一撃で切り落とした。トリガーモンスターのドロップ武器はユニークだった。
思わず興奮してしまう。
さて、墓所への入口が開いているはずだ。
「セリナ、墓所に入るぞ!」
丘を下りると扉が開かれ、墓所の内部に続く通路が見えていた。
入り口に淫魔がいたような気がする。
何度も現れるが何かの暗示なのだろうか。
実害がないからいいが。
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