第32話 中立地帯
家に戻るとセリナが拭き掃除していて、オリエッタは床で寝ころんでいる。呼びかけても起きないので熟睡しているようだ。よだれが垂れてるぞ……。
夕食を先に食べるか迷っていると、エミリアがパチモンをオリエッタの上に押し倒した。パチモンの下敷きになったオリエッタは目を見開く。
「ううっ……死ぬかと思ったよ。このクズ!」
オリエッタはパチモンをどかして起き上がる。寝ぼけているのか、睨みながらパチモンを蹴飛ばした。いや、実際はオリエッタが吹き飛んだ。
最近はパチモンの粘り腰の技能が、それは見事に開花していた。
オリエッタは梱包材の箱に頭から突っ込んでいる。
もちろん、大開脚で下着を見せる出血大サービス付きだ。
こいつは無視に決定……。
「みなさん。ご飯だよ」
几帳面なセリナが小ぶりなテーブルに夕食を並べている。まだ注文した家具が届かないので借り物の家具だ。
テーブルの横では埃まみれのオリエッタがパチモンを折檻している。
「さて食うか。オリエッタそのくらいにして食べないか?」
「うん。おなかすいて死にそうだよ」
犬のように走ってきて、人を待たせていたにもかかわらず一番に食い始めた。
セリナはお母さんのように大皿の料理を人数分だけ小皿に取り分けている。いかにも日本人女性らしい心配りだ。
オリエッタを調教すべきか悩む瞬間である。
「調教しても改善しないと思うわよ。そうね……愛を注いであげたら変わるかも」
「エミリア、その紛らわしい言い回しはやめてくれ」
「だって、私への愛と違い、娘に対する愛情でしょ?」
内心をさらっと把握して、上品に首を傾げて見つめないで欲しい。
それに、女たちが俺の顔を窺っているのは何故だ。
私は意味の分かってなさそうな顔をしたオリエッタを見つめた。
確かに容姿はこんなだが、心はティーンエージャー、まったく恋愛対象ではない。だが、面倒なことは事実だ。
そうだ!
明日は敵対勢力であるカオス陣営に行くクエストを始めるとしよう。
こうして、面倒な女たちのことを先送りした。
翌日、我々はギルドに行って死者の砂浜のシーズンクエストを報告、連結クエストである敵地侵入を受けた。今回のクエストは名前のとおり初めて敵地に侵入するクエストで、対人戦闘のチュートリアルも兼ねている。
対人戦は二陣営に分かれて対戦することになる。陣営はローとカオスで西洋風な宗教観から考えられているようだ。よく知らないが。
通常、我々が生活しているのはロー陣営の管理地域で対人戦闘はできないし、カオス陣営は立ち入れない。お互いの拠点には侵入さえできない仕様だ。
例外は中立地帯と戦場になる。
中立地帯は戦場に面して両陣営双方に設置されていて、各陣営の転送ゲートは中立地点に連結されている。その先が紛争地帯である戦場だ。
そして、我々は戦闘エリアの中立地点を目指して、専用転移ゲートへ向かっている。当然徒歩の旅だ。
「そういえば、お前たちは陣営は選ばなかったのか?」
「あたしは適当に選んだよ。考えたけど面倒になったから」
「そうか……。で、セリナは?」
「コンビニみたいだからロー」
なんだかよくわからないが、愛想笑いでごまかすことにした。
選ばなくてもランダムで選ばれる仕様だ。
私は選んでない。気づけばローだった。
雑談に花を咲かせていると、前方に石碑のようなものが見えてきた。
ストーンサークルをイメージさせる石柱が数本立っていて、中央に石でできた魔法陣のようなものがある。そして、8人の女が膝をついて謎ビームを放出している。
8本のピンク色ビームは魔法陣に吸い込まれていた。
女はオリエッタ風の衣装を着ている。
どうみても悪意を感じるNPC(ノンプレイヤーキャラクター)。
「えっと、エミリア。あのNPCはどうして薄着……というかまる見え?」
「ご褒美、サービスよ!」
「なんの?」
少し顔を隠すようにうつむき、チラッと私を見て、お上品にほほ笑んだ。
笑ってごまかしたぞ、この女。
私はビーム痴女を見て回る。顔がオリエッタだった。
紺ブルマまで再現しなくてもいいだろうに。
「この子達、火葬にしたらダメかな? 悪意感じるから」
「たぶん死なないと思うぞ。この手のNPCは不死身だから」
オリエッタは忠告を無視してファイヤーストームを唱えた。新魔法は複数の敵……違うな。3名のビーム痴女に直撃した。
痴女は綿菓子のように溶けていく。
めちゃくちゃだ。
「だいじょうぶよ。心配しないでハワード。また生えてくるから」
「植物か頭髪みたいに言わないでくれ! エミリア」
エミリアの発言にツッコミをいれていると、背後から柔らかい感触。オリエッタが抱き着いてきた。気持ちいいクッションと思うことにする。
「ハワード、あれ気持ち悪いよ!」
「お前が燃やしたんじゃないか……」
溶けたものを見ていると、地面から痴女が発芽した。
二枚葉から花が咲き、痴女が現れ育つさまは悪夢、確かに植物のようだ。
痴女を意識から追いやり、どうやってゾーン入りするのか確認していると、案内の看板が地面から出てくる。お決まりのパターンだ。
読むとクイズ形式のクエストで難易度は低かった。
楽勝である。
難なくクイズを解いて、魔法陣の上に現れたゲートでゾーン越えをする。
いつものゲート越えと変わらない。
このクエストはインスタンスゾーンで実施される。内容は対人戦のチュートリアルというか、概要を説明する程度で敵陣営と直接戦うことはない。あくまでも、遭遇して敵陣営のNPCと戦闘するだけだ。
ゲームと同じ内容ならば。
全員が実体化するのを待ってゲートから出る。
メンバーは問題なく転送された。
ゲートから踏み出すと、そこは中立地帯で同陣営のNPCが寄ってきた。
ゆっくり観察する暇もなくクエストは開始される。
「君たちは補充隊員に相違ないな?」
「そうだ」
我々は補充隊員としてクエストを受けることになるようだ。
兵長の話を聞くと、この駐屯地でゲリラ活動を繰り広げる敵兵を探し出し排除することが依頼の概要だ。NPCの敵兵3名が潜伏しているらしい。
注意点としては中立地帯では敵陣営の人間を攻撃できない。ただ、戦場に侵入してしまうと攻撃可能になる。
今回は戦場に立ち入る内容ではないが、注意は必要だ。
兵長の話を聞き終わり、指揮官のもとに向かう。
退屈なお使いクエストだった。
中立地帯はなだらかな丘陵地帯で、丘や林が視界を遮りNPC敵兵の奇襲を受けやすい。敵は敵兵だけでなくモンスターも出現する。
モンスターは一般、エリート、ネームド、エピックと盛りだくさん。
そして、試練も発生する。
「オリエッタ! 仲間の兵を殺すとクエスト失敗だから燃やすなよ」
「なんでも燃やさないわよ。そうね、蠟燭のようにこの世を輝かせてあげる!」
「綺麗な言葉を並べても、それは火葬だ!」
その燃やす執念はどこから来るのか。
前世はストーカー放火魔だったに違いない。断言できる、絶対そうだ。
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