第16話

某ホテル


「……で?古河氏は何時になったら来るんだ?」


私は足を組んで分かりやすく不機嫌オーラを放ちながらそう言った。

準備に時間が掛かるからとホテルへ案内されてから、もうすぐ二時間は経つだろう。

あの老いぼれは何をしてるんだ…


「も、もうすぐいらっしゃると思うのですが……」

「チッ」

「ひっ!……え、えっと〜、お茶菓子を用意しましょうか?」

「なんだと?」


お茶菓子だって?

それはつまり、『まだお茶菓子を食べるだけの時間が掛かりそうです』と言いたいのか?


「……もういい、来ないというのならこちらから会いに行く。まったく、とんだ時間の無駄遣いだ」


私がそう言って立ち上がると、周りに居た人達が慌てふためく。

引き止めておけとでも言われてるのか?

だったら尚更こちらから会いに行かないとな。


「お、お待ち下さい!」

「もう待つ気はない!二時間も待ったんだぞ?二時間も掛かる準備など、一体何に時間を使ったらそうなるんだ?」


苛立ちをぶつけるように睨みつけると、顔を青くして一歩下がるクソ野郎共。

流石に無いだろうと除外していたが、やはり私は舐められているようだな。

あのゴミ共は私のことをひたすら勢力拡大を続けるだけの無能と考えているんだろうな。

そして、自衛隊の前には無力であり、武力をチラつかせれば黙るような腰抜けだとも思っているんだろう。

その浅はかな考え、後悔させてやる。


「ま、待って下さい!どうかもう少しだけここで待って頂けませんか!?」

「くどい!大した理由も無くここで二時間も待ってやったんだ!これ以上待たせたいなら私が納得するだけの理由を述べろ!!」


思えば、『古河氏は多忙ですので…』という言葉を信じたのが間違いだった。

例え多忙だったとしても、〈迷宮の核〉を奪いに来た奴を前にしてまだ仕事を続けるか?

自身の命が掛かっているんだぞ?

それなのに、ここまで待って来ないとは、私のことを舐めているとしか思えない。


「ですから、古河氏は多忙でし――ッ!?」

「またそれか?今更私がそんな言い訳を信じると思うのか?私は政治家という立場の古河氏に敬意を払って、その下らない理由を信じ待ってやったんだぞ?にも関わらず一向に現れる気配がない。もうお前と話す事はない。次引き留めようとしてみろ。お前の首を切り飛ばして、趣味の悪い壁掛けにしてやる」


胸倉を掴んで同じ事しか言えないゴミを持ち上げ、睨みつける。

意識していなかったが、どうやら今の私はかなりの威圧を放っているらしい。

普通なら止めに入るだろう状況でも、周りの連中はまるで動けていない。

ゴミ共が黙ったのを確認すると、私は乱雑に手を離してホテルの外に出た。


「いつでも〈迷宮〉内へ侵入出来るように備えておけ」


ホテルの外で待っていたオーガと、〈迷宮〉前で待機している部隊に命令を飛ばす。

幸い、このホテルは〈迷宮〉の直ぐ側にある。

歩いても十分戻れる距離だ。

堂々と行こうじゃないか。


「チッ…また自衛隊が妨害しているのか」


侵入の準備を整え、いつでも〈迷宮〉内へ入れるように待機していた私のシモベの前に、自衛隊が立ち塞がっていた。

シモベに道を開けるよう命令すると、モーゼが海を割ったかのようにシモベ達が左右に別れる。


「そこを退いてもらおうか」


〈迷宮〉の前に立つ隊長らしき人物に威圧を込めた声で話し掛けるが、ソイツは動かない。

息を呑む音は聞こえたが、それでもここを退く気はないようだ。


「ふ、古河氏との交渉はどうされたのですか?」


……なんだ、コイツは何も知らされてないのか?


「二時間近く待っていたが、一向に現れる気配がない。突然訪問したこちらにも非はあるかも知れないが、だとしても遅すぎる。あちらに話す気がないと判断し、対話ではなく武力で〈迷宮〉を制圧する」


かなり強引な理論だが、〈迷宮〉を抑えられればそれでいい。

それに、世の中『明らかにおかしいだろ』と言えるような理由で起源説を提唱する連中も居るんだ。

……例えば『日本刀の発祥は我が国ニダ』とかほざいてるお隣さんとか。


「ま、待って頂けませんか?今確認を取ってきますので…」

「それはもう聞き飽きた。今すぐ制圧に向う、そこを退け」


同じような事しか言わない馬鹿共に嫌気が差した私は、威圧を強くして無理矢理追い払おうとする。

しかし、隊長は退かない。

……否、退けないと言ったほうがいいかも知れない。

私の殺気のこもった目で睨まれて、動けなくなっているようだ。

少し弱めたら動いてくれるか?


「――っ!!ハァ……ハァ……」


威圧を弱めると、まるでプールから上がってきた直後のように息を荒くしてしゃがみ込む隊長。

横に居た隊員達はみんな逃げた。

コイツもそうなるだろう。


「行け」


〈迷宮〉を指差して命令し、シモベ達を中へ送る。

私の命令に従って行動を始めたシモベ達が続々と中へ入っていく。

後は数の暴力によって潰されていくだけ。

最初からこうするべきだったな。


「これならわざわざ指揮を取る必要もないな。ここで待つとするか」


暇つぶしも兼ねて魔力をこねながらシモベ達が〈迷宮の核〉を持ってくるのを待つ事にした。






「ん?見つけたか」


魔力を練る事に没頭していたせいで、時間を忘れていた。

あれからどのくらいの時間が経ったかは知らないが、恐らくそこまで長い時間は経っていないだろう。

〈迷宮の核〉は、核を見つけたゴブリンに持たせ、突入していたオーガを護衛として持ち帰らせる。

…オーガに持たせないのは、勢い余って握り潰さないようにするためにだ。

とりあえず、これで今回の目標は達成だ。

核さえ手に入れば古河のジジイなどどうでもいい存在だ。

そもそも、核がこちらの手の中にある時点で奴の生殺与奪は私の気分次第。

気付いた頃にはもう遅い。


「ふふ…」


勝ちを確信した私は、思わず頬を綻ばせ声が漏れてしまう。

すると、黒い車が猛スピードでこちらへ向かって来ているのが見えた。

……ようやく来たか。

黒い車は私の軍勢の横に停まると、中から六十代くらいの男性が降りてきた。

古河氏だ。


「た、頼む!話をしよう!」


明らかに焦った様子で私に交渉を持ち掛けてくる古河氏。

まあ、少し話すくらいなら良いだろう。


「話ですか……では、こちらから質問させてもらいますよ?突然訪問したのは申し訳ないと思いますが、、二時間待っても来なかったのですか?」


『どうして』の部分を強調して笑みを浮かべながら質問する。

こうすれば、未だに威圧感が漏れ出ているせいで、子供でも私が怒っている事には気付くだろう。


「そ、それはですね…その時手が離せない状況でして、それで中々そちらに行けなかった訳でして……」


ふ〜ん?

随分と苦しそうじゃないか。

手が離せない状況ねぇ?


「でしたら、『今は忙しいので、もう少し待ってほしい』や『、今日は都合が悪いので、また日を改めて話したい』と言えたのでは?私の所には、『古河氏は多忙ですので、もう少し待っていただきたい』としか話が来ていないのですが…これはどういう事ですか?」


あの話し方は、その場しのぎとしての苦しい言い訳にしか聞こえない。

上司から適当な指示をされて、どう対応していいか分からずあたふたする部下の姿だった。


「それは……三十分ほどで終わる予定だったのですが、予想以上に時間が掛かり――」

「でしたら、『予想以上に時間が掛かりそうなので、今は行けそうにありません』などと言えたのでは?私の所には、そんな話は一切来ていませんが?」

「す、すいません!そのように伝えてくれと言うのを忘れていまして…」

「忘れていた?私は何度も貴方に確認を取るよう頼んだはずなんですがね?それに、まだかと聞けば『確認を取ってきますので』という答えが何度も返ってきたんですが。これはどういう事でしょうか?」

「……」


ふっ、かなり苦しそうだな。

黙るという事は、言い訳が難しいんだろう。

本当に手が離せない事があったとしても、私が言ったように『今は行けそうにない』や、『今日は都合が悪いので日を改めて』と言えたはず。

それをしなかったんだから、さぞ忙しかったんだろう。


「…まあ、そちらにはそちらの事情があるのでしょう。私からは以上です。それで?話したい事とはなんですか?」


とりあえず、大した理由は無いことは確実だ。

これ以上私から聞くような事はない。

あちらの言い分を聞こうじゃないか。


「それはですね…私の〈迷宮〉から手を引いていただきたいという事です」

「そうでしょうね。予想通りです。ですので、私も予想通りの返事しましょう。『お断りします』」


容赦なくお願いを突っぱねる。


「ど、どうしてですか?」

「どうして?まさか、分からないんですか?」


なんだコイツ……本当に元在米日本大使か?


「そうですね……敵の首都制圧を目前に、相手側から『手を引いてほしい』という交渉をされて、それを受け入れた国なんてあるのですか?あるなら是非教えてほしいですね。知識として記憶の最奥にでも保存しておきます」

「そ、それは……」


そこまで進軍して、いざ首都制圧となった時に交渉を持ち掛けられたとして、軍を退かせるなんてあり得ない。

それまでにどれだけの犠牲を強いたか知らないが、戦にはそれに見合うだけの戦利品が必要だ。

私は別に大したものは失っていないが、ここまで来た以上、今更退くなんてあり得ない。


「それに、私の目的の物は既に私の手中にあるので」

「ほ、本当ですか!?」


ん?

コイツ、また勘違いしてるな…

真実を知った時の表情が楽しみだ。

私は、わざと微笑みながら優しく『目的の物』について語る。


「ええ。この〈迷宮〉の核は、私のシモベが既に回収済み。後は、シモベが核を持ち帰るのを待つのみです」

「……え?」


…そんなに受け入れられないような事か?

私が進軍してくる目的なんてこれしか無いのに。

…そう言えば、古河氏は殆ど〈迷宮〉を管理してないんだったか?

だとすれば、〈迷宮〉にあまり詳しくないと考えたほうがいいか。


「そ、その、私の〈迷宮の核〉は既に貴女の手の内なのですか?」

「そう聞こえませんでしたか?」

「そんな……」


古河氏はその場にへたり込んでしまう。

〈迷宮〉に関する知識は疎くても、核を奪われればどうなるかについては知っているようだ。


「ど、どうか御慈悲を……」

「慈悲?随分と大きく出たじゃないか」

「え?――!?ッァァァアアア!!」


土下座をして私に慈悲を求めてくる古河の手に、私は刀を突き刺した。

古河は刀から手を抜こうとするが、地面にも突き刺さっているので刀が抜けることはない。

それどころか、下手に動かしたせいで傷口が更に広がった。


「今のお前は私に命を握られている。そうだろう?」

「は、はい!その通りでございます!!」

「なら、求めるべきは慈悲ではなく、命の保証だろう?『他の何はどうなっても構わない。だから命だけは助けてほしい』そう懇願すべきなんじゃないか?」


私が冷ややかにそう言うと、古河は苦痛に歪んだ顔を上げて視線で何かを訴えてきた。

……燃やすか。


「ぁぁああああ!!」


視線で何かを訴えてくる古河の頭を燃やし、髪をすべて焼き尽くす。


「視線で訴えるだけでは伝わらないぞ?ちゃんと口に出せ」

「それは……それは……」


『止めてください』

そう言いたいが、それを言って私に何をされるか分からない以上、簡単には言えないだろう。


「ん?どうやら核を回収したシモベが帰ってきたようだ。先にそっちを済ませておこう」


あえて手に突き刺さっていた刀を抜き、自由に動けるようにする。

そして、ちょうど帰ってきたシモベから核を回収すると、〈迷宮の核〉の〈支配〉を開始した。

〈ダンジョンコア〉の場合は〈占領〉

〈迷宮の核〉の場合は〈支配〉というらしい。

なんだか逆な気もするが、そこにはツッコまないでおこう。

〈支配〉を開始すると、突然古河が苦しみ始めた。


「ん?……あぁ、〈支配〉の完了と同時旧支配者が死ぬようになっていたな。これは無しにしておこう」


旧支配者の死をOFFにすると、古河は少しだけ苦しみがマシになったようだ。

そのお陰か、私に質問をしてきた。


「私は……この後どうなるのですか?」


この後どうなる、か…


「さあな。お前は〈支配者強化〉もしていなければ、若くもない。戦闘員としてはまったく役に立ちそうになさそうだ。だから、私から何かしたりはしない。日本がいいというのなら、そのまま現職を続けてくれて結構。戦力外通告だ、勝手に生きてろ」


こんな弱すぎる老いぼれを戦力として数えるなんて事はしない。

足手まといでしかないんだから。

それなら適当に放置しておけばいい。

放し飼いでもしておこう。

そして、〈迷宮の核〉に私の魔力が大量に流れ込み、〈支配〉が完了した。


「ほぅ…たんまり蓄えてるじゃないか」


二ヶ月間放置されてきた分のエネルギーが手付かずで手に入った。

これだけエネルギーがあるなら少しは奮発してやってもいいか。

ポーションを二つ作り、手と頭に掛けてやる。


「これで手の傷と火傷、毛根が回復するだろう。それと、もしかしたら呼ぶ事があるかも知れないから、その時はすぐに来い。いいな?」

「は、はい!」


さてと、これでここは制圧出来た訳だが……この〈迷宮〉をどうするか。

シモベや罠を配置すると維持コストが掛かる上に、核を破壊されるとせっかく増えた一日の総エネルギー獲得量が減る。

…取り壊すか。

〈迷宮〉を壊すという意志を核へ流し込んでみる。

すると、突然地面が揺れ始め、〈迷宮〉の中から『ゴゴゴゴ』という何かが崩れ落ちる音が聞こえてきた。

そして、〈迷宮〉の入口が崩壊を始め、小石程まで砕ける。


「これは……崩壊した〈迷宮〉が核へ吸い込まれているのか」


崩壊した〈迷宮〉は、瓦礫が浮かび上がりあり得ないような形になって核へ吸い込まれていく。

そして、ものの一分ほどで〈迷宮〉は完全に消えてなくなった。

これで〈迷宮〉は無くなった訳だが……近くの〈ダンジョン〉まで歩いて帰ることになったな。


「〈支配領域内転移〉をしてから壊したほうが良かったな…」


そんな事を呟きながら溜息をついた。


「一度〈ダンジョン〉まで戻るぞ」


諦めてシモベ達に命令を飛ばし、そのまま〈ダンジョン〉へと戻った。

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