第30話 リンデール&グライル

 海岸からの撤退、それは地獄だった。仮死状態の二人にポーションを飲ませ、教会まで担いで蘇生させたのだ。帰り道、ヨーナに正体について問い詰めてみたがはぐらかされた。おそらく、ヨーナに質問しても意味ある回答をしないだろう。今知っている情報だけでも通常のNPCではない。


 少なくとも魔神と敵対する勢力に属していることは確かだ。

 それにしても強すぎる。


 リッチの女王を討伐したときの経験値は、ヨーナのドレイン攻撃でレベルが落ちた筈なのに私のレベルは10以上もアップした。経験値にしてもスキルの全てを取得しても余るくらいだ。

 それに、金貨が空から降るという奇跡。現状、金には不自由してない。


 金の使い道として、一戸建てのユーザーハウスを買うことになる。持ち金で砦クラスの物件も買えるが、セリナの意見を採用して庭付きの一軒家にした。

 小さいのかと思っていると別荘のような大きさで戸惑ってしまう。


「金はあるから内装工事は任せるし、インテリアは自由に買っていい。二人で決めてくれ」

「いいの?」


 私が頷くとセリナとオリエッタは手を取りあって喜んでいる。

 任せて間違いはないだろう。


「二人にハウス関連のことを優先してもらう。私は他のクランに潜り込んで調査することにする」

「あたし達は行かなくていいの?」

「ああ、ファミリーになってるから急用があれば連絡できるだろ?」


 セリナはちょっと不安そうな顔をして手を握ってきた。当然、頭を撫でることは忘れない。

 紳士の嗜みである。


「わたし信じてるから、お土産お願い」

「ハワード! それ重要!」

「わかった。二人には何か買って帰る」


 オリエッタが少し不満そうな顔をして話し始める。


「ねえ、ハワード! ヨーナはどうしてあの姿になったのよ?」

「ほ、本人に聞いてくれ」

「ヨーナに聞いたらハワードの好みだって言ってたよ。本当なの?」

「あぁ……」


 何を思ったのかヨーナの現在の姿はエミリアと寸分違わない容姿になっていた。胸は一回りデカくなり服の露出は少し高いが。

 ヨーナ本人曰く、容姿は自由自在とのこと。お好みのままよ、とエミリア風にすり寄ってきた。そこまで再現するのかと驚いたものだ……。


「あたしもこの路線でヨーナに打ち勝つから覚悟して! ハワード♡」

「なんか、怖いな。しかし、なぜヒトデ∔トップレス+ブルマみたいになったのか」

「ふふっ……好みよ」


 私は家具も内装もない新居と以前より過激衣装になったオリエッタを見つめてため息をつく。ブルマのようなものは自作したのだろうか。

 しかし、オリエッタの下半身を見て、私が太腿フェチであることを知った。

 まあ、手を出さなければ犯罪ではない。


 食事が終わり寝袋を取り出し放り投げる。

 潜入から戻ったら住みやすくなっていればいいのだが。


 その夜は淫魔も悪夢も見ることなく眠れた。





 潜入は一人で行くつもりで準備していると、ヨーナ・エミリアがついて来ると言い張り、行動を共にすることになる。単に追い払えなかっただけだ。


 ヨーナは完全にエミリアの会話パターンで話している。そして、エミリアと呼べと煩い。


「エミリア……、なんでお前も一緒に潜入するんだ?」

「わかり切ったこと言わないで。愛よ!愛!」

「本当に他人に認識されないのか?」

「もちろんよ! 熱烈に愛し合っても見えないわよ」


 思わず絶句した。

 なんとなく、本当にエミリアが言いそうだ。それにしても見えないとは……どうなっているのか。確かに他人からは見えてないことは確認済みだ。

 ヤバいのは、うっかり喋りかけて他人から独り言の残念人みたいに見られることだ。


 今もヨーナ・エミリアは密着してきて私を挑発している。揶揄からかってるだけだと思うが指を絡めてくるので無意識に受け入れてしまう。

 しかし、私がエミリアに後ろめたさを感じ、少しの情愛を持っていることがばれていてやりにくい。

 最悪だ。


 適当に相手しながら冒険者ギルドに行くとポーターの募集が複数あった。ポーターとは冒険者を目指して挫折したか、加護に恵まれなかったものが就くことの多い職業だ。私は挫折したポーター冒険者と偽り、荷物持ちポーターとして働く。


 大手クランの遅すぎるクエスト進捗について、真実を知るために潜入するのだ。

 大層な理由をつけたが、興味本位である。



 クランは最大手の”リンデール&グライル”に潜入することにした決めた。クランリーダーは自称、カリドール嬢だ。依頼の文面からして怪しそうな女である。たぶん、この直感に間違いはないと思う。


 私の理性が引き止めようとしたが、無視して突撃してしまう。クランハウスは掘っ立て小屋のような建物で、我家よりも相当お粗末である。


 入り口付近にたむろしていたクランメンバーに、ギルドのポーター斡旋で訪れたことを伝えるとすんなり通される。

 待つこと数分、カリドール嬢が現れた。


「待たせたな。クソムシ!」


 こいつ初対面から野太い声でクソムシといったぞ。どこが妖精だ。きっとイギリス式の怪しいフェアリーみたいなやつだ。

 絶対に間違ってない。


「ギルドの斡旋でお手伝いに参りました。ハワードです。よろしくお願いします」

「ふむ。ポーターなのか。そうだ! すぐ辞めるとペナルティーとるからな! このクズ!!」

「はい……」


 こいつが原因でやめるだけだろ。一度鏡を見てみろ妖精とやら。

 横から優メガネが現れる。


「悪いねぇ。リーダーは口が悪いけど。ツンデレさんだから許してね。キミ」

「はぁ……よろしくお願いします」 


 デレる姿が想像できない。衣装からしてガチのボンデージクイーン。武器はウィップ。黒髪ミディアムに片目隠し、妖精因子はどこにある。


「なんだって! わたくしのどこがツンデレよ! キリル!!」


 キリルとやらの股間に鞭がクリティカルヒット……。


 男は鞭打たれて床で悶絶した後、むくっと起き上がる。

 恍惚とした表情の女に対し、眼鏡をなおしながら、ヘラヘラ笑う優男。


 もう、帰りたくなってきた。


 横で透明ヨーナ・エミリアが笑い転げている。

 笑い過ぎだ!

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