第20話 シャイセンの町
最初のインスタンスダンジョン【ゴブリンロードの洞窟】の攻略を終えたこともあり、我々は次のゾーンであるシャイセンの町に移動した。このゾーンは海と森に囲まれた北欧を思わせる場所だった。
湿度は低く心地よい風が吹き抜けていく。すでに気持ちはバカンス。
振り向くとお上りさん一行がいる。
セリナは定位置、オリエッタはシャツを引っ張る。そして、驚いたことにパチモンは予想に反し迷子にならず、迷子のヨナグニサンは普通にゲートを越えられた。
普通ならNPCはゾーン越えできないはずなのだが……。
ゲームの話になるが、私はNPCから盗みができるゲームバグを試してみたくなり、ガードに追われたことがある。
ゲートに逃げ込めば勝ちだった。NPCはゾーンを越えられない。
思い出し笑いしてしまう。
ゲーマーは限界に挑戦するものだ。
まあ、NPCでも例外は存在するかもしれない。
ヨナグニサンは無表情で購入先不明の串焼きを三個口に放り込んでいた。
一度に食うな……。
それに串はどこに消えた。
気にしてはいけない。
恒例ともいえるが、新しい街を訪れて最初にすることは決まっている。
冒険者ギルドと職業ギルドに顔を出すことだ。他の冒険者はいないので貸し切りになる。まずは受けられるクエストを冒険者ギルドで受注して、このゾーンのインスタンスダンジョンについて確認、シーズンクエストであるメインクエストについて質問した。
ここまでは問題なかった。
それなのにだ。餌とあらば一直線のオリエッタが気づけば犬逃走。
こいつのフォローアップが必要になったのだ。
「逃走して話をまったく聞いてなかったオリエッタ、おまえのためだけに簡単に説明するぞ」
「うん。聞いてあげる」
どうして高圧的な物言いなのに煽情的な表情をする。
「……まあ気を取り直して。メインクエストはこの先の岬にある教会がスタート地点だ。受注可能なクエストはすべて受けた」
「インスタンスダンジョンは?」
「大森林フォローハーズの中にある。俗称ながらトレントの森と呼ばれていた。木の巨人がボスだな」
「燃えやすそうね」
何でも燃やしそうで怖いぞこの女。ヨナグニサンはパチモンと戯れて説明を聞いていない。
セリナは私の隣に密着して座っている。
いつの間にか可愛いコバンザメになっていた。馴れは恐ろしいものだ。
セリナが私を見上げながら、質問する。
「ねえ、最初はなにから?」
「クエストを消化しながら海岸でレベリングとアイテム集めを兼ねて狩りをする」
「そのあとで教会ね」
「そうだ、セリナと私は教会でスキルに関連したサブクエストが発生する」
「えーっ、ハワード! あたしにはイベント無いの?」
不満そうにしているオリエッタ。
教会は聖魔法や聖スキルと密接につながり、職ギルドマスターが駐在している。聖を取らなければ行く必要はない。
他の職ギルドマスターはシャイセンのギルド会館内に駐在している。だから、そこを始点としてクエストを進めなければならない。
ほとんどの職は町中で受注可能であるが、稀に別な場所に存在することもある。
「安心しろ。魔法とローグ関連は町中にある。並行してクエストを進めるから問題ない」
「良かったよ。一緒で❤」
「ハワードとやら。我はこの町の特産品を所望するぞ!!」
「……あとで観光するからその時だ」
観光気分の迷子ちゃんは押しが強い。オリエッタもヨナグニサンと仲良く並んで、特産品とつぶやきながら、眼をキラキラ輝かせている。
視線を感じて目を彷徨わせるとセリナが上目遣いで私を見ていた。
「セリナは何か見たいものとかあるのか?」
「お洋服とわたしも裁縫習いたい」
「服は町に店があるし、アバター装備はデイリークエストだな。毎日受ける予定だから、この後で見ておこう」
「はい、ありがとう」
「裁縫スキルは魔法ギルドで確認する。どちらにしても行くことになる」
これで、不満に思うやつはいないはずだ、と思っていたらパチモンと目が合う。こいつと意思疎通は不可能だ。
「悪いがオリエッタ、パチモンが何か言いたそうなんだが」
「ええっと、甘いものが食べたいって。クズの癖に贅沢言ってるよ」
「一応、お前の従魔だから労ってやれないのか?」
「ハワードのことは好きだけど、それは受け入れられない」
なんだか微妙な言い回しをする。
好きと言われて舞い上がるほど私は
セリナがオリエッタを応援するように拳を握って見つめている。
これまた謎だ。
教会以外のクエストは、町中にいた職ギルドマスターからクエストを受注した。ついでにデイリークエストも確認する。
すべて済ませた後で、町を見学してまわり、特産品という名のジャンクフードを買い食いした。
その後で食材などの必需品を揃えて出発に備える。
我々は次の目的地である海を目指すことにした。
地図を見て海方向に進むと岬に出てしまう。
海岸は眼下に広がり寄せる波は強い、断崖は切り立っていて降りる道が見つからない。遥か先までリアス式海岸のような絶壁になっている。
岬から反対側に進めば森が広がり、海岸に降りられそうな斜面が存在していた。
「教会は海岸沿いの集落にある。森を突っ切って海岸に向かう」
「はい」
セリナは手を握ってくる。オリエッタは私の服を後ろから握り、その後をヨーナが影のように従う。
パチモンは少し離れて落ち着きがない。
挙動不審なパチモンの動作が気になるが、警戒しながら先を急ぐ。森に入ると死臭が漂っていたのだ。
その森は人の立ち入った形跡もない古代の神域を連想させた。ただ、死骸はないのに動物の腐敗臭が漂っている。
無意識に淫魔を探すが、奴はいなかった。
私の五感が強敵の存在を捕らえる。
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