第12話 聖なる灯火
日が暮れて墓地に到着した。そこは崩壊寸前で手入れはされておらず、遠目でも不浄の地であることが推測できる。
中に侵入する前に軽く食事をとり、簡単に役割分担と攻撃方法を説明した。今回は経験値とドロップを獲得することが目的で、墓地の道沿いに一本だけ残った街灯の下を狩場にする。
布陣は完全固定の定点狩りとして、パチモンを囮役に範囲魔法と聖魔法で敵を浄化する作戦だ。
気になることはアンデッドが居るとパチモンが淡く輝きだすのだ。見ていて不安になる。こいつは生物として問題ないのだろうか。
まあ、聖獣と考えれば理解できなくもない。そうに違いない。
私は自身に暗示をかける。
我々は墓地に突入して、点でバラバラに街灯の下に陣取る。
迷子のオリエッタを引っ張ってくると、あれほど明るかった月が雲で隠れて暗闇になってしまう。
それなのに……。月よりも明るく、眩い光を放出するパチモン。
聖なる灯火?
パチモンめがけ、想い人に手を差しだすようにグールやゾンビが迫ってくる。
セリナがファイヤー・フィールドとブレスを唱えた。
私は近づいてくるアンデッドを順番にヒールして攻撃する。アンデッドに対して回復魔法は強力な攻撃魔法だ。
ヒールを受けたアンデッドは体中から泡を吹き出し、体は泡立ち弾けていた。泡はやがて燐光となり、名残惜しそうに消えてゆく。
それは、この世に未練する者への安息、魂の浄化だった。
ヒール一発につき一体のアンデッドを浄化できる。セリナもヒールで浄化を手伝ってくれた。投げやりなオリエッタとは対照的だ、
パチモンはただ空を仰いで優しげな表情をしている。
顔は福笑いだが。
セリナに服を着せられたオリエッタは馬鹿の一つ覚えでファイヤー・ショックを見境なく打ち続ける。
驚いたことに、魔法を被弾した敵は弾けながら燃えさかっていた。
まるで花火大会のようだ。
私はヒールしながらドロップを回収してはセリナに投げて鑑定してもらう。セリナはパチモンにしがみついていて、私が武器を投げると嬉しそうに拾いに来る。何が楽しいのかわからない。
一方のオリエッタは怪しいポーズと掛け声で静かな墓所を汚していた。
興味のない三流コメディを見ている気分だ。
墓地におけるアイテム集めは効率がよく、ユニーク武器や防具が得やすい場所として知られていた。さらに好都合なことに夜になると敵が強くなり、経験値やアイテムの質も上がるのだ。
呑気に考えていると最初にセリナが眠ってしまい。それを追うようにオリエッタが舟をこぎだす。まったくもって緊張感のない連中だ。
戦闘はというとパチモンがアンデッドを引き付け、私がウェブで縛り上げヒールして倒している。まとめて倒せて魔力の消費も抑えられた。
余裕で狩りを維持できるようになり、レベリング狩は安定軌道に到達した。
パワーレベリングとアイテムファームの出来上がりである。
まあ、力任せのレベリングは問題も多いが、今回は妥協することにした。
ここの狩場は養殖場みたいなものでアイテムファームと呼ばれるように、アイテム集めに最適化された手法だ。レアアイテムを狙うなら別な方法になるが、序盤は間違いではない。
武器を回収しながら、アンデッドまみれのパチモンをウェブに絡めてヒールする。パチモンはヒールが好きなのか嬉しそうにゲロを吐く。表情は読みにくいが、幸福に浸っているに間違いない。その証拠に嘔吐回数は多くなる。
「パチモン! お前のゲロは何なんだ? 聖遺物とか聖水なのか?」
「グェーッ!」
「……」
聞いたのが間違いだった。こいつは何も考えていない。
暗黒なのにパチモン光で辺りは
ルーティンでモンスターを倒しているとオリエッタが眼をこすって起き上がる。
「なーんだ、まだやってたんだ」
「お前な……労いの言葉とかはないのか?」
「言って欲しいの。あたしみたいな女でも」
「相手がどうこうじゃないだろう。他人に温かい言葉をかけられると男は嬉しいものだ。単純だからな」
「ふーん」
何を思ったのかわからないが、急に神妙な顔をしてパチモンを見た。
そして、いつもより遠慮気味にパチモンを蹴る。
「あたしはこの子と同じで出来損ない。だから嫌われて、虐げられて、苛められる」
いきなりどうした?
「苛めか?」
「両親はあたしに逆境でも立ち向かえって。無理なものは無理!」
過去の私じゃないか。耳が痛い。
仕事に疲れて適当に返事したり、求められてないのに説教したり、私も娘にしていたことだ。
でも、死なれるくらいなら……。
「私なら生きてさえいてくれたら、それだけでいいと思うけどな。無責任にも誰が立ち向かえといえるのか、逃げてもいい、無理なものは無理でいい」
会話が止まる。
オリエッタは泣いていた。声をあげないように、嗚咽を漏らさないように。
聖獣は輝いていた。今まで以上に。
当然モンスターまみれになっているが……。
私はオリエッタを見ないように寄ってきたアンデッドを聖魔法で一網打尽にする。
親子関係や苛めの話は難しいものだ。
「ハワード! 何で虐められるの……あたしは。逃げたいよ」
「嫌なことを忘れて逃げればいい、その負の気持ちを吐き出すのもいいだろう。楽しめること、快感と思えるもの、何でもいいからやってみるといい。私にはこれくらいしか言えない。悪い親だったからな」
私にとっての逃げ場所は酒とゲームだった。いい年して可笑しいだろう。でも、それで死なずにやってきたのだ。
いつかこの話をオリエッタにしてやろう。聞きたくないかもしれないが。
皆の心境に呼応してパチモンが一段と輝き、荒れ地の月になる。
私は無心に狩を続けた。
オリエッタはいつのまにか泣き疲れて寝てしまった。
セリナはかなり前から目を覚ましていたが寝たふりを続けている。無意識に頭をなでると、セリナは起き上がって抱き着いてきた。寂しかったのだろう、私は抱きしめて暗黒の空を見上げる。
「いつか、わたしの話も聞いてほしい。今はまだ無理」
「あぁ、話せるようになればいつでも聞くよ」
「ありがとう」
なんだか、トラウマパーティーのようだ。私も似たようなもので困ってしまう。
セリナを寝かしつけてアンデッドまみれのパチモンの掃除をしてドロップを回収している。
足元に目の覚めるような赤いオーブが転がっていた。
ユニーク、魔力倍増と詠唱短縮だった。効果から考えてヒーラーに渡すべきだな。
私はオーブを懐にしまう。
朝日が昇る前に二人を起こして墓所を後にした。
レベルは予想よりも上っていて驚いてしまう。それ以上にユニークのドロップは武器が12本に防具が7個、オーブも4個で、そのうちユニーク1個という考えられない成果だった。
全員がインスタンスダンジョン導入クエストを受けられるレベルに達していて、早朝のうちに冒険者ギルドでクエストを受注することにした。
早朝のギルドでは女性の受付嬢は全員不在で男性の受付がいた。誰でもよかったので一番年配の職員に対応してもらう。
インスタンスダンジョンの導入クエストは余裕で受けられ、別のクエストも何個か同時に受注した。
インスタンスダンジョンの攻略情報についてギルド職員に確認したところ、今のところ他に導入クエストを受けた者はいないと知って驚くことになる。それどころかスキルツリーを解放するクエストさえもうまく進められてないようだ。
他のパーティーやクランが足踏みしていることは都合がいい。あえて協力する必要もないだろう。
それと、例のネームド討伐でもめた奴らはギルドから何度も警告されるような要注意クランらしい。ならず者の集団で徒党を組んで悪事を働くため、ギルドも手を焼いているようだ。まあ、真面目にレベリングしていない時点で取り残されて淘汰されるのは目に見えている。
だが、現時点で数は脅威だ。注意しすぎて困ることはない。
疲れがたまっていたので寄り道もせず宿屋に戻り、その日は攻略を休みにする。
昼過ぎに二人が揃って私の部屋に来たので、ドロップの分配とスキルの選択について説明した。特にオリエッタにはレンジャー系統の弓から、ローグか魔法系統を取るように勧める。
何を迷っているのかわからないが、オリエッタが質問を投げかけてきた。
「ハワード。あたしは何のスキルを選べばいいの? 面倒だから任せる」
「おい、自分のことだぞ。真面目に考えろ!」
「うーん、どうでもいいけど……そうね、鞭が使えるのは?」
「ローグ系の二次職のバードだな。すぐに使えないぞ」
「なんだ、でもローグって候補なんでしょ?」
正直に言えばどうするか迷っていた。
オリエッタは魔法の才能はあるが攻撃や防御の幅が狭い。それを克服するには違う系統を選ぶことが望ましい。
だからといって、ローグ系が向いているかは未知数だ。
弓みたいなことになると経験値が無駄になる。
まあ、死ぬ確率が低くなるからローグは無駄にならないだろう。再取得するときにボーナスが付くからやらせてみるか。
「そうだな、試しにやってみて向かないなら他にしよう」
「向かない前提で話されるのは嫌だけど。決めたわ! あたしはローグを突き抜けてバードになる!!」
なんだか、セリナを見ているような気分になった。職に憧れるのは悪いことじゃない。だが、少し心配でもある。
夢と現実は違うのだ。
「セリナは聖魔法優先で行こうか。細かいスキルの取り方はあとで教えるから」
「もっといっぱい魔法を覚えられるの?」
「まあ、当分の間は補助魔法しか覚えられないが、そのうち攻撃型の聖魔法や強化系のスキルも覚えられる」
「先が見えない」
それはそうだろう。
先が見えなくても今はインスタンスダンジョンの攻略が目標だ。
「不安はわかるが、近いうちにインスタンスダンジョンの導入クエストを開始する」
正直に言うと私はインスタンスダンジョンが楽しみで眠れそうもない。
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