第29話 

7月


今年も日本列島は記録的猛暑に襲われ、街を往来する人は皆暑そうに顔を歪ませている。

無論、私もそうだ。

―――私が支配者でなければな?


「見ろよ、魔王様が移動式クーラーを連れてるぜ?」

「良いよなぁ…俺もあんなのが欲しい」

「贅沢なシモベの使い方だよな?これも、魔王様だから出来ることなんだけどよ」


個人的な用事で、一応私服を着て外を出歩いてるんだが……この移動式クーラー――もとい、フブキギンジカという冷気を放つシモベを4匹連れて歩いているせいで、私が誰かバレバレだ。

フブキギンジカの冷気によって私は真夏の暑さに苛まれること無く、快適に過ごすことが出来るのだ。


「やっぱりお姉を呼んで正解だったよ〜」


この愚妹さえ居なければ…


「せっかくの休日で、妹の遊びに付き合わされる私の身にもなって欲しいわね」

「なんだかんだ言って、結局付いてきてくれたじゃん。どうせ暇なんでしょ?一緒に遊ぼうよ!」

「私の事を財布にしたいだけでしょ…」


魔王となり、その強権で色々な改革を行い、時には汚職に手を染める政治家を粛清してきた私に対し、この愚妹だけは一切態度を変えない。

両親や元同僚、元クラスメイト達も私を恐れ距離を置かれているというのに、この愚妹だけは今でも私の事を財布として見ている。

何なら、魔王になってもお金をくれると知ると否や、今まで以上に散財が酷くなった。


サラリーウーマン時代に貯めた貯金の半分を渡せば、一週間ですべて消費するし、働いては居るが貯金をする気が毛頭ない。

更には『魔王の妹』という立場を利用して、多方面から金をせびる。

私が魔王として日本を支配してからというもの、この愚妹は本当に生き生きしている。

会社でも『魔王の妹』として、かなり暴れているらしい。


「お姉があのお金を没収してなかったら、今日呼んだりしなかったんだけどなぁ〜?」

「賄賂のことかしら?あんなの取り上げて当然よ」

「む〜!」


少し前に、私に政治家の立場を追われることを危惧した政治家が、愚妹に金を積んでどうにかしてもらおうとす事件が起きた。

当然、そんな事を私が許すはずもなく。

処刑こそしなかったものの、ソイツを政界から追放し、愚妹が受け取った賄賂は没収した。

この事はメディアにて大々的に報じられ、海外でもニュースになったそうだ。


しかし、愚妹は『魔王の妹』という立場を利用して、好き放題していたせいで、世間的には『また魔王の妹が何かやらかした』と、呆れた反応しか見当たらなかった。

むしろ『これだけやらかして怒られて、魔王本人からもかなり絞られてるはずなのに、それでも魔王を利用して楽しようとするこの子は凄い人物なのかも知れない』と、ある意味見直されているまである。

もちろん、愚妹のやっていることは許される事ではないので、そろそろ厳しい制裁をすべきか悩んでいる。


「おっ?新作のキャラメルカフェラテ出てるじゃん!お姉、アレ買って」

「それくらい自分で買いなさい!」

「え〜?ケチ〜…」


愚妹は頬を膨らませて不満そうな顔をしながら財布を取り出した。

私が溜息をつくと、後ろから話し声が聞こえてきた。


「魔王相手にあんな事言える辺り、流石は魔王の妹だな。まあ、魔王が妹に甘いってのもあるんだろうけど」

「だよな。普通は法で裁くだろ?」

「何か、裁きたくない理由があるんじゃね?それか、純粋に妹が可愛くてやってないか」


……普通は法で裁く、か。

確かに、例え家族でも法を犯したのなら通報すべきだ。

ましてや、私は裁判所の決定を好きにできる。

この愚妹を死刑にする事も容易い。

では、なぜ私はこの愚妹を裁かないのか?


愚妹が可愛くて裁かない訳じゃない。

このバカを可愛いと思ったことはない。

ではなぜ裁かないのか?

……そう言えば、なぜ私はこの愚妹を裁かないんだ?

やろうと思えばいくらでも出来るのに…


「お姉〜!はい、これお姉の分」

「あ、ありがとう…」


そこまで考えが及んで居なかった?

この私が?

……いや、多忙過ぎて後回しにしていたんだ。

それを繰り返し続けたせいで、放置する事が当たり前になっていたのかもしれない。


それに、支配者になる前から私は愚妹の事を後回しにしていた。

金だけ渡して黙らせる。

いつか制裁を下すと考えていても、愚妹に構うよりも常に上を目指していた。

私にとって、妹とは何だったのか?

ある程度落ち着いてきた今、しっかりとこの子を裁くべきか?


「お姉?どうしたの?難しい顔して」

「アンタに対する罰をどうするか考えてたの。そろそろ、しっかりとした罰を与えるべきだと思ってね」

「なっ!?」


私がそう言うと、愚妹は顔を青くして後退る。


「……まあ、まだするとは決まってないわ。これ以上、『魔王の妹』って立場を使って人様に迷惑をかけるなら、然るべき罰を与えるけど」

「な、なーんだ…私は魔王の妹だぞーって偉そうにしなきゃ良いんでしょ?」

「そうね。でも、人様に迷惑をかけて訴えられても、私は刑を軽くしたりはしない。犯した罪はしっかりと償うことね」


そう言って、妹が持ってきた甘ーいカフェラテを飲む。


「ずいぶん甘いわね…こんなの飲んでたら太るわよ……」

「そういうものだよ?」

「なら、太らないように気を付けなさい」

「はーい」


……そう言えば、こうやって普通の姉妹みたいに話すのは久しぶりね。

社会人になってからは仕事仕事で会えなかったし、そうじゃなくても姉妹として会話することは少なかった。

生意気で馬鹿な愚妹だと思ってきたけれど…私も少しは考え方を変えるべきかしら?


「あっ!お姉!アレ買って!!」

「アレってなに―――却下」

「えぇー!?」


愚妹が指差したのは、某有名ブランドの高級車。

前言撤回ね。

愚妹は愚妹だったわ。


「自分でコツコツお金を貯めて買いなさい」

「そんなのいつになるか分かんないよ〜」

「普通はそうやって買うものなのよ。大体、あんなの買ってどうするのよ?」

「同僚に自慢する」

「絶対買わないわ」


考え方を改める必要はない。

これからは、妹が何かしでかせばしっかりと責任を取らる。

もう社会人なんだから、それくらいできて当然だ。

駄目そうなら、私のもとで働かせて問題を起こせないように監視する。

それでも駄目なら、もういっその事好きにさせれば良いわね。

改心したって事にして開放する。

適当に富豪や政治家から賄賂を貰わせて、その金で豪遊させればいい。

そして、それが問題視されたらまた私のもとで働かせればいいんだから。


「お姉〜。車買ってよ〜」

「競馬で一発当てたらね?」

「えっ?お姉って競馬やってたの?」

「初めてよ?」

「それ、つまり買わないって事じゃ…」

「よく分かったわね。しっかり働きなさい」


なぜ、こういった賭け事にお金を使うのか?

身を持って感じるのが一番だ。

やったこともないのに、文句を言うわけにはいかない。

一度だけやって、競馬がどんなものか感じてから文句を言う。

……まあ、賭け事は課税が凄いから無くす気はないが。


「さっさと駅に行くわよ」

「マジでお姉競馬するの?やめといた方がいいよ〜」

「体験してみるだけよ。心配しなくていいわ」


そう言って愚妹を連れ、電車で競馬場に向う私。

フブキギンジカを電車に乗せられるか不安だったけど、私だって分かるなり大慌てで通され、電車は1両貸し切り状態。

確かに、これを見ればこの子が『魔王の妹』という口実で好き放題していた理由も分かる。

発覚次第、しっかりと罰を与えるべきと考え直すいい体験になった。



――ちなみに、肝心の競馬は適当に選んだ馬が勝ち、2万が20万になって帰ってきた。

自分でも、私が魔王だからって言う理由で、勝たせてもらったのかと思った。

しかし、責任者に聞いてもそんな事は指定ないそうなので、おそらくただ単に運が良かっただけだ。 

なにせ、愚妹は盛大に外して3万も損していたからだ。

やはり、ギャンブルはやるものじゃないな。

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