第27話 波打ち際

 シーズンクエストも含めてノーディン関連のクエストは終わり、デイリークエストは真面目に消化している。デイリークエスト報酬として手に入るものはアバター装備か便利アイテム、消耗品の類で個人倉庫を圧迫している。

 その解決策としてギルド倉庫を借りることにした。ただ、借りた本人しか倉庫からの取り出しできない仕様は面倒だった。


 貸倉庫の複数人数で使うにはクランかファミリーであれば共有が可能なので、メンバーに意見を聞くことにする。

 宿屋の前で話しはじめると、食堂に誘導されてしまう。


 といったわけで、大衆食堂で食事しながら話している。


「持ち物が増えて、みんなの個人倉庫やアイテムボックスがはアイテムで圧迫されていると思うので、解決策としてギルド管理の共通倉庫を借りたい」

「わたしは賛成」

「誰でも出し入れできるのかな? それと借りる条件はあるの?」

「誰でもとなればクランを作るか、ファミリー制度を利用する方法がある。どらも制約はある」

「ハワードはどっちがいいの?」

「クランは人数的に無理なので将来考えてもいい。ファミリーは名前のとおり家族みたいなものだな」

「もしかして結婚制度!」


 席を立って近寄ったかと思えば、またどさくさに紛れて抱き着いてきた。

 どうしてそうなる。

 この女、この行動、とにかく胡散臭い。


「早まるな。MMORPGによくある婚姻制度とは別だ。ファミリーは疑似家族、兄弟に近いか」

「な~んだ、結婚してくれるのかと思ったよ」

「おい、そんな付き合いじゃないだろ」

「形から入るのも愛を深めるには良いと思うけどなっ!」


 また、冗談が始まった。きっと秘密組織のハニートラップ要員をロールプレイしているに違いない。

 私は簡単に落とされないからな。


 おっと、いけない。


「……で、ファミリーのメリットは倉庫が大容量になり、ファミリーであれば自由に出し入れできる。あとはハウスを借りられ、経験値の優遇も大きい。一割は増えたはずだ」

「ハウスって憧れるわ。でも、わたしはデメリットが気になる」


 セリナは家の飾りつけとかインテリアに興味がありそうだ。オリエッタには食い気しかないように思う。既に話を聞いてないし。


「デメリットは家族契約の手数料が毎月必要になり、貴重品の管理が重要になるくらいかな。あとは誰でも家族登録しないこと」


 オリエッタは食事を口に含んだまま喋りだす。

 お前は小学生以下なのか。


「は、ハワード、ゲームのように個人領域ってないの」

「飲み込んでから喋れ! 大容量の貸倉庫が必要になり維持経費が厳しい。その額だすならハウスを借りたほうが自由度は高い」

「それなら、ハウスシステムで内装いじりする方がいいってことね」


 内装と聞いてセリナが身を乗り出して頷いている。

 女の子らしくていいぞ。


「そうだ。複数の金庫や収納具が設置でき共有もできる。大型ハウスであれば個人の部屋も持てる」

「うん、あたしはファミリーはウエルカムだよ!」

「わたしも」


 家は高価だから金策が必要になる。

 そういえば、ファミリーは申請するときに家名と識別用のミドルネームを登録していたな。ゲームと同じであれば。


「ファミリーに登録するとして、家名が必要なんだが。誰か希望はあるか?」

「我はハルシヴァ―ルが良いぞ!」


 他に何も意見が出ないが、いくら何でも登録できないだろう。そもそも、ヨーナをファミリーに加えられるかさえわからない。

 意見を出し合おうにも候補さえ挙がらず、家名はデフォルト名にすることになった。少しは考える努力をして欲しい。


 用事ついでにギルドまで登録に行くと職員に何か決めろと諭された。

 しかたなく、ハルシヴァ―ルにしてみると問題なく申請は通過した。いつでも、金さえ払えば変更可能なので当面はそのままにする。


 たしか、ゲームでは禁止家名だった気がするのだが……。


 家名は決まり、ミドルネームとなるのだが何も思いつかない。職員に相談してみると推奨名のあることを知り適当に選んだ。

 まあ、過去の勇者とか王族の名が候補なるようで気にしないことにする。

 何を選んだところで、ハワードの時点で終わっているのだ。





 荷物問題も解決したこともあり、シーズンクエストを次の段階に進めている。

 クエストで訪れたのは死者の砂浜、ヤバそうな名前の海岸だ。さっきまで晴れていたのに急に曇天になり、湿気を帯びた海風は冷たく、体を冷やしていく。


 浜には壊れた小舟や木材、海藻類が打ち寄せられている。なんだか気持ちの悪い場所だ。巨大な怪鳥が上空高く飛び味な声で鳴いている。


 視線を感じて見つめると、海藻の陰に淫魔がいた。

 仲間の様子を窺うが変化なし。

 誰にも見えないようだ。おそらく私は精神に異常をきたしているのだろう。


 見なかったことにしよう。



 沖には難破船が座礁していて、まるで幽霊船と言われても信じてしまう不気味さである。マストは折れていて、怪鳥とは別種の怪しい鳥がたむろしていた。

 いつも元気なオリエッタが震えながら私の腕に胸を挟みつけて……いや、縋り付いている。


「セリナは怖くないのか?」

「幽霊が出たところで守ってもらえると信じてる」

「そうか、でも手は繋ぐんだな」


 思いっきり極上の笑みを見せられて私は頭を撫でる。こうなると条件反射に違いない。可愛いものだ。


 風が強まり白波がたち霧が出てきた。お待ちかねのクエストの始まりのようだ。

 遠くから波の音に交じり船をこぐような音が聞こえだす。


「バフの準備を頼むよセリナ」

「はい」

「重要クエストだから、みんな用心するように」


 小舟が霧から無数に現れた。先頭の船には旗ひるがえる長槍を持つ女が立っている。女は槍を我々に向けて号令をかけた。

 スケルトンが船から飛び降りて海など関係なく走ってくる。

 アメンボのように海上をである。


「海には絶対に入るなよオリエッタ! 波打ち際で迎え撃つ……。えっ!」


 いうが早いか黒い影が私の横を掠め通った。

 そして、大きなものが海に落ちる音がする。説明しなくてもわかるだろう。


「ごめん足とられて転んじゃった……」

「オリエッタ! なにやってんだ!」


 私は慌てて波打ち際まで走り、そのまま躊躇せず腰まで海につかる。そして、藻掻いて暴れる物体、海藻まみれのオリエッタを抱えて波打ち際に戻る。

 運よく敵はまだ来ない。


「子供じゃないんだから敵に向かって考えなく走るな」

「ごめん反省してるよ」

「こら敵が来たから抱き締めるな」


 とりあえず、オリエッタを片腕で抱き、ウェブでスケルトンを地引網のように捕らえて剣戟で爆散させた。

 美女を片手に抱き、絵面はヒーローのように見えるはずだ。


 美女がオリエッタの時点で魅力半減だが、この際気にしない。

 また、スケルトンが来る。


 呆けているオリエッタを小突いて魔法を撃たせ、残りのスケルトンを始末してもらう。



 最悪の出だしだった。

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