第22話
自衛隊による侵略から一ヶ月後
「まだ批判されてるのか…」
四階層での戦闘のあと、自衛隊は部隊を撤退させることにしたらしい。
次々と〈迷宮〉内からの撤収が始まり、あっという間に出ていってしまった。
追撃しても良かったが、『侵略されたので攻撃した』という体を守る為、仕方なく見逃すことにした。
私からの追撃が無かったことで、余計な損害が出ずに済んだ自衛隊だったが、世間は許してはくれなかった。
奴隷化した元カメラマンに伝言を命令したのだ。
それは、メディアに向けて『私は自衛隊からの攻撃を受けた。これは正当防衛であり、間違ったものではないはずだ』と。
確かに、日本側からすれば三人の民間人が私に奴隷化され、囚われているという由々しき事態だ。
だからといって、話し合いではなく武力行使によっての解決図るのはどうなのかと、私を擁護する意見もチラホラと見えている。
そして、批判の声は当然日本政府にも届いた。
ダメ元で行ったと思われる交渉で、私はいくつかの条件を提示することで三人の民間人の解放及び奴隷化解除を行った。
『最初から交渉を行っていれば、自衛隊を出動させる必要は無かったのでは?』という話がニュースでは繰り返し放送され、『もとより大義は信恵氏にあり』と本気で話す者が現れた程だ。
『今すぐにでも自衛隊を派遣し、囚われている三人を解放すべき!』と政府を批判していたのは誰だと言いたいが…まあ、私を擁護してくれるのは嬉しいので、何も言わないでおこう。
「さて…次はここにするか」
あれから一ヶ月経った訳だが…私は政府に提示した条件の元、確実に勢力を拡大していた。
私の提示した条件を端的にまとめると、『日本国内に存在する〈迷宮〉〈ダンジョン〉の制圧の許可』だ。
つまるところ、『モンスターの軍勢を使って〈迷宮〉や〈ダンジョン〉を制圧するけど邪魔しないでね?』という事。
私は日本政府の許可のもと、〈迷宮〉や〈ダンジョン〉の侵略を行う権利を得た訳だ。
その権利をフル活用し、一ヶ月で東京全域と埼玉南部、神奈川北部の〈迷宮〉〈ダンジョン〉の制圧を行った。
流石にこれ程のスピードで私が勢力拡大を行うのは予想外だったのか、何度も政府から妥協案を提示されたが、私がそれに応じることは無かった。
しかし、モンスターの軍勢が移動する度に、交通網に影響が出るという問題も発生した。
流石にこれには世間からの批判も大きく、私の〈迷宮〉の前にはデモ隊が横断幕を掲げて抗議活動行っている。
別に批判は痛くも痒くもないが、デモ隊が叫んでいるのは鬱陶しい。
せっかく街に人が戻ってきたのに、何度も抗議活動をされたら近所迷惑だ。
この抗議活動をどうするかが、今の私の悩みの種だ。
頭を抱えていると、ふすまの奥から男性の声が聞こえてきた。
「失礼します」
「入れ」
私は入室許可を出し、男性を招き入れる。
「私に召喚命令が来るということは…」
「そうだよ、大原くん。次に制圧する〈迷宮〉が決まった。場所は神奈川県の鶴見区にある〈迷宮〉だ。地図で言うとここだな」
大原というのは、東京に存在した〈迷宮〉の元支配者で、今は私のシモベだ。
彼は私が他の〈迷宮〉や〈ダンジョン〉へ侵略を始めた事で、『いつか、自分も襲われるのでは?』と思い、政府の保護を抜け、支配者として私に対抗する事した。
様々なトラップを駆使し、何度もゲリラ攻撃を行うことで私の侵略を防ぎ続けたが…私と魅香の攻撃に耐えきれず、ついに〈迷宮〉を制圧された。
どうやら〈支配者強化〉にかなりの力を入れているらしく、純粋なパワーでは私よりも上という化け物だ。
しかし、生まれついてのセンスが乏しく、才能の差で私に敗北して以来、魅香とは別の部隊を持たせ、〈迷宮〉や〈ダンジョン〉の制圧を任せている。
彼以外にも私に降伏した元支配者は居るが、彼ほど強くはないのでいい待遇は受けていない。
「かしこまりました。堂本と永瀬にも伝えておきます」
「よろしい。では準備に取り掛かってくれたまえ。必要なものがあれば報告するように」
そう言って、私は退室を促した。
しかし、大原は退室せず、何故かその場に留まっている。
怪訝に思った私は、何故退室しないのか聞く。
「どうした?何かあったか?」
「はい…デモ隊の事でお話したいことがございます」
「デモ隊?」
アイツらがどうかしたんだろうか?
大原はかなり肝が座っている。
あんな連中の言葉に精神をやられたとは思えない。
一体なぜ…
「デモ隊がどうかしたのか?」
私がそう聞くと、大原は真剣な表情で口を開いた。
「彼らの言う通り、我々の行進によって、少なくない経済損失が出ています。部隊を送る際、交通網に影響が出ないようにする方法は無いのですか?」
大原の主張は、行進によって発生する社会における経済損失の話だ。
これは、デモ隊がよく言っている話であり、私も問題視しているものだ。
あまりにも経済損失が大き過ぎると、政府との契約を切られかねない。
だからこそ、こうして色々と対策を考えているわけだが……
「いくつか方法はあるが、完全に交通網に影響が出ない訳では無い」
影響が全く出ない方法はない。
歩道は狭すぎて部隊を移動させるのが大変なため、仕方なく車道を通っているのだが、車道を通ると交通渋滞が発生する。
その為、侵略の際は事前に政府や自治体にルートを提示し、交通規制を行ってもらっている。
しかし、交通規制はかなりの影響が出る。
それに、交通規制を行うために人員を導入するとなると、そこでも経済的に小さくない影響が生まれる。
これをどうにかして解消するのが今後の私の課題だ。
「そうですか…」
「一応、交通力の少ない深夜帯に行ってはいるが、交通規制を実施している時点でそれなりに影響が出る。こればっかりは仕方ないと割り切るしかないな」
「はい…」
大原は良い対策方法が無いとわかると、退室していった。
経済損失が発生するのなら、それを補えるだけの利益を生み出せれば良いわけだが…
今のところ、大きな利益に繋がりそうなものはない。
一つの例としては、〈迷宮〉の一部を森林エリアにして、木を伐採すること。
大量の木材を売りに出そうというものだが…今日の大量生産大量消費の社会を考えると、一つの階層をすべて森林エリアにしてもあっという間に、木を取り尽くしてしまうだろう。
もちろん、エネルギーを消費することですぐに木を生やす事はできるが、それをすると維持費が莫大になり過ぎる。
よって、林業によって利益を出すのは難しい事になる。
他の方法としては、鉱山だ。
私が作成可能な階層の種類に、鉱山というものがある。
ここでは指定した鉱石を掘ることができ、少量ではあるが金をも採掘可能だ。
しかし、この鉱山は林業よりも効率が悪い。
なにせ、限られた採掘可能エリアで、掘削機を使って少しずつ掘ることになるのだ。
鉱物の含有量は多いが、そもそも採掘できる量が限られている。
露天掘りができないため、効率よく鉱石を採掘できないのだ。
一番現実的なのは農業だが…そもそも〈迷宮〉内に農地を作るのが大変なので、すぐに利益を出すことはできない。
「天然資源の項目には、石油や天然ガスも含まれている。これらを利益になる規模で活用できるようになるまでは、農地利用でなんとかしよう」
一応、既に政府に〈迷宮〉の一部を使った農業の提案はしてある。
これが承認されれば、少しは利益になるだろう。
特に、小麦や大豆等の輸入に頼っている作物を、〈迷宮〉内で大量生産できるようになれば、少しは利益になるはずだ。
今は、政府の返事を待つとしよう。
◆
神奈川県鶴見区の〈迷宮〉
「ここがこの〈迷宮〉の支配者が居る場所か…」
俺は、大原英輝。
元支配者で今は信恵様のシモベだ。
俺も元々はしがないサラリーマン出会ったが、ある時支配者に選ばれ生活は一変した。
政府による保護を受けていたが、周囲からは化け物を見るような目で見られ、なんとか復帰できた会社を辞めざるを得なくなった。
何なくても最低限人間的暮らしはできたが、色々と不満はあった。
そんな中、一人の支配者が国内で話題になった。
その支配者は非常に残忍で、人を躊躇いなく殺す狂人。
さらに、他の〈迷宮〉や〈ダンジョン〉を制圧し、勢力拡大を行う危険人物だ。
しかも、彼女は自衛隊すら跳ね除け、日本政府と交渉することで、日本政府の許可のもと、さらに多くの〈迷宮〉や〈ダンジョン〉の制圧を開始した。
そんな狂人に支配されれば、何をされるか分ったものじゃない。
俺は政府の保護から抜け、支配者として生きることにした。
慣れるまでに少し時間はかかったが、かの狂人に侵略された時、迎え撃てる準備を整え、〈支配者強化〉で俺自身も強くなった。
やがて、俺の〈迷宮〉にも彼女が侵略してきた。
最初こそ善戦したものの、彼女が主力部隊を率いてやって来た事で、俺の〈迷宮〉は制圧され、俺自身も彼女との戦闘に敗れた。
しかし、〈支配者強化〉を重ねがけしたことでかなり強くなっていた俺は、第二部隊の隊長に任命され、手厚い歓迎を受けた。
仕事内容はお世辞にもいいとは言えないが、心地のいい住居に上手い飯。
そして、〈迷宮〉においてかなりの地位を手に入れた。
他の非力な元支配者が、人間的な扱いを受けていない事を考えれば、俺の待遇は格別なもの。
政府の監視の元ではあるが、一応外出も許可されているため、趣味に時間を費やす事もあった。
…外に出ると、高確率でインタビューに合うのが少し面倒だが概ね快適だ。
仕事内容が厳しい事さえ目を瞑れば、いい環境だろう。
仕事内容が厳しい事さえ目を瞑れば…
「ここから先は俺がやる。お前達は状況に応じて手助けをしてくれ」
ここまでやって来た部下達に指示を出すと、俺は支配者の部屋へ入る。
どうやらここの支配者は信恵様に支配され、酷い仕打ちを受けることを恐れ、〈迷宮〉の内容をかなり充実させている。
おそらく、支配者当人の実力も相当なものだろう。
ここの支配者をシモベにできれば、信恵様の力はさらに強まる。
最近は、信恵様に支配されないために〈迷宮〉を強化する支配者が増えた。
これからの戦い、より強力な支配者が増えてくるだろう。
その前の前哨戦と考えれば、ここで負けるわけには行かないのだ。
俺は部屋の奥に待ち構えている支配者を見つめると、いつものセリフを言う。
「武器を捨てて投降しろ。そうすれば命は助けてやる」
視線の先にいる女支配者の強さは本物だ。
間違いなく俺と同格。
シモベにできれば主力として活躍してくれる事だろう。
できればここで投降してほしいが……
「断る。あんなイカレ女の下につくなんてまっぴら御免よ!何されるかわかったものじゃないわ!」
やはり信恵様に対するイメージは最悪だ。
メディアが信恵様の悪名を誇張して繰り返し報道しているせいで、世間からの評価は酷いもの。
しかし、信恵様はかえって都合が良いと言っているが……まあ、何かお考えがあるのだろう。
「そうか…では武力制圧を行うとしよう。負けを認めるならいつでも言え。降伏すれば命だけは助けてやるからな」
そう言って、俺は相棒の鋼の槍を取り出す。
相手は魔法の杖を取り出した。
おそらく魔法系の能力が高いんだろう。
魔法は信恵様が重要視するものだ。
ぜひともシモベにしたい。
その為には、殺さない程度に痛めつけて、〈迷宮の核〉を探し出す必要がある。
さて、ここからは俺の腕の見せ所だな。
こうして俺と女支配者との戦闘が始まった。
この戦いは、結果的に言えば俺の勝利。
彼女をシモベに引き入れることにも成功し、信恵様の勢力拡大に繋がった。
こうした戦闘を日本各地で繰り返し、丸々三年が経過した。
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