第02話 導入クエストなのか?

 意識を取り戻すと私は道端に座り込んでいた。顔を上げると晴れた空が広がり、微かに甘い香りが漂ってくる。

 穏やかな日差しは冒険開始に相応しい演出。


 ここはゲーム世界なのか?


 目の前には寂れた山村が広がっていて、農作業する村人や子供たちが遊んでいる。村の奥にはサイロがあり、周囲には藁が山済みにされていた。名前を忘れたがユーザーキャラクターが最初に生れ落ちる村だ。


「おい、お前は転生した勇者パーティーの者だな。こっちに来い」

「はぁ? これは導入クエストか……」

「この世界の説明をするから注意して聞け!」


 有無を言わさず、兵士の格好をした男は説明を続けた。どう見てもNPCと呼ばれるプレーヤー外キャラクターとは思えない。

 兵士は愛想笑いを浮かべて油断なく私を品定めしている。


 私は身体と持ち物などを確認しはじめる。とりあえず、兵士は無視することにした。

 どう考えても転生させられたようだ。


 生き返った事実を受け入れたとき、流石に危機感が増してきた。


「くそ! 転生させられたのか」


 ゲームを忠実に再現して構築された世界は現実そのものだった。私は自分のものである胴体や手足を眺めて思う。これは若い男の身体だ。生前よりも筋肉質でバランスの良い体は軽く柔軟性も高そうだ。


 とりあえず兵士の話でも聞くか。


「えっと、悪かった。説明してくれ」

「ああ、わからないことがあれば途中でも聞いてくれ」


 妙に柔軟な対応に驚くが、情報を得ることが先決だ。


 私は兵士の話を確認しながら世界観を頭に叩き込む。脇目も振らずこの世界で生き抜く知恵を吸収していく。

 こんな抜け殻のような私でも、生に対する執着があったことに驚きを隠せない。


 兵士の横の土地から魔法のように案内掲示板が湧き出してきた。

 ゲームではモニター上にウインドウの開く仕様になっていたが、この世界では掲示板が合成されるようだ。注意して掲示板を見ると注意事項がずらずらと並んでいる。


「個人情報の公開は生存権の剥奪……たぶん生前の個人情報のことだな」


 兵士は私の独り言を聞き流してくれた。すでに挙動不審である。まあ気にすることはない。この手のゲームの場合、最初のクエストは個人チュートリアルの確率が高い。すなわち、他のプレーヤーのいない場所だ。


 他にも禁足事項はあるが禁止用語や規制項目は無意識には喋れないようにプロテクトがかかっていた。無理して実行しようとすると警告が出る仕様になっている。いまさら、生存権を失いたくはない。


 必要な情報はすべて得たので兵士に別れを言って距離を取る。観察していると兵士は待機小屋に消えて見えなくなった。

 試しに待機小屋に近づくと、先ほどの兵士が出てきて私に話しかける。


「なんだ、まだ俺に用があるのか、いいから言ってみろ」

「いえ、通りかかっただけです」

「わからないことがあったら遠慮せず訪ねて来い」

「有難うございます」


 実に柔軟な行動で私の生きていた時代のAIでは再現など不可能だ。生活パターンは生きた人間そのもので水筒からお茶を飲んでいる。お茶をこぼして拭いてるし……。下手にゲームと考えて行動すると足をすくわれそうだ。


 とりあえず、聞き逃したことは再度確認できることは確定した。

 この世界に疑心が膨らむばかりだ。



 兵士に言われたとおり伝言ゲームのようなクエストを順番に受けてステータスと装備選択を済ませる。

 私は前世の記憶から設定方法を知っていたのでイージーモードだった。この世界はゲーム神葬と箱庭のハルシヴァールとまったく同じ仕様である。


 私の今のステータスはINT、知力が他のステータスの半分しかない。わかりやすく言うと頭が悪いということだ……。

 まあ、大魔法の連射ができないだけで通常はそれほど問題にならない。気を付けなければならないことは、注意しないとガス欠になりやすいくらいだ。前世のゲームでは魔術師主体でプレイしていたので悲しいステータスである。


 装備を確認するとボロボロのロングソードでお決まりともいえる。防具は何もない。服は木綿のシャツとワークパンツ、初心者装備のようだ。


 装備関連は解放されているものと未開放があり、アイテムボックスはまだない。確か記憶では途中のクエストでもらえるはずだが、ドロップ品のほうが質や機能が良かったはず。まあ、序盤にもらえる装備なので、ぜひ取っておきたいところではある。



 クエストにしたがって畑の傍を歩いていると、草むらからモンスターが現れる。

 思いだした。最初に戦闘する場面だ。


 敵は半透明のスライム。

 体内には消化しかけの小動物や人の手のようなものが透けて見えている。


 変なところでリアルなのはやめて欲しい。

 それに……こいつ人食いだし。


 私は体当たりしてくるスライムを薙ぎ払い待ち受ける。スライムは何も考えず一直線に飛び跳ねてくる。

 タイミングを見て剣を振るが妙にスライムが硬い。


 回避しては攻撃を加えるがなかなか致命傷を負わせることができず、10回目の攻撃でどうにかスライムを倒せた。

 霧になって消え去り魔石が落ちるのも実に自然な感じで再現されている。

 確かゲームでは2回切りつけると死んだはずだが。

 私が弱いのか?


 死んだスライムの居た場所に近寄って地面を見回すが何も落ちていない。モンスターからのドロップ品はないようだ。

 その後も何度かスライムに襲われたがドロップはなかった。


 ドロップ確率は低く渋い設定のようだ。


 畑から集落に向かっていると草原に魔獣がたむろしている。とても懐かしいな。

 ゲームでは意味もなく魔獣狩りに励んだものだ。


 そうこうしていると村長宅に着いてしまい、クエスト対象のNPCである村長と会話することで一連の導入クエストは終わった。

 次は何だったか覚えていないが、何か重要なことを忘れてる気がする。

 まあ、今は気にしても仕方ない。




 いきなり眩暈がして目を瞑ってしまう。目を閉じているのに微かに何かが見える。これは眼精疲労なのだろうか。

 暗がりの中、オレンジ色の淡い円の片隅で淫魔がひらひらと踊っている。

 私は目を開け、首を振って追い払う。


 気になるが無視することにした。




 そういえば、私がゲーム版の神葬と箱庭のハルシヴァールを熱心に攻略していたのは数年前だ。神葬と箱庭のハルシヴァールは小説が原作としてあり、コミカライズ、アニメ化されたことは有名で、数年後に海外の有名ディレクターを呼んで開発されたVRMMORPGとして当時話題になっていた。


 私は脱サラしてからゲームで憂さ晴らしすることを覚え、窓際社員になってからは本業はゲームと言っていい状態になる。実際、会社を抜け出して向かったのはインターネットカフェやレンタルスペースで、仕事もせずゲームしてたのは黒歴史以外の何物でもない。


 小説とコミック版は読んでないが、アニメ版は娘が見ていたのであらすじ程度は覚えている。主人公が勇者パーティーから追放されたあとで覚醒し、元パーティーメンバーをざまぁする当時の流行りに乗った作品だった。娘がもう遅いと騒いでうるさかったのは良い思い出である……。


 ゲーム版のストーリーは小説と異なり、シナリオとプレーヤーキャラクターは小説とは別ものと言っていい。当然のことながら、私は一時期このゲームにのめり込んだ。


 思い出を振り払うように頬を叩き、私は先のゾーンに進むことにした。



 次のゾーンへ行くには村長から説明のあった転移ゲートを用い、クエストに従い移動する流れだ。ゲートはキラキラと七色の虹がオーロラのように揺らめいて、石畳に魔法文字の描かれた魔法陣がある。踏み込むと転移するのだろう。


 私は恐るおそるゲートを踏んで中心に体を持っていく。やがて体は発光をはじめ光の粒子となり消えていった。


 気がつくと次のゾーンに飛ばされていた。


 そこは、先ほどいた村よりも大きな町で施設も増えている。まだ、序盤のチュートリアルの最中だ。

 ぼんやりしていると転移ゲートから押し出された。ゲート内は長居できない仕様のようだ。


 次は何だったかと思案していると、どこかで会ったことのある女が広場の先から現れる。

 私は女の顔を見て思いだした。


 転移した場所は、プレーヤーの間ではチュートリアルの丘と呼ばれるゾーンだった。

 そして、この女はエミリア。


 女魔術師は白のウイザードハットを斜めにかぶり、布面積の少ない燃え上がるようなスカーレットのチュニックを着崩している。開いた胸元からは魅惑的な谷間がのぞき、腰の細さと相まってスタイルの良さを強調していた。

 背中の半ばまで伸びた金髪には白銀のハイライトが舞い、女は緩く束ねた髪先を無造作に後ろにまわす。黄金色に輝く瞳は謎めいて、虹彩には水晶が煌めいている。

 エミリアの瞳は私を捉えて離さない。


「どこに行ってたの? 探したんだから」


 吐息を感じるほど口元を近づけてきた。

 風になびく髪からは、ほのかに柑橘類の香りがする。

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