第19話

一階層


「リポーターの女性が最下層に連れて行かれたそうだ」

「その女性を救出してこいと?」

「ああ。…罠のニオイがするが、助けないというわけにもいかない。最下層に向かうぞ」


班長らしき自衛官の指示の下、連中は最下層へ向かって歩き始めた。

…もう少しだけ様子を見てみるか。


「班長…本当に大丈夫ですかね?」

「何がだ?」

「班長も見たでしょう?なんの躊躇いもなく人を殺し、簡単に一般人を隷属させて戦場に送り込む、この〈迷宮〉の支配者を…」


…どうやら想像以上にあの惨劇が効いているらしい。

流石の自衛隊といえど、かなり怯えているようだ。


「知っているさ。だが、いくら強くなっているとはいえ、人型である以上銃は効く。不意打ちさえされなければ、簡単には死なないさ」

「そうでしょうか…」


銃か…確かに、今の私には銃が効く。

しかし、私も人間である以上、銃の対策はしている。

無策に完全武装の自衛隊と戦ったりはしない。

だから、こうする。

 

「吹っ飛べ」


私は予め用意していた砲撃魔法を不意打ちで使用する。

発動までに数秒かかったが、気付かれる事なく砲撃魔法は発動し、通路を警戒しながら歩いていた十数人の自衛隊は塵とかした。


「これで三部隊目…これでもまだ百人も殺してないのか」


不意打ちで砲撃魔法を撃ち込む作業を繰り返した事で三部隊を壊滅させ、それなりにエネルギーの回収もできている。

コレを使って新しい戦力を補充したいところではあるが…まだ退くには早い。

もう少しだけ始末しておかなければ、後が面倒だ。


「さて、次の獲物は……コイツ等にするか」


良さそうな奴らが固まって動いている。

他の隊とは少し離れているし、動きも妙だ。

まさに、殺してくださいと言わんばかりの状態。

むしろ、罠ではないかと疑いたくなる。


「転移…そして、砲撃魔法の術式の構築を」


私は連中の直ぐ側に転移してくると、砲撃魔法の構築を始める。


後ろから魔法を撃ち込むだけの簡単な作業。

構築は難しいが、撃つだけならサルでもできる。

さて、少し様子見でもするか。


そう思い、軽く壁にもたれ掛かろうとした時。


――カランカラン――


足元にあった本当に小さな小石を蹴飛ばしてしまい、この閉鎖空間ではけして小さくない音が鳴った。


「誰だ!!」


俯瞰視点から自衛隊の様子を確認すると、音に気付いた者達が警戒しながらこちらへゆっくり歩いてくる。

それに続いて他の隊員達も銃を構えながら、近付いて来ていた。


しくじった…私としたことが、まさかこんなミスをするとは……次からは足元に気を付けるとしよう。

それはさておき、この状況をどう乗り切るか。

…あまりこういう事はしたくないが、コレがもっとも簡単で確実だ。


私は、召喚能力を使用してオーガを一体呼び寄せると、私の身代わりとして突撃させた。


「なっ!?オーガだと!?」

「う、撃て!撃てー!」


この距離なら何人かは殺れるだろう。

しかし、全員から撃たれればオーガも長くは持たない。

早く構築を終わらせなければ…


囮作戦は成功し、連中はオーガの対応に追われている。

私がした行為は、自分の失敗を部下に押し付けるという、もっとも部下からの信用を損なう行為だ。

以前の私なら考えられない愚行だ。

しかし、ここは命の取り合いを行う戦場。

そして、今の私の部下は私に絶対服従で、私の決定に必ず肯定するイエマスマン集団。

何より、私の為なら命を投げ出すような連中だ。

このような事をしたところで問題はない。


「すまんな…」


砲撃魔法の構築が完了し、私は自衛隊とオーガが戦っている通路へ出る。

そして、


「『マジックキャノン』」


直線上にいた全てを――オーガも巻き添えにして消し飛ばした。


砲撃魔法の欠点は、威力が高すぎるが故に装備も跡形もなく消し飛ばしてしまう事。

武器回収をしたかったが、これではそれはできなさそうだ。


「…オーガ一体を犠牲にして得たエネルギーは……大丈夫だ、費用対効果はいい」


おそらく十五人程の人間を殺して得られるエネルギーは、オーガを三体作れるほどの量。

これなら、一体犠牲にしたところでそこまで痛くないが……あの失敗がなければ、オーガ三体と少しのエネルギーを、損なく得られたと考えると…これは痛手だ。


しかし、オーガ一体分のエネルギーも得られないという状況でないだけマシだ。

流石に連中も警戒し始めるだろうし、武器回収もできない以上、潮時かもしれない。


「戻るか…」


私は〈支配領域内転移〉を使用して最下層の自室へ転移する。


「お帰りなさいませ」


自室へ帰ってくると、まだ待機していた魅香が出迎えてくれた。


「ああ、ざっと見て50〜70程度は殺した。できれば100人は殺っておきたかったが、流石に連中も警戒し始めるだろう。武器回収もできない以上、私が出るのはあまりよろしくないと考え、撤退してきた」

「左様でございますか…では、代わりに私が――「まあ待て」――はい…」


私は一階層へ行こうとする魅香を止める。


「お前は私の切り札だ。切り札はここぞという時に使ってこそだ。こんな序盤から使うわけにはいかない」

「ですが…」

「功を焦る気持ちは分かるが、慌てて行動を起こしたところで、それが成功するか否かなどちゃん目に見えている。落ち着け。冷静になるんだ」

「…了解しました」


やれやれ…魅香には落ち着くという事を学んでほしいものだ。

切り札が功を焦ってどうする。

必ず仕事は回ってくるのだから、それまで切り札らしくドーンと構えていれば良いというのに……待てよ?


そう言えば、魅香にはこれまで何かしてもらった覚えがない。

私が不在の間〈迷宮〉を守るという重要な役割を担ってくれてはいるが、それでは目に見える功績がない。

むしろ、そこらのオーガの方が活躍しているまである。


「……まあ、必要に応じて一階層へ送ろう。今はまだその時ではないが…」

「――ッ!ありがとうございます!!」


魅香は頭を下げて大げさに感謝している。

そこまで感謝されるほどの事は言っていないが…それほど切羽詰まっていたんだろう。

もう少し気を使ってやるべきだったか。

多少の危険は承知で何か仕事を与えた方が良いかもしれないが、同情で余計なことをして失敗させては魅香の精神に大きな負荷をかける事になる。

機が熟すまで魅香の心が持てばいいが…


「ん?…クロ、二階層だ」

「わふっ!」


この言葉が何を意味するか理解したクロは、いい返事をして私が二階層へ転送するのを待つ。


「転送する。くれぐれも暗闇から出るんじゃないぞ?」

「わふっ!」

「いい返事だ。じゃあ、行ってこい」


クロに手をかざし、〈転送〉を発動する。

すると、光の輪がクロの下に現れ、クロはその光に飲み込まれた。


「羨ましいですね。こうして信恵様のお役にたてるのは…」

「ハハッ。心配しなくてもお前の仕事そのうちやって来るさ。今のうちに心の準備をしておけ」

「心の準備、ですか?……そのようなモノは不要かと…」


不要?

確かに魅香は鬼人だから人間を殺すことに抵抗はないだろう。

だからといって、心の準備をしないでいいというわけではない。


「そう言うが、〈迷宮〉内で起こっている全てのことを私は把握することができる。実際に現場にいなくとも、全てのシモベの監視ができるのだ」

「そ、それは…」

「何処へ行こうと私に見られている。そんな状況で、緊張せずにいられるか?」

「……」


プライベートも糞もあったものじゃないな。

全てを覗き見られる以上、見たくないモノも沢山見えてしまうが……


それは置いておくとして、やはり常に見られているとなると流石に緊張する。

〈迷宮〉の中にいる限り、常に隣に私がいるようなものだ。

そう考えると、緊張しないはずがない。


「そういった事もあるから、心の準備が大切なんだ。…まあ、失敗したとしても気にするな。私は例え大きな失敗した者であったも、必ず挽回のチャンスを与えるようにしている」

「……」

「どうせ、次から〈迷宮〉や〈ダンジョン〉の侵攻を行う際は魅香に行かせるつもりだからな。次の機会などいくらでもある」


失敗を恐れず立ち向かえ。

私の言いたいことは魅香に伝わっただろうか? 

…まあ、例え伝わっていなかったとしても、魅香が負けるとは思えない。

それに、取り逃がしたところで魅香が戦うのは四階層。

退いたところで生きて帰れるはずがない。

もし魅香が失敗する事があれば、それは魅香が自衛隊に負け、殺された時だ。

そんな事になれば、私は意地でも自衛隊を全滅させる。

魅香は替えの利かない重要な配下。

例え今回私の〈迷宮〉へ侵入してきた人間を皆殺しにしてもまだ足りない。

この近辺に住む人間を皆殺しして、エネルギーを回収しないと足りないくらいだろう。

それほど魅香は重要な存在だ。


「…魅香、死ぬことは許さん。お前にとっての失敗は、任務を遂行できなかった事ではなく、お前が死ぬ事だ。決して死ぬな」

「信恵様……」


優しくそう語りかけ、肩に手を置く。

軽いスキンシップは相手を安心させる効果があると、聞いた事がある。

…今回はそれが本当だったようだ。

少しだけ魅香が元気を取り戻した。


「かしこまりました。この魅香は、必ず生き残り、任務を遂行すると誓います」

「そうか……まあ、とにかく死ぬなよ」


私はそう言って踵を返すと、椅子に座って自衛隊の様子を見る。

ちょうど、クロが暗闇の中に侵攻してきた自衛隊を狙ってる最中であり、これから面白いものが見られそうだった。


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