第15話
「ふんふん〜♪ふふ〜ん♪」
私は、珍しく鼻歌を歌いながら作業をしていた。
予想通りとはいえ、あの大軍勢を丸々手に入れたのは嬉しい。
今日は久しぶりに寝るとしよう。
まだ活動出来るとはいえ、明日は今後の私の活動に関わる一大事。
しっかり休んで調子を整えておいたほうがいい。
「約四千匹のシモベが、この程度の労力で手に入ったんだ。少しは休んでも良いだろう」
適度な自分へのご褒美は、モチベーションアップにいい。
本当なら酒を飲みたいが……まあ、それは最低でも東京を支配下に置いてからだな。
〈支配領域内転移〉によって自室へ戻ると、召喚を使って魅香を呼び寄せる。
「お帰りなさいませ、織田様」
「あぁ、ただいま。そしてありがとう、魅香。私が不在の間、何かおかしな事は無かったか?」
「そうですね……何度か人間が侵入してきました。しかし、入口付近を少し調べるだけで引き返してしまいましたが…」
恐らく、〈迷宮〉の一階層に居るアイツ等を救出しにきたんだろう。
入口付近をを調べるだけという事は、今回は偵察程度で終わらせたというところか?
意外と行動が早いな。
「あと、侵入してきた人間達が重そうな袋を積み上げて、入口を封鎖していますが…どうされますか?」
「重そうな袋?……あぁ、土嚢か」
確かに入口周辺に土嚢を積んでいるな。
あれで、私達が外に出るのを防ごうという魂胆だな?
あの程度でオーガを止められるはずが無いんだが……まあ、無いよりはマシか。
「問題ない、放置しておけ」
「畏まりました。以後見かけても放置するようにします」
「そうだな。あれ以上広範囲に広げるようなら壊してもいいが……まあ、あちら側の出方次第だな」
さて、これから寝るならもう少しだけ魅香をここに残して置いたほうがいいな。
自衛隊が攻めてくる可能性がある以上、ゆっくり睡眠を取れる保証がない。
魅香には悪いが、もう少し残ってもらおう。
「私はこれから三時間程寝る。その間、引き続き〈迷宮〉を守ってくれないか?」
「勿論です。お任せください、織田様」
「信恵と呼んでくれ。織田はなんだか違和感がある」
織田様は語呂が悪い。
聞いていて少し違和感を感じてしまう。
……まあ、これまでずっと柳沢か小町で呼ばれてきたせいかも知れないな。
「畏まりました。これからは信恵様と呼ばせて頂きます」
「ああ。では久しぶりに寝るとしよう。その間、頼んだぞ?」
「はい。この命に代えてでも、信恵様の〈迷宮〉をお守りします」
流石に命の危険を感じたら撤退してほしいが……まあ、それくらいの覚悟でやると受け取っておこう。
久しぶりに布団を用意して横になると、思っていたよりも早く眠りについた。
翌日
「すまないな。何時までもここに居させて」
「いえいえ。忠実なシモベとして当然のことです。気にしないで下さい」
「そうか……では、行ってくる」
「ご武運を」
私は魅香に挨拶して昨日〈占領〉した〈ダンジョン〉へ転移した。
既に命令は出してある。
入口手前に凡そ三千のシモベが待機している。
……改めて見ると圧巻だな。
こんな光景、あのまま社会人として生活していては見る事は無かっただろう。
これから行うことは、下手すれば戦争へ発展しかねない危険な行為。
それでも、これだけの戦力を持って脅せば、流石に話し合いで解決しようとしてくるはずだ。
そうで無ければ……武力行使で無理矢理支配する他ないな。
「入口周辺に敵は居ない……さて、始めるか」
私は最前列に立ち、この場に居る全てのシモベに命令を飛ばす。
――総員、出陣――
命令を受けた三千のシモベ達は一斉に動き出し、私の後に続いた。
外に出れば、一般人の注目の的になるだろう。
数百人単位の人に見られ続けるのは緊張するが、情けない姿は見せられない。
私はこの三千の軍勢の支配者。
頭がそんな弱腰では、全体が笑い者にされる。
それでも、いざその時が目前に迫っていると考えると、体が小さくなる。
(何を恐れている?私はこの大軍勢の支配者だぞ?いくら自衛隊が強かろうと、数の暴力には勝てない。航空戦力の差?そんなもの、私と魅香の圧倒的な個としての力でねじ伏せればいい。そうだ……私は強い!)
「いくぞ…私のシモベ達」
胸を張り、しっかりと前を向いて堂々と歩く。
これなら笑い者にはされないだろう。
そして、私は〈ダンジョン〉の外に出た。
「ねぇねぇ、あれヤバくない?」
「アレってアイツだよな?自衛隊を全滅させた〈迷宮〉の支配者」
「モンスターを率いてるぞ……何体居るんだ…?」
「通報したほうがいいのかな?」
「写真撮っとこう」
街行く人が私のことを見て目を丸くしている。
そして、車はバックしたり徐行したりして道を開けている。
……まあ、思いっきり車道のど真ん中を行進してたら、車も徐行するか。
万が一ぶつかろうものなら何されるか分からないだろうし。
「止まりなさい!そこの貴女!すぐに止まりなさい!!」
サイレン音と共に複数のパトカーが現れ、私の進行の邪魔をしてくる。
さてどうするか……無理矢理退けてもいいが、攻撃するのは不味い。
オーガのパワーなら車を退けるくらい容易い。
無理矢理押して道を開けるか。
パトカーを指差して左右に居るオーガに視線を送ると、オーガ達はパトカーに向かって進み始めた。
「なっ!?す、すぐにその化け物を止めろ!!公務執行妨害罪で逮捕するぞ!!」
……はあ?
まさかと思うが、この国の法律で私を止められると思ってるのか?
今更私が日本の法律を守る理由なんて無いんだが……
本気で首を傾げたくなるのを必死に抑えていると、オーガ達が進行を妨害するパトカーを押して退けた。
「ご苦労」
警察にも聞こえる大きさでそう言って、私は無理矢理道路脇に寄せられたパトカーの間を通った。
さっきまで『止まれ』と叫んでいた警察も腰を抜かして私を見る事しか出来ていない様子。
このまま大した妨害を受けず通りたいが……特殊部隊が来たら面倒だな。
「ま、待て!」
まーだ警察が何か叫んでる。
無視だ無視。
もはやお前等の力ではどうにも出来ないんだから、さっさと特殊部隊を送ればいいものを。
もしや、特殊部隊が到着するまでの時間稼ぎをしてるのか?
昨日手に入れた〈人食い鷹〉を使って偵察してみるか…
私は上を向いて、空で旋回しながら少しずつ前に進んでいる鷹に命令を出す。
後は、〈支配者の目〉を使って偵察すればいい。
……そう言えば、鳥は目が良いんだった。
かなり遠くまでよく見える。
偵察に重宝しそうなシモベだな。
「チッ!おい、止まれ!!」
いつの間にかパトカーから降りた警察が、私の直ぐ側まで走って来ていた。
一応、一定以上の距離に近付いてきたら、オーガに止めるように命令してあるが……乱雑にやらないか心配だな。
「―っ!?イテテテ!!」
…見事なフラグ回収だったな。
まさか、こんなに雑に腕を掴むとは…
「はぁ…力を緩めろ」
「くぅ……痛え…万力で潰されたみたいに痛え……」
オーガに掴まれた腕を抑えながら、何かブツブツと呟く警察官。
私は、それを無視して進む。
すると、警察官は痛みを必死に堪えながら追いかけてきた。
「お前、こんな事をしていいと思っているのか?」
「……」
「お前のしていることは列記としたな犯罪だぞ?刑法によって裁かれるぞ」
「……」
コイツ、まだ私のことを日本国民だと思っているのか?
確かに戸籍上私は日本国民だが、もはや法が通じる相手ではない事が分かっていないんだな。
…そもそも、法が通じたとして私は既に何十人という数の人を殺している。
今更『これは犯罪だぞ』と脅されても遅いんだが…
「お前は、私が誰だか知ってそれを言っているのか?」
「ん?もちろん知っているぞ?何十人の人の命を弄んだクソ外道だろ?」
酷い呼ばれ方だな……
まあ、強ち間違ってはいないとはいえ、流石にその言い方は腹が立つ。
…そんな事より、今は必要な事を言っておくべきだな。
「そうだな。私はそういう奴だ。そんなクソ外道に、法律だの犯罪だのが通じると思うか?」
「……そうだったとしても、これはどういう目的でやっているんだ?…まさかと思うが、民間人を虐殺しようだなんて考えて無いよな?」
そうだと言ったら、コイツはどんな反応をするんだろう?
少し気になるが、そんな下らない事をするつもりはない。
「この先にある〈迷宮〉を制圧する」
隠す必要はない。
そもそも、これだけ大々的に戦力を動かしているのなら、隠せるはずがない。
「この先の〈迷宮〉……まさかっ!?」
「ああ。古河氏の〈迷宮〉を制圧しに行く。彼が自分から降伏申し出るなら危害を加える気はないが……抵抗するなら殺す」
私が条件を提示するだけの価値のある存在であれば、二つの選択肢を与えよう。
『死か服従か』
勇猛果敢に戦って死ぬか、命を惜しんで私の支配下に入るか。
どうするかは相手次第だ。
「ちょっと待ってくれないか?こちらから古河氏に連絡を取ろうと思うんだが……」
「…お前には古河氏と繋がりがあるのか?」
もしそうだとしたら、コイツの価値は非常に高まる。
古河との交渉に役立てられるかも知れないからな。
しかし、予想の範囲内の答えが返ってきた。
「いや、警察として連絡するという意味だ」
「そういう事か……だが、一応〈迷宮〉の前までは行かせてもらう。それの邪魔はするなよ?」
まあ、ただの警察官が政治家と関わりを持っている法がおかしい。
普通の答えだな。
…さて、一応効果はあるかは知らないが釘を刺してみた。
このまま何事もなく進めればいいんだが。
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