第35話 蜂

 敵陣営との遭遇で知れたことは、敵側の相当数が転職していて対人チュートリアルを受けていること。そして、ゲームと同様にチュートリアルでは双方の攻撃が無効である。どちらかといえばデメリットの方が多い印象だ。


 まず、自陣営で転職している者は限りなくゼロに近い、そしてこのゾーンに到達していない時点で陣営としては劣勢だ。

 陣営への貢献、何らかの援助が必要になるだろう。

 これは避けられない事実。


 対人戦闘を避けられない理由はエンドコンテンツに設定されているだけでない。

 それは対人戦の戦利品として有用なものに、戦闘や生産へのと呼ばれる常時発動する強化効果が存在することだ。非常に強力なバフ。

 同じ陣営であれば誰でも享受できる。


 逆に陣営が劣勢になるとペナルティとしてデバフ効果と呼ばれる制限状態になる。ただ、戦闘では逆に強化バフが乗るため優位に立てる。

 戦闘しないものにメリットはないが。



 我々はクエストに従い、会話すべきNPCの待つであろう目的地に向かっていた。

 今のところ特に問題なく事は進んでいる。オリエッタがおとなしいと驚くほどクエストの進行は早い。逆に言うとオリエッタが足を引っ張っているのだ。


「ねえ、オリエッタ。おなか痛いの? おとなしいね」

「セリナぁぁ! 拾い食いしてないから大丈夫! 元気だよ!!」

「……」

「オリエッタ! 頼むから落ちているものを食べるな!」


 まあ、オリエッタを諭したところで改心しないので放置に徹する。

 とりあえず、クエストに関してはひと安心といったところだ。


 敵を避けながら敵陣営の中立地帯に辿りつき、無事潜入に成功する。

 諜報活動を仕切るとされる連絡員は待っていたかのように我々を見つけ出した。スカウトとかローグ職の人間として設定されているようだ。

 クエストはお使いみたいに簡単に終わる。


 そして、極秘情報の書簡という紙切れを渡され、指令官に報告すればクエストはお終いだ。ただ、到着地点で敵NPCに襲われる流れだったはず。

 知っている時点で難易度は低いが、初見さんには厳しいだろう。



 先ほどの川に差し掛かったところ、蜂が空を舞っている。

 多数のクイーンビーだ。サイズは人よりもでかい。


 数が多すぎるしアクティブだ。そもそも、こんなところにいないモンスターだ。

 嫌な予感がする。


「私が引っ張りまわして様子を見る。オリエッタはそこの低木を燃やしてくれ」


 私は河原まで出て、最大数のクイーンビーをウェブで拘束してショックウエーブの魔法で爆散させた。新魔法はそれにとどまらず、覚えたてのチェインライトニングをキャストする。


 雷撃が敵に飛び、稲妻が四方に分岐して複数の敵にヒットした。

 思ったよりも効果が低いが、麻痺効果があり敵は落下する。


 川に落ちた敵をライトニングボルトで感電させる。

 連続麻痺で行動を封じた。


 敵が多すぎるので、オリエッタに補助させる。


「オリエッタ! 私が釣った敵に範囲魔法を使って攻撃の補助を頼む。覚えたてのエクスプロージョンでいいぞ!」

「うん、燃やしちゃうよ。パチモンは?」

「今回は様子見だ」


 敵は攻撃するとリンクすることが判明した。俺の後ろは黒い霧のようなものがつきまとっている。それは、クイーンビーの群れだった。


 立ち止まってはウェブで爆散して、合間にチェインライトニングで感電させる。

 そして、燃えさかる低木をジャンプして越え、敵に引火させた。


 翅が焼ける臭いで吐きそうになる。

 何を食ったらこんな臭いがするのか、知りたくもないが腹が立ってきた。


 時々、オリエッタのエクスプロージョンが炸裂すると敵は火だるまになり落下して死ぬ。私は低木を燃やしながら、クイーンビーを引き連れ退治していく。

 はっきり言って辛くなってきた。


「そろそろ私の出番かな?」

「そういえば、エミリアは何してた」

「この敵を呼び出したものに、お引き取り願ったの。もう消し炭よ!」


 何か仕留めたのだろう。この敵は異常だ。

 おそらく、このゾーンの適正レベルの者では太刀打ちできない。


「また、魔神とやらの干渉か?」

「いい勘してるわね。さて、私も燃やすね。 インフェルノ!」


 舞いながら蜂を落とす姿は魔女のようだった。


「魔女って。もうちょっと可愛らしい表現が好みよ! 減点ね」

「やりにくいな……。女神のような尊さ!」

「棒読みだけど許してあげるわ。愛しいひと!!」


 火力がさらに上がっていた。

 インフェルノを唱える女は髪を押さえながら、舞い踊るように魔法をキャストする。もはや芸術の域で新体操でも見ているような感動を覚える。


「見とれてくれるのは嬉しいけど。手も動かしましょうね。あなた❤」

「からかうな!」


 仕方なく戦闘に加わった。

 辺りは蜂の死体で埋まっている。悪臭もひどく早く退散したい。


「ねえ、女の人が倒れているよ」


 セリナの声で我に返る。

 指差す先にはどこかで見たことのある女性が横たわっている。


「エミリアの悪戯なのか?」

「違うわ。あれはコンパニオンね」


 コンパニオンはゲームのサポート要員で初心者への対応を任されていたはずだ。

 我々も初心者といえるが。


 だが、なぜコンパニオンが倒れている。

 無敵なはずだ。


 セリナが介抱を始めた。

 オリエッタは食事に夢中で回りを見ていない。

 パチモンは妙に大人しくしている。


「エミリア、コンパニオンは無敵で攻撃無効だったはず。何故倒れている」

「私の担当ではないからわからないわ。たぶん魔神の干渉かな」


 原因不明で気にはなるが司令官のところに連れて帰ることにした。

 嫌な予感がする。


 それにしても、コンパニオン女の容姿はヨーナと寸分も違わない。

 エミリアを見ると口を隠して上品に笑った。

 

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