第20話

二階層 


「チッ、この暗闇は光を吸収するのか……」

「そのようですね。おそらく一メートルも照らせていないかと…」

「そんなに光が飲み込まれるのか…そりゃあ、コウモリと相性がいい訳だ」


二階層へ到達した自衛隊は、トラップやモンスターに気をつけながら二階層を探索して回る。

その背後から忍び寄る不穏な影に、彼等はまだ気付いていない。

そして、その影は一番後ろにいた一人に狙いを定めると、音もなく背後に現れてその首を噛み千切った。


「あ…え…?」


突然のことに何が起こったのか理解できず、襲われた人はただ呆然とすることしかできなかった。

また、その声を聞いて振り向いた者達も、首を噛み千切られた姿の同僚を見て思考がストップし、その場で硬直する。

その隙をついて、影は更に別の者に喰らいつき、次々と自衛隊員を喰い殺していく。


「敵襲!敵襲だ!」

「クソッ!何処にいやがる!?」

「うわぁぁぁぁ!!」

「影だ!犬くらいの影がいるぞ――」

「ぐあっ!?お、おい!そこら中に乱射するんじゃない!!」


何も見えない空間で敵に襲われた隊員達は恐慌状態に陥り、中には銃を乱射して仲間に誤射してしまう者まで現れた。

やがて、何も見えないがために目に映るものが全て敵に見えるようになり、誤射によって二階層の暗闇へ足を踏み入れた者は全滅した。

その頃には、とっくの昔に襲いかかってきた影は、居なくなっていたというのに……








最下層 信恵の自室


「やはり、あそこでクロを退かせて正解だったな。私達が手を下さずとも、勝手に自滅してくれた」


俯瞰視点から常に様子を見ていた私は、既にまともな精神状態にある自衛官が居ないことを察し、クロを退かせたのだ。

案の定、目に付くモノ全てが敵に見えていた彼等は同士討ちによって自滅し、クロも負傷することなく次の敵を始末しに向かった。


「士気の大切さを痛感するな。正常な判断ができず、同士討ちなんてされたらたまったものじゃない」


閉鎖空間に、延々と続く同じ光景。

その次にあるのは、例えどんなに強力な明かりを使おうと、照らすことのできない闇。

さらに、何処から現れるのか分からない敵を警戒しながら進まないといけないのだ。

きっと、凄まじい速度で精神力が削られていくだろう。


「今後〈迷宮〉内を改築するときは、相手の精神を消耗させる造りにしたほうがいいな…」


もっとも、今回の件で自衛隊も私の扱いには慎重になるだろう。

上手くいけば、こちらから危害を加えない事を条件に手を出さないという契約を結ぶ事ができるかもしれない。

まあ、最悪国民を人質にすれば、自衛隊も簡単には手は出せまい。

そもそも、別に入ってくるなら敵と見なすだけで、こちらから攻撃を仕掛けるつもりなんて一切ないんだが。



……わざと〈迷宮〉へ誘き寄せるような事はするかも知れない。


「…ん?もうこんなに突破されてるのか」


クロの様子を見ていると、自衛隊が続々と二階層へ侵入しているのが分かった。

どうやら、ある程度ルートが割れたらしい。

道に何か細工が仕掛けられてるのか、通信機器を使って地図を作ったか…

前者なら対策はできる。

後者だと、私には手を出せない場所に地図がある可能性が高い。


「とりあえず、一階層に何か異変が無いか調べてみるか」


私はクロの様子を見るのを中断し、彼らが何か細工を仕掛けていないか調べてみる。

しかし、俯瞰視点からはそれらしきモノは見つけることができなかった。


……俯瞰視点だけならな?


「これは……紫外線マーカー?」


私は誰か?

この〈迷宮〉の支配者だ。

〈迷宮〉の全てを理解することができ、何か策をこうじようとも全て見破ることができる。


普段は使用すると膨大な量の情報が頭の中になだれ込んでくるため、そちらに集中力を持っていかれないために使用していなかったが、私には〈迷宮〉内の全ての情報を集める能力がある。

また、同様の理由で俯瞰視点を使うことが多かったために気付けなかったが…

どうやら、自衛隊は通った道に紫外線マーカーを使って矢印を書いていたらしい。

しかも、記号を使ってどの隊が通ったかも把握できる。

まさか、こんな方法で私の目を逃れようとしていたとは…


「困ったな…これでは原因が分かったとしても、消す方法が無いぞ」


自衛隊が使うようなマーカーだ。

単なる水洗いでは落とせないだろうし、洗剤も専用のものを使う必要がある。

しかし、そんなものを私が持っている訳がない。

内部構造を変更しようにも、人がいるせいで構造変更できない。

やはり前回の失敗を活かし、私の対策をしてきている。

何かインクを落とす方法はないのか?


「…………スライム」


私が持つ手段で、紫外線マーカーのインクを落とす方法を考えた末に導き出した答え。

それがスライムだ。

スライムは〈迷宮〉における掃除屋だ。

大抵の汚れはスライムに任せておけばどうにかなる。

しかも、そういったモノを分解してスライムは繁殖するのだ。

一体、どうやって化学物質を分解して繁殖のための餌にするのかは不明だが…まあ、何かしら特殊な力があるのだろう。


「あの高さまではスライムは届かない……ホブゴブリンにスライムを持たせて消すか」


私は一階層にいるホブゴブリンとスライムに指示を出して紫外線マーカーのインクを消す。

念のため、自衛隊が近付いた場合は撤退するよう、その都度指示を出していたため、彼らが被害を受ける事は無かった。

そして、紫外線マーカーを消された自衛隊はどの道を進んだらいいのか分からず、また探索を一からやり直す羽目になった。


「これで少しは侵攻を遅らせられるだろう。まだまだ後続がいる以上、今のうちにできるだけ数を減らしておきたい」


かなりの人数を倒した気はするが、外を見ればまだまだ多くの後続が待機している。

何ならこれから戦車も出撃させる予定のようだ。

……あんな鉄塊が、この狭い〈迷宮〉で活躍するとは思えない。

というか、オーガの本気の攻撃を喰らえば装甲がダメージを受けてもおかしくない気もする。

もちろん、科学技術に裏打ちされた複合装甲はそんなに簡単には壊せないだろうが……流石に砲撃魔法には耐えられないだろう。

あと、アクティブアーマーを付けられていると面倒なことになる。

爆発でオーガがダメージを受けたりしたら、少々嫌なことになる。

目立った活躍はなくとも、厄介な敵になりそうだな。


「あのペンは……また紫外線マーカーか。いっその事、二階層へ引き込んでそこで倒すか?」


逐一指示を出しながら消すのも面倒だ。

それに、まだ二階層はキャパシティオーバーしていない。

最悪私が出ればクロの負担も減らせる。

暗闇の中で砲撃魔法を使えば問答無用で一網打尽にできるだろう。

そのためには、一箇所に自衛隊を集める必要があるんだが……そうか。


「コウモリ部隊は私の指示した場所へ迎え。そして、侵入者がその場所に現れれば攻撃を行うのだ」


二階層は正解のルートがいくつかある。

その内の一つを残して後はコウモリ部隊とクロで封鎖すれば、必然的にその一つの道へやってくるだろう。

そこを狙って砲撃魔法を使えばいい。

ただ、強引に突破されるとこの計画は破綻する以上、オーガを配置した方が良いかもしれないな。

敵の場所は私が教えればいいのだから。


「よし…まだ後続が来ていないうちに準備を済ませるか」


私はコウモリ部隊とオーガに指示を出して、二階層で少しでも多くの自衛隊を始末する準備に取り掛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る