第22話 海岸の教会

 我々は神秘を通り越した不気味な森を抜けて海岸に到着した。

 手入れされない海岸は海藻やらゴミであふれ荒れ放題である。なかでも漂着した船の残骸が多いのが気になる。なぜ船なのだろう。


 風は強く、海から潮の香りと微かに腐敗臭がした。

 モンスターとか亡霊でも現れそうだ。


 歩きにくい砂浜を突っ切って草原に入ると遥か彼方に集落が見えだした。おそらく、あれが教会の村だろう。どちらかといえば、漁村というよりは町に近い中途半端な場所である。

 たしか村にある設備に問題はなかったはずだ。


 道沿いに歩いていくと人のいない詰め所があり、止められることもなく集落に入ることができた。村は出入り自由で襲撃に備えるような施設は皆無である。


 人はよそ者に無関心で我々に干渉や敵対するような者はいない。村では最低限の物資を揃えられ、衣食住には不都合もないため、当面はこの村を活動拠点にすることにした。


 村の規模に応じた店しかなく快適とはいいがたい環境だ。ただ、冒険に中継点と考えれば妥当な範囲である。私にとってクエストが受けられ、寝泊まりできれば不満などない。

 オリエッタだけは違う意見のようだが、我慢してもらう。

 

 我々は食材等の物資を補充して終わり、居酒屋と食堂の中間業態ような店で遅い昼食にした。


「ハワード、この後教会いくの?」

「休憩してから行くつもりだ。そのほうがいいだろ」

「うん。ちょっと観光もしたいから」

「そうだな、みんなで見て回るか」


 全員が頷く。

 まあ、気晴らしは必要だからな。


 問題は気分のリフレッシュとレベリングをどうするかだ。

 さっきのようなゲームにない展開やモンスターが存在するとなると、攻略方法の見直しは避けられない。先行きに不安を感じる。



 食事を終えた我々は観光を楽しみながら散策している。市が開かれていたので流し見しては、買い食いするなど呑気なものだった。

 露店で特産品という編み物があり、それは緩く編まれたセーターだった。私は躊躇せず購入してオリエッタとセリナにプレゼントした。

 目的はオリエッタのほぼトップレスを布で隠させるためだ。


 結論を言うと、より怪しくなっただけだった。

 セーターは暑苦しいからと裁縫スキルで腹巻に改変しやがったのだ。前よりも盛り上がった胸に目が行くようになる。


 目のやり場に困り、文句を言うと大切そうにアイテムボックスにしまった。

 元の状態に戻っただけである。


 疲れ果て、ヨーナを見るとおねだりされてしまう。


「我にもあの服を買っとくれ!」


 そういえば、こいつも女だった。

 仕方なく地味な茶色の物をあてがうと喜んでいた。表情に一切変化はないのだが。


 セリナとヨーナは普通にセーターを着ていて、アイルランドの子供みたいだ。

 パチモンに買うか迷ったが、サイズが合いそうになくやめておいた。



 休憩した後で教会に向かう。教会は小高い岬にポツンとあり、通りかかった農夫から灯台も兼ねていると聞かされる。立派な作りだ。

 教会は遠方から見ても小ざっぱりとした手入れの行き届いた建物である。


 見回してもゲームと比べてスケール間の違いに驚いてしまう。


 教会に来るまでの経過時間から移動距離が相当あり、地球よりも地表面積が広いのではと思ってしまう。もしかして、ここはスーパーアースなのだろうか。


 とぼとぼと道なりに歩いていると岬に出た。

 岬からの眺めは絶景で、海は穏やかな白波がたち近海を大型帆船が航行している。近くには小型の釣舟が浮かんでいて漁でもやっているようだ。異世界ということを忘れるほど美しく、穏やかな気持ちになる。


 この景観は、もはや箱庭とは呼べない。


 しばらく、岬の先の草原で座り込んでお茶をしてしまう。気がつけば小一時間ほど和んでいた。たまにはいいだろう、これはティータイムというやつだ。

 あまりの快適さに動きたくなくなるが、教会に移動することにした。



 教会は垣根があるだけの解放された施設で、入り口付近を二人のシスターが掃除していた。その奥には司教台の手入れをする神父がいる。我々はシスターに会釈して会話しようとしたところ、オリエッタがシスターに詰め寄る。


「おい、オリエッタ!」


 私は張り倒すポーズを取ったオリエッタの手を慌てて引いた。

 オリエッタはよろけてぶつかってきて、わざとらしく抱きついてきた。

 こいつは何を狙っているのだろう……謎な女だ。ハニートラップのようにも感じるが、その目的は名誉、それとも金なのだろうか?


「ハワードの愛を感じるわ。し・あ・わ・せ!」

「私はお前に何も放出してないぞ。磁性逆転してお前から離れたいくらいだ」

「反転などさせないからね!」


 それにしても、どうしてこうも初対面の者に攻撃的になるのだろう。

 心の病の気はするが。


 引き剥がそうにも、びくともしないオリエッタを抱きしめたまま、仕方なくシスターと会話する。相手の視線が痛い。

 NPCのはずなのに嫌々対応されたことに私は傷ついてしまう。


 まあ、行為だけ見れば教会で淫らな行為を励んでいるように見えるだろう。

 オリエッタを呪いたくなる一瞬である。



 聖職者ギルドのギルドマスターは奥にいた神父で、無事クエストを受けられた。

 取得しているスキルのレベルアップは経験値を対価として消費することでギルドマスターが執り行ってくれるようだ。それとは別に現在よりも上位スキルを得るには、取得制限のかかっていれば解放が必要になり、上位スキルの開放クエストを受けて達成しなければならない。

 少し面倒な手順である。


 聖魔法のケースでは、スキルツリーの二番目に当たるランクのスキルクラス開放クエストを受けた。

 他の職も同様に受注していて、この先の大きな町に移動して書簡を受け渡すことで開放になるイージークエストである。


 今回のクエストを完了すれば聖魔法のができるようになる。行動不能になった仲間を蘇生できるのだ。行動に無駄が無くなることは大きなメリットだろう。

 オリエッタだけ生き残ることは考えられず、セリナと私だけ蘇生を取得する。


 教会を出て宿泊先の廃屋に向かう。

 外は既に薄暗い。

 夜食は買っていて、女どもはおやつを買ってパーティーだと騒いでいる。

 私は気にせず帰路につく。


 もうすぐ日没だ。

 なぜだろう、夕日を浴びると元いた世界が恋しくなる。

 この世界は嫌いではない。


 それでも……。

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