第17話
「ふぅ……これで、私が勢力拡大を狙っていることは知れ渡っただろう。これで他の支配者達が動き出せばいいんだが…」
今回の侵攻の目的は、あくまで火を付ける事。
支配者達の外部進出という『火』を付けに侵攻した。
もちろん、火が付かない可能性の方が高い。
なにせ、今は平和な時代。
見渡せば、紛争や内戦が無い訳でもないが…まあ、大半の国は直接的には戦争とは無縁。
故に、わざわざこの平穏を乱そうとする、狂人はそう居ない。
支配者に選ばれた人間が、そういう事をする狂人である可能性は更に低い。
となると、まるで他人事のように目をそらし、まったく気にしない可能性が高い。
「束の間の平和に慣れすぎたバカしか居ない世の中だ。期待はしてないが、海外でもいいから一人くらいは、私と似たような事をする狂人が居てほしいものだな」
無いものをねだってもしょうがないが……祈るのは自由だ。
別に私は神を信じている訳では無いが……こんなふざけたモノを作り出すような存在、神か仏か悪魔くらいだろう。
なら、祈りを捧げれば叶うかも知れない。
…おそらく悪魔に魂を売るような行為だろうがね。
……さて、現実に戻ろう。
今回の侵攻で得たものは、古河が放置していた大量のエネルギー。
これを何に使うかだが……まあ、戦力増強一択だろう。
しかし、増やしすぎても、全てのシモベに食料を生き渡せる事ができなくなって、結果的に餓死するものが現れれば損でしかない。
食料確保が当面の課題だな。
戦力の増強はその次。
いっそのこと、新階層を増築して森にでもするか?
農業をできるとは思えないが、自然の恵みはあるはず。
毒のあるものを食べないか心配だが…まあ、食料不足に陥るよりは遥かにマシか。
学習させればいいんだ。
『この植物には毒があるから食べないように』とな。
……よし!新階層を増築する!
私は、しばらく考えた末、森の階層を増築することにした。
核を引き寄せ、増築を選択するとコストが表示された。
「やはり増築はコストが高いな……ん?…ほぅ、自生する植物をあらかじめ選択できるのか…なら、食べることのできる植物を選んで、少しでも食料不足を抑えるか」
新階層を増築する際に森を選択すると、森に自生している植物を選ぶことができるようだ。
しかも、植物自体が無事であれば、何度実を採ってもまた新しい実ができるというオマケ付き。
大量に植えると製作コストが馬鹿にならないが…必要な出費だろう。
私は、その出費を呑んで新階層を増築した。
小さくない揺れの後、コアを介して新しい階層ができた感覚が私の中に流れ込んでくる。
そこへ、何匹かのゴブリンを放り込み、木の実を採るよう指示を出した。
もちろん、『絶対に木を傷付けるな』と念入りに命令済み。
これで、気休め程度の量の食料を定期的に集める事ができる。
いずれは、平原の階層を作り、そこに外から連れてきた農家達を使って畑を作りたいものだが……まあ、それは国と正面切ってやり合えるようになるか、私を警戒して派手な動きをできなくなった時だろうな。
まだまだ遠い未来の話だと苦笑し、逃げるように現実に目を向ける。
さて、シモベの作成は……まあ、流れ作業だから、インターネットの様子を見ながらするか。
とりあえず、SNSの反応から確認していくか…
◆
東京 某病院
信恵が去った後、古河は近くの病院へ搬送され、治療を受けた。
しかし、傷は信恵のポーションによって治っていたため、それらしい処置はされなかったものの、念の為入院することになった。
「まさか、こんな事になるとは……いや、例えすぐに交渉していたとしても、奴に支配されることに変わりはないか…」
古河はどうすればこのような事態にならなかったのか考え、溜息をついく。
自衛隊をあのようにした人間が、まともなはずがない事は誰が見たとしても分かる。
ましてや、こちらから『交渉したい』と言っておきながら、二時間も待たせれば例え信恵がまともな人間であったとしても怒るだろう。
素直に行っていれば、こんな事にはならなかったと古河は後悔しているが、信恵は元々命乞いをする古河を傷付ける気満々だったので、結果は大して変わらない。
ただ、信恵が時間を無駄にした事にキレ、古河に対する印象が暴落したが。
しかし、古河にとってその話は比較的どうでもいい事。
本当に問題なのは、
「あの狂人のシモベにされてしまった以上、今の地位に居続ける事は難しい……せっかく何年もかけて信頼を積み上げてきたというのに、崩れるときは一瞬だな」
今や、信恵の狂人ぶりは世間に知れ渡っている。
それどころか、海外にまで放送内容が拡散され、少しずつ世界へ広まり始めていた。
そんな中、その信恵にシモベにされてしまった人間が大使や政治家をしていては、日本の信用問題に関わる。
今の地位に残れ続ける事ができる可能性は極わずか。
古河もその事は理解しており、これからどうしたものか頭を抱えていると、一人の男性が病室へ入ってきた。
「失礼します」
男性はそれだけ言ってすぐに古河の元へやって来る。
「ご無事で何よりです、古河先生」
「無事か…まあ、ポーションのお陰で怪我はないが……無事とは言えないぞ?吉野くん」
古河はそう言って自分の頭を指差す。
そこには毛が一本も生えおらず、光を反射する頭皮が露出していた。
吉野と呼ばれた男性はそれを見て苦笑する。
「確かに、無事という訳ではなさそうですね……しかも、これからの事も考えると…」
「ああ。社会的にも無事とは言えない。まったく、あの小むす―――!?」
会話をしている最中、古河が信恵の事を『小娘』と呼ぼうとした瞬間、突然古河の口が閉じてしまった。
本人の意志とは無関係に、勝手に体が動く。
二人は一瞬呆気に取られるが、すぐに何が起こったのか理解した。
「…どうやら、あの支配者は先手を打っていたようですね」
「そのようだな……シモベになった影響が出ているな…もちろん、公衆の面前で『小娘』なんて言葉を口走る事はできない。そう考えると、あまり脅威ではない誓約だな」
「確かにそうですね。そもそも、『小娘』と呼べない事で不利益を被る事自体が少ないですね」
信恵は先手を打って、古河が信恵の事を『小娘』と呼べないようにしていた。
しかし、そんなものに意味はなく、ただ単に二時間も待たされた事に対する意趣返しであり、信恵自身もそれ以上のことをするつもりは無かった。
…古河が何もしなければ。
「吉野くん」
「何でしょう?」
「あの狂人から開放される方法があると思うか?」
古河は、不敵な笑みを浮かべて吉野にそう聞く。
それを見た吉野は何となく意味を理解したらしく、溜息をつく。
「彼女を殺すというのですか?」
「そうだ。奴が死ねば、従えていたシモベは開放される。解き放たれたシモベが外へ出てくれば、民間人や自衛隊員にも被害が出るだろうが…まあ、いいだろう」
古河の発言は決して聞かれてならないものだった。
吉野は無用心にも病院でそんな事を言う古河にまたもや溜息をついた。
「はぁ……誰かに聞かれていたらどうするんですか?そういう話は、誰かに聞かれる心配のない場所でして下さい」
信恵を殺すという発言だけならまだしも、民間人や自衛隊員に被害が出ると分かっていながらそんな事を言う。
聞かれていれば、今の地位どころか、社会的地位さえも失いかねない発言。
流石に無用心過ぎたかと古河も考えたが、一度口に出してしまっていた。
吉野が病室の外を覗いて、誰もいない事を確認すると、安堵して息を吐いた。
「幸い、誰にも聞かれていないようです。ですが、次からは気を付けて下さい」
「ああ、分かっているさ。まあ、病院で人の話を盗み聞きしようとする不届き者は居ないだろう。それに、今は君しか居ないだろう?」
「そうですね。今は私だけです」
「なら、君にお願いしたいことがあるんだが……」
古河は、吉野にだけ聞こえるような声で要件を話した。
吉野は何度か嫌そうな顔をするが、仕方なく古河の指示に従うことにした。
「あまり気乗りはしませんが…あの狂人が何をするか分からない以上、説得は用意でしょうね」
「そうだ。では頼んだぞ?吉野くん」
「私は乗り気では無かった。その事を覚えておいて下さいね?それでは」
そう言って、吉野は病室を出ていった。
古河はそれを見送り、信恵に刺された手を見る。
「小むす――そうだった、言えないんだったな。…まあいい。若者の分際で私に楯突いたこと、後悔させてくれる」
小娘と呼べない事に、若干の不快感を感じながらも、信恵が無様に死ぬ姿を妄想しその不快感を払拭する古河。
しかし、古河は知らない。
織田信恵という狂人が、いかに狡猾で慎重な人間か。
こんな老いぼれでも、何か利用価値が無いかしっかりと模索している事を。
古河と吉野の会話はすでに信恵の耳に入っている。
古河がその事を理解するのは、もう少し先の話。
◆
古河の〈迷宮〉を支配、吸収してから二週間。
私は、日課の体作りに励んでいると、侵入者の気配を感じ取った。
最近は、私の家畜……もとい、元取材班を救出するために、何度も自衛隊が偵察に入ってくる。
今回もそれだろう。
そう言えば、古河が何か変なことを考えていたな…私を殺すだったか?
そのための部隊はまだ来ないのか?
せっかく迎撃の為に戦力を整えたというのに……仕方ない、次の〈迷宮〉制圧準備を本格的に―――フラグだったか?
「この規模は……不味いな、戦車まで持ってきたか」
どんどんと自衛隊が私の〈迷宮〉へ雪崩込んでくる。
武装は前回の侵入と比べて充実していて、戦車や装甲車両と思われる兵器まで持ってきている。
通路の広さ的に確かに通れるとはいえ……本格的過ぎるだろ…
「この数の自衛隊の相手をするのは流石に厳しいな……戦車はどうせ通路の問題でろくに動かないだろうからいいとして、問題は歩兵か…ざっと見て百五十人は居るな」
しかも、これは現段階で。
念の為外で待機させていたシモベを使って外の様子を確認してみたが…やはりかなりの人数が待機している。
ついに自衛隊が本気を出したか……魅香を使うことも念頭に入れておかないと、厳しいか?
私の戦力の切り札は三つ。
魅香、クロ、私。
魅香は言わずもがなな戦力で、クロは影を操る能力で奇襲を行える。
私は、魅香以上の力を持っていて、一直線上の敵を全て消滅させることのできる〈砲撃魔法〉を使える。
この三つの切り札を上手く活用して、この危機を乗り越える他ない。
自衛隊の様子を確認しながら戦略を練っていると、自衛隊の中でも上位の階級と思われる人物が拡声器を持って出てきた。
『〈迷宮〉の支配者、柳沢小町さん!今すぐ君が隷属させた人達を開放しなさい!』
その人物は拡声器を使ってそう訴えかけてきた。
自衛隊が待機している状態でのソレは脅しにしか見えないんだが…
それに、『隷属させた人達』という事は、古河もそこに含まれているという事でいいのか?
…古河の様子を見てみるか。
私は、古河の見聞きしているモノを覗き込む。
すると、自衛官らしき人物が古河に話しかけていた。
『現在、柳沢小町氏に人質開放を求めています。明言はしていませんが、古河先生も含めた言い方をしております』
『そうか。あの狂人がこの程度で怯えるとは思わないが…まあ、侵略を開始すれば慌てて隷属を解くだろう。それまでの辛抱だな』
なるほど…やはり、この部隊は古河を開放させるためのものか。
もちろん、世間にはそんな事は公表できないから、建前上私が隷属させた取材班救出を謳っているわけか。
…という事は、私を事故に見せかけて殺すきだと考えたほうがいい。
古河が自分の口でそう言っていたからな。
『あの女に目にもの見せてやれ。もちろん、事故に見せかけて殺す事も忘れるなよ?』
『分かっております。では、何か起こり次第報告しますので、しばらくお待ち下さい』
『ああ。フフフ、後悔しても遅いぞ?柳沢。今日がお前の命日だ』
……よし、殺すか。
作戦変更だ、どのように守るかではなく、どのように全滅させるかにシフトチェンジだ。
そうと決まれば早速実行に移そう。
―――魅香、クロ、私のもとに来い。
私は、全力で自衛隊を叩き潰すべく、切り札を使うことにした。
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