第33話 はじめてのヒトゴロシ

 我々は紛争地帯で対人戦闘のチュートリアルを進めている。とはいえ、実際に戦うのはノンプレイヤーキャラクター、NPCの敵兵で、本格的な対人戦は終盤のシナリオで解放される。いわゆるエンドコンテンツに相当するわけだ。


 今回のクエストは潜入している敵NPCの排除である。

 クエストは中立地帯と呼ばれる緩衝ゾーンが舞台となり、敵陣営の人間と戦うことはできない。敵陣営への直接戦闘はまだできないのだ。

 ただ、ゲームと同じであれば、MPK(モンスタープレーヤーキラー)と呼ばれるモンスターを使った嫌がらせはできる。モンスターのヘイトを他者に擦り付ける迷惑行為で、運が悪いと死ぬこともある。


 そして、駐屯地で指揮官を探しているところなのだが……。オリエッタが人目を盗んで放火している。ここは自軍だと説明しても燃やし続けていた。


「オリエッタ、次に放火したときは縛り上げるからな!」

「いますぐウエルカム!」


 クネクネしながら、投げキッスまでしていた変態をどうするか悩んでいると、裸の女集団が現れて、オリエッタを担ぎ上げた。騎馬戦の要領である。

 ストーンサークルにいるはずの痴女軍団だ。


「これ、罰として最高よ!」


 エミリアが太腿を叩いて笑っている。

 私の視線は太腿に釘付けだ。


 確かに縛ってもオリエッタにとって褒美にしかならないから、痴女まみれがいいのかもしれない。山車だしの飾りのように動けないらしく、かえって好都合だ。

 セリナは担がれたいのかオリエッタに熱視線を送っている。

 見なかったことにしよう。



 邪魔者オリエッタを封じると呆気ないほど簡単に指揮官が見つかる。

 指揮官は髭を生やした初老の男で、なぜか不機嫌そうだ。


 指揮官の説明で敵の出現場所を聞いて、即行動に移した。

 駐屯地はテントと広場、簡易的な物資置き場があり、人もそれなりに居て敵を探すのは難航するだろう。ゲーム知識から予想するなら、指揮官に報告した時点で敵NPCは生成か集合すると思う。

 おそらく、指定ゾーンに行けば怪しいやつらがいるはずだ。


 指定された物資置き場に着くと、いかにも怪しい影。

 私が始末してもいいが、二人にやらせた方が良いだろう。今後も人を殺す機会があるから、これは洗礼でもある。


「オリエッタは右側の背の高い男、セリナは右の短髪の女を倒してくれ。私は真ん中の戦士を受け持つ」

「ハワード! 私が殺すの?」

「パチモンをけしかけてローグのスキルで殺せばいい。魔法でもいいぞ」


 オリエッタは渋々とパチモンを蹴飛ばして指示を出した。敵はパチモンに向かっていく。私はすかさずウェブで戦士と女を引き剥がした。

 そして、戦士と女にタウントを入れて挑発する。


 敵は弱い。

 攻撃はされても、私にかすり傷さえ与えられないようだ。レベル差の問題だろう。

 私は継続的にタウントするだけで敵を放置した。

 二人が負ける要因はない。

 ただ、人が相手ということが問題になる。


 セリナは女の背面で杖をもって考え込んでいる。

 問題はオリエッタだ。


「それじゃあ、後ろから首を狙うのね……」

「あぁ、暗殺スキルは痛みがないはず、敵に情けは無用だ」


 オリエッタは奇声をあげて切りかかった。驚いた敵が振り返り、オリエッタの暗器は首ではなく顔面に直撃して止まる。

 抜いた拍子に返り血を浴びて、オリエッタは震えてうずくまる。


 ダメだ……。


 私はオリエッタを担ぎ上げて、暴れる敵を瞬殺した。

 オリエッタは顔面蒼白で、嘔吐しだす。


「エミリア悪いが他の敵の始末を」

「もう死んでるけど」

「えっ?」


 見るとセリナが血だらけになって、杖で敵を撲殺していた。

 女の無残な死体が転がり、傍で倒れている戦士を執拗に殴り続けている。


「クソ! 両極端すぎるだろ」

「セリナは放置でオリエッタが先ね。私はセリナを眠らせる!」

「助かる」


 オリエッタを背後から包むように抱き締めて、落ち着かせる。

 涙を流して、吐くものが無くなっても戻そうとしていた。こいつが子供並みのメンタルであることを忘れていた。


「ハワードこれをつかって。セリナは私が面倒みるから」

「悪いな……」

「いいのよ」


 エミリアに渡された毛布のようなものをオリエッタの肩にかけて上から抱き締める。余裕なくセクハラまがいの行動であるが、育ちすぎた娘と思うことにする。

 オリエッタは丸まって親指をかみだした。

 幼児退行なのか……。


 緊張が解けるとエミリアが湯を沸かして飲み物の準備をしていた。

 横では何事もなかったかのようにセリナが手伝っている。これもまた問題ではあるが、問題行動を起こさないので、様子見するしかない。


 毛布にくるまったオリエッタは眠っている。



 セリナを寝かせて、焚火の前で夜食を作っているとエミリアが横に密着してきた。手にはエールとジャーキーのようなものを持っている。


「さあ、少し飲みましょう。心に傷を負ったものは弱いわ、それは貴方も同じ」

「そうだな……」


 この女は俺達の過去を知っている。

 おそらく、この世界を創造したものに仕える巫女か何かかもしれない。アンジェリカ以外にも設定されていると開発者インタビューにあったことを思い出す。


「お前はアンジェリカと同じ巫女なのか?」

「否定はしないわ。肯定はできないけど。ただ、私がここにいるのは気まぐれ」

「なぜ、私なんだ」

「説明しないとわからないの?」

「いや、そうじゃない……」


 エミリアが何かの種を二つ地面にまいた。

 そこから影が生まれ、人の型を成していく。私の良く知る最愛の二人。


「貴方が望むなら、どちらの姿でもとれるけど……望んでないよね?」

ではなく、過去をやり直したい。それが私の望みだ」

「それで、解決すると思うのかしら」


 何も答えられなかった。

 時が戻ったとして、また別な間違いを繰り返す。それが私だ。

 今もエミリアが妻の姿になったなら、すべてを流しさり、無我夢中で受け入れてしまうだろう。それは、娘でも同じだ。何も変わっていない。


「わかっているなら、ここで足掻き、藻掻き苦しみなさい」

「厳しいな……。お前はいったい何者なんだ!」

「あなたを愛するもの。それでどうかしら?」


 今だからわかる。最初に現れたエミリアとこの女は同じ雰囲気を纏っている。

 ループを含めると異性として深くかかわったのは間違いなくエミリアだ。それも生死をかけて乗り越えようとしたのだ。


 もうわからない。

 考えることを諦め、酒を二人で浴びるほど飲んだ。


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