第37話 魔女サブリナ

 三人を背負って逃げ出したパチモンを見送り、私はタイガー・タイガーを木に縛りつけた。解かれる可能性が脳裏をよぎり、用心してスタンさせて敵前逃亡をはかる。多少の時間稼ぎにはなるだろう。


 足早にエミリアのもとに向かう。

 林は木がまばらに生い茂り、中途半端に藪とか低木が生えていて体にぶつかり走りにくい。

 鬱陶しいが、はやる心を押さえて障害物を飛び越えていく。


 突然視野が開ける。



 その、少し開けた場所に四名の男女がいた。

 丸眼鏡をかけたスレンダーな魔女衣装の女。二人の鎖でつながれた男がエミリアを拘束している。男達は足枷をつけられて奴隷のごとく傍らに立つ。


 エミリアは動かず意識がないようにみえる。無事でよかった……。

 死んでいたら拘束してないはずだ。


 眼鏡は一歩前に踏み出して、低い声でダルそうにぼやく。


「次々と変なの現れる。面倒くさ」


 魔女コスの女は眼鏡に手を添えて私の値踏みしている。

 この女から、いやなオーラが溢れ出ていた。


 エミリアを拘束しているということは、海岸のリッチ王女に等しい戦闘力と思っていた方がいい。

 というか、お前に言われたくない。

 面倒なのはこっちだ。


「なんだい? 用があるなら早く言って」


 別人のような甲高い声で、魔女は唾を飛ばして畳みかける。

 違和感しかないのだが。


「貴方は敵陣営で、なおかつ魔神の愛し子でしょうか? 魔女さん。そこの女を返してもらいたいのだが」

「私はね! 使の魔女、レディ・サブリナ様だよ。ひひひっ」


 女は声変わり前の少年のようにしゃべった。

 またしても、狂人とランデブーしたのだろうか。


「おまえ、私を狂人と思っただろう。えっち!」

「エッチと言われましても。貧相なサブリナさんに劣情は……」


 セリナよりも未成熟。

 私の対象外だ。

 切り捨て間違いなし!


 それにしても関わりたくないタイプ。

 どうも中途半端に思考が読めるのか面倒な敵だ。

 ひとりでぶつぶつ言ってるし。


「はい、わかりました。あとは任せてください。はい。了解でっす!」

「誰と交信してるのか。どう見てもひとりですが?」

「はい、日当たりがあれば。ミカンの種は噛めません。ふっふっ!」


 もう嫌になってきた。


「オマァーーーーァァァァ!」


 突如、金切り声で叫び出した。


「さて、少し狂気が薄まったわ。お仕事! お仕事!」

「再度お願いします。その女を返してもらえませんか?」


 背後からタイガー・タイガーが迫ってきている。

 厄介だ。


「奴隷一号と二号! 燃えるライオンを相手しろ! ウチはこのお兄ちゃんと遊ぶ」

「「あいよ!」」


 奴隷はタイガー・タイガー目指して走り出した。あいつ等ほんとうに奴隷なのか。

 筋肉の達磨ダルマのような男たちは駆け去っていく、エミリアを放置して。


 私は隙を見てエミリアをかっさらった。

 あとは逃げるだけ。


「逃がしませんよ。おにいちゃん」


 大げさに私を指差して、甘い声でねっちょり話しかけるサブリナ。

 多重人格なのだろうか。


「正解ですわ! 褒めてさしあげます 私の花薫る騎士たち出てきなさい。見目麗しき大公女サブリナを守るのよ。Est■iWwXxxY■EgNuoL■eIit■eUlb■」


 逃走方向の地面からスケルトンと死霊が湧き出してくる。

 花の萎れた騎士達だった。


「どこがレディだ! ネクロマンサーじゃないか」

「ちがうもん。リナのおもちゃだよ」

「……」


 スケルトンは戦士に騎士タイプ。背後にスペクター、リッチまでいる。

 バランスの良いパーティーだ。


 エミリアを背負っては逃げられない。


「Waiting for SPACE!」

「意味不明の英語はよしてくれ」


 魔女は天を仰いで腕輪の鈴を鳴らした。

 笑いながら、自分の唾が降りかかろうがお構いなしだ。


「雨よこい。私の蕾に春の訪れ。桜散る。冥宮いたる道。呪いに包まれよ。悪鬼、敗血鬼、血栓鬼、私の身体を貪りなさい! あっ、はっはっはぁぁぁあ! あっ!」


 女の身体を突き破り、無数の白くうごめく幼虫かさなぎのような生物が湧き出してくる。

 それは殻を破り、無数の蜂の頭が集合したかのような頭部、女の身体を持つ化け物が羽化した。そして、勝者を決めるべく共食いを始める。

 その辺りは血の海となった。

 血の臭いでむせ返る。


 地面に残ったものはローブの切れ端と何かよくわからない肉片と血痕。

 壊れた丸眼鏡が寂しく転がる。

 サブリナは死んだのか。いや、あれが真の姿なのだろう。

 宿主を貪っただけだ。


 嘔吐しそうになるが抑え込んだ。


 最後に残った勝者であるアブのような女は翅で宙に浮きあがる。

 寄生バチの女王とでもいうのだろうか。


 死者の軍団も堰を切ったかのように動き出す。これは一人では対処できない。


 死者をウェブで絡めて引き寄せて爆散、回避して距離をとりチェインライトニングをキャストする。スタンは無効であるが一瞬足止めできる。


 武器をメイスに持ち替えて波動撃を繰り出してノックバックさせる。

 敵は仰向けに転倒する。


 攻撃と退避を繰り返すヒットアンドアウエイの戦法をとり、敵の頭数を減らしていく。虻女は指示はしても直接攻撃はしてこない。


 あらかた倒すとまた次の死者が湧いてくる。

 魔力が持たない。


 マジックボックスからポーションを取り出して流し込む。

 特級ポーションだがしかたない。


 風は収まり、死の領域に紛れ込んだように静寂に包まれる。

 聴こえてくるのは昆虫の羽音のみ。

 虻女アブおんなのものだ。


 耳障りで気が散ってしょうがない。

 背負っているエミリアが身動みじろぎした。私は敵から距離をとり用心しながらエミリアを確認する。女は弱々しく微笑みささやいた。


「ハワード……名を問いかけなさい……」

「エミリア?」


 力を振り絞って言葉を伝え、気を失ったようだ。

 名とはなんだ。

 真名、氏名……わからない。


 とりあえず回避だ。敵は待ってくれない。


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