第21話
コウモリ部隊とオーガの配置を終え、危険なルートを理解した自衛隊は私が用意した安全なルートを選んで三階層へ侵攻中。
私は、機が熟すのを虎視眈々と俯瞰視点から自衛隊を眺めながら待っていた。
そして、ついにその時が来た。
「砲撃魔法の準備はできている…よし、行くぞ!」
私は自衛隊が百人規模で通っている道へ一歩踏み出すと、砲撃魔法を起動する。
そして、道の中央へやって来ると同時に、
「『マジックキャノン』」
自衛隊に向かって砲撃魔法を撃った。
その瞬間、目を塞ぎたくなるような閃光が発生し、耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。
そして、次に訪れたのは死亡した自衛隊の人数に応じて流れ込んでくる、大量のエネルギー。
この勢いでエネルギーを得たのは初めてだ。
古河のダンジョンを吸収した時は、まるでダムが決壊したかのように雪崩込んできたため比較はできない。
殲滅によって大量のエネルギーを得た場合では、今回が一番だ。
「これは……この多幸感は……」
水圧洗浄機で汚れを落とす映像を見た時、まるで頭の中から何かが溢れ出すかのように快楽に包まれるらしい。
それは、こういうことなんだろう。
言葉に言い表せない快楽を感じる。
もっと、この感覚を味わいたいものだ。
「ふぅ…シモベを使って自衛隊を足止めすれば、一箇所に多くの自衛隊を集められるかも知れない……そうすれば、その全員がこの道を通った時………待て!私は何を考えているんだ!?」
快楽をもう一度得たいがために、無駄な犠牲を払うところだった。
薬物に手を染めた者が何度も薬を使うのは、こういう事なんだろう。
駄目だと分かっていてもやりたくやってしまう。
自制心だ……我慢強い心を持て……
私は、深呼吸をして気を落ち着かせると、転移を使って自室へ戻る。
「一度に多くの隊を全滅させた。奴等も慎重になるだろうし、しばらくはここで待機だな。一番進んでいる部隊もまだ四階層には到達していないし、三階層のシモベだけで始末できそうだ……少し待つとしよう」
私は、一度精神を落ち着かせるためにも、自室で瞑想することにした。
欲に溺れそうになったときは精神統一だ。
煩悩を消し去り、無欲になる。
それが、慎重になるための方法。
「ふぅ…」
私は、一切の思考を空にしてしばらく瞑想を行った。
……その結果として、いつの間にかかなり侵攻されていた、改善すべき点だが。
◆
数時間後 四階層
「ついにですね…!」
「ええ。連中はこれまでの侵攻で精神力を消耗しきっている。はっきり言って烏合の衆だ」
「初戦がそれではなんだか手応えが無い気がしますが……」
「なんだ?手応えがほしいなら、私との本気の手合わせにするか?」
「いえ、それは遠慮しておきます」
私は、魅香と他愛無い会話をしながら自衛隊の到着を待つ。
疲弊しきった敵を殲滅するのはつまらないと言う魅香に、私と本気で手合わせするか聞いてみるが、忠臣としてではなく、本音で断られてしまった。
今の魅香なら私ともいい勝負ができそうだが…過去のトラウマか?
あの戦闘は、想像以上に魅香の記憶に残っているようだな。
……まあ、君主との出会いを忘れるはずがないか。
「信恵様、本当に私一人で戦ってよろしいのでしょうか?」
自衛隊が間近に迫っているというのに、魅香は今更そんな事を聞いてきた。
「お前に華を持たせる為にそうしているんだぞ?別に、嫌なら言ってくれればいいが」
「い、いえ!…まさか、信恵様が私一人で戦うことを許可してくださるとは思わなかったもので……」
許可してくれると思わなかった?
…ああ、そういう事ね。
「…そういう事か。確かに、今まで慎重にやっておいて、急に危ない橋を渡るような事を許可した。その事が不思議だったんだろう?」
「はい」
「ははっ、ちゃんと万が一に備えているさ。近くにはいつでも戦闘に参加できるように、準備を万端な状態にさせているオーガやゴブリン、また、試験運用も兼ねていくつかの魔法を覚えさせたピクシーが居る。何事もなければ、一人で戦えるさ」
これまで、開けた場所にシモベを送ったことがないせいで使わなかったが、こちらの遠距離攻撃手段は投擲か弓矢しか無かった。
そして今回、そこに新しく『魔法』が追加される。
その試験運用を兼ねて、バランスの取れた部隊をすぐそこに配置してある。
その気になれば、いつでも自衛隊にぶつける事ができるのだ。
「…試験運用をするのであれば、少々手を抜いた方がよろしいでしょうか?」
「いや?別に他にも部隊は居るからな。そいつ等で試せばいい」
魔法の効果を調べるために、手を抜いた方が良いかと魅香は聞いてきたが、自衛隊は他にもいる。
むしろ、この部隊は万が一に備えて魅香を逃がすための、盾として運用する部隊だ。
試験運用ばあくまでオマケ。
「まあ、お前は何も気にせず自衛隊と戦えばいい。――ん?もうこんな所まで来ていたのか…私は一応隠れておくから、何かあったらすぐに助けを呼ぶんだぞ?」
「はい!」
私の判断で魅香の邪魔をする訳にはいかない。
盾部隊を向かわせるのは、魅香の判断に任せよう。
そう考えつつ、私は近くにあった部屋に身を隠すと、内部把握で魅香の様子を見守る。
「っ!?構えろ!!」
魅香を見た自衛隊は銃を構える。
おそらく、女性だから私と勘違いしたのだろう。
もちろん、自衛隊はその間違いにすぐに気付いた。
「柳沢……ではないな。写真と顔が違う」
「じゃあアレは誰なんですか?なんか、角が生えてますけど…」
「さあな?……手を上げろ!」
自衛隊は魅香にそう言うと、警戒態勢を強める。
人間に近い見た目をした、角の生えた女なんて警戒しないはずがない。
ここですぐに魅香を鬼であると見抜ければ、彼は優秀だったかも知れないが、そうではない様子。
「何者だ!何故ここに居る!?」
その問いに、魅香は鋭い視線を向けながら答える。
「私は魅香。信恵様より、貴様らをこれ以上先へ進ませないため、ここで侵略を阻止する役目を承った忠実なシモベだ。これでいいのか?」
淡々と質問に答える魅香に、先頭にいる自衛官は呆気にとられる。
しかし、すぐに正気を取り戻してさらに質問を投げかける。
「魅香、さん?貴女は人間…ではないですね?」
急に優しい口調で語りかける自衛官。
名前が分かった事、理性があることから下手に刺激しないように柔らかに話しかけているが…〈迷宮〉へ武装した状態で侵入している時点で、魅香からの印象は最悪。
無駄なことだ。
「その通りだ。私は人間ではない。それが何だと言うのだ?」
「できれば、そこを通していただきたい。我々はこの〈迷宮〉の主人、柳沢小町氏に用事がありますので」
…そう言えば、世間的には私の名前は柳沢小町のままだったな。
まあ、別に訂正しようとも思わないし、何もしなくともそのうち私の本来の名前が知られるだろう。
放置でいいか。
「柳沢…?私の主は柳沢などという名前ではないぞ?」
「は…?」
「ん?」
あー…意外と速く広がりそうだな、私の名前は。
「……いや、確かに彼女は柳沢小町氏のはずだ。家族や会社にも問い合わせ、本人確認をしている」
「そうは言ってもな…私の主はの名前は織田信恵。信恵様は確かにそう仰っていた」
「織田信恵…?」
私の本当の名前を知った自衛官は混乱し、上官へ確認を取る。
そして、魅香に『少し待ってほしい』と言って何か話し始めた。
すると、五分ほどで状況を理解するのに必要な情報を手に入れたようだ。
……意外と早かったな。
「あー、どうやら柳沢小町という名前は、養子縁組によって親が変わった際に付けられた名前だそうだ。本来の名前は織田信恵というもので間違いないらしい」
「……そう言えば、確かに信恵様もそのような事も仰っていたような…」
おい…
確かにしっかり話してないとはいえ、主が聞いている横でそんな……まあいい。
詳しい事は終わってから話そう。
「…この場合どう呼ぶのが正解なんだ?」
「さぁ?戸籍上は柳沢小町でも、本人は旧名である織田信恵として呼ばれる事を望んで居ますし…織田氏と呼びますか?」
「そう、だな…不快に思われるような行為は避けたほうが良いだろうしな」
……それ、お前が言うか?
コイツ等は自分達の立場を理解してないんじゃないだろうか?
――魅香、そいつ等に自分達の立場というものを……自分達が侵略者であることを自覚させろ――
「了解しました」
私は魅香に指示を出し、今の自衛隊が私の〈迷宮〉を侵略している存在であるよう伝えろと命令する。
……魅香が意味を履き違えないように、『お前等は侵略者なんだぞ〜』と伝えろと、ほんの少しだけ遠回しに伝える。
普通に言ってもいいが、魅香のキャリアアップの為だ。
少しは自分の頭で考えて行動するというモノを学習してもらおう。
「…何か勘違いしているかもしれないが、お前達は自分達の立場がどういうものか理解しているか?」
「……なに?」
魅香の冷ややかな質問に、緊張した空気が流れる。
ここで魅香が変な深読みをしたり、解釈を間違えなければいいんだが…
「我が偉大たる主の聖域を侵しておきながら、いまさらそのような配慮で好印象を与えられると思うなよ?」
「……」
……う〜ん。
まあ、確かに言ってほしい事は言ってくれた。
ただ、突然の事過ぎて彼等がついていけてないぞ?
もう少し、自分の頭で考えるよう促すような発言をして、考える時間を与えるとか……いや、魅香にそこまでの事はできない。
これからそういうスキルを身に着けさせよう。
自衛隊達からしてみれば、急に魅香がキレだしたようなもの。
何を言いたいのか理解できず、フリーズしている。
しかし、それを魅香はどう解釈したのか、さらに怒りをあらわにした。
「なんだ……何故黙り込む?まさか、本当に自分達に非が無いとでも思っているのか?」
「はぁ…?」
「なんだその腑抜けた返事は!我が主を侮辱するか!?」
「おいちょっとまて!」
私は思わず言葉を口に出してしまう。
しかし、そこは別室なのでこの声が魅香や自衛隊に届くことはない。
それでも、誰にも聞かれなかったとしても私はツッコみたくて仕方がなかった。
いや…何処をどう解釈したらそうなる?
彼等はただ混乱しているだけだ。
何も、自分達に全く非がないとか、私を侮辱している訳でもない。
ただ混乱しているのだけ。
それをどう解釈したらそうなる……
私自身混乱しつつも、何か策があるのかと魅香の様子を伺う。
しかし、その考えはすぐに思い違いだと知った。
「そうか…やはり所詮は侵略者。薄汚いカス共に過ぎない」
「なっ!?」
明らかに雰囲気の変わった魅香に気圧され、自衛隊は命令を受けていないにも関わらず、攻撃を仕掛けた。
どうやら恐怖のあまり指に力が入って、誤射してしまったようだ。
「野蛮人め…死に晒せ!!」
魅香には『一発までなら誤射』という考えは無いらしい。
本当に誤射であるにも関わらず、あっという間に自衛隊との距離を詰めると、そこからは一方的な殺戮が始まった。
「………見るに耐えんな。それに、教育の必要がありそうだ」
自衛隊は混乱によってまともに戦うどころか、同士討ちまで始めた。
流石にここまでされると私も興味が失せる。
一応、魅香に一報入れたあと、自分の部屋へ転移で戻った。
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