第14話

夜 千代田区某所


「アレか…今回の目標は」


私は通行人を装って千代田区に存在する〈ダンジョン〉を観察していた。

予想通り自衛隊が警備しており、正面から行っても門前払いだ。

強行突破しようにも、周りの建物の監視カメラに映っているかも知れない。

……ソレを言ってしまうと大抵の事は監視カメラに映る可能性がある。

だから、一応警戒する程度で済ませて、人がいないタイミングで強行突破する。

それまでは世間話でもして時間を潰す。

そのために、わざわざ伊達メガネとマスクをしてきたのだから。


「こんばんわ、自衛隊さん」

「こんばんわ。どうかされました?」

「ん〜?暇だったから、自衛隊さんと話してみたいなぁ〜って思ってね」


人と上手くやる努力は高校生時代や、社会人になってから嫌というほどやってきた。

猫を被り、自分らしくなく振る舞う事など容易い。


「それでここに来たと……確かにここなら四六時中、自衛隊の誰かが居るからな。いいぞ、何が聞きたいんだ?」

「そうだなぁ〜…じゃあ―――」


意外だな。

まさか、こんな簡単に話に乗ってくれるとは。

『仕事中だから無理』と、断られるかと思っていたが……ノリの良い奴だな。

まあ、こういう奴が居たほうが都合がいい、悪くはないな。

こうして、私はこのノリの良い自衛官と世間話をして時間を潰した。


そして、ここが見える場所から人が居なくなった事を確認した私は、懐から一本のナイフを取り出して、目の前の自衛官のこめかみに突き立てた。


「えっ?」


突然の凶行に、周りの自衛官も困惑している。

数は二人。

持って来ていたナイフは今使ったのと合わせて五本。

一人一本で充分だ。

もう一度懐からナイフを取り出し、同じように自衛官のこめかみに突き立てる。

ソレをもう一度繰り返せば終了。

私は、彼らの死体を亜空間へ収納すると、〈ダンジョン〉へ潜っていった。






「二度目の〈支配者強化〉で得られたモノは大きいな。まさか、〈空間収納〉が使えるようになるとは」


二度目の〈支配者強化〉を行った結果、ファンタジーの定番、収納魔法やストレーの類を習得した。

他にも色々と出来ることは増えたが、正直〈空間収納〉と比べると見劣りするため後回しだ。

今すべきは〈ダンジョン〉の制圧だ。


「大きさは、凡そ三階層。強力なモンスターの気配は無し。初期の支配者が〈占領〉するためのチュートリアル〈ダンジョン〉か」


まさか、こんなに面白くない〈ダンジョン〉だったとは…早急に攻略して、少しでも獲得できるエネルギー量を増やさなければ。

そう思って走り出すと、数分でモンスターが現れた。


「チッ、ただのオオカミか。雑魚のくせに邪魔するな」


現れたのはオオカミ。

数は六匹で、大した量じゃない。

〈空間収納〉から刀を取り出してすぐにオオカミ共を八つ裂きにすると、再び走り出す。

二度目の〈支配者強化〉を行ったお陰で、体が軽い。

これなら一時間も掛からずに〈コア〉を回収出来そうだが……そう上手くは行かないか。


「なるほど……これは、シモベを率いて戦う事を前提として作られているのか?…あまりにも数が多すぎる」


私の目の前には合計百匹以上の様々なモンスターが居た。

ただ、その殆どがゴブリン、スライム、ラットで構成されており、比較的強いモンスターもオオカミだけという、いかにも『集団戦チュートリアル』という構成だった。

…シモベを連れてくるべきだったな。

今では、〈迷宮内〉という、あまりにも私に有利な環境だった。

アウェーでの指揮にはあまり慣れていない。


「いきなり実戦をしてはどこで躓くか分からない……かと言って、目に見える威圧として大量のシモベを率いる必要のある今回の作戦では、私の〈迷宮〉からシモベを出すとなると確実に自衛隊に妨害される…」


ラットを使って確認してみたが、私の〈迷宮〉の前には大量の自衛隊が待ち構えていた。

銃で武装しただけなら、数の暴力で押せばいい。

だが、戦車を出されたら面倒だ。

もっと言うと、攻撃ヘリ、対地ミサイル、後は野砲辺りを出されると何もできなくなる。

本当に手が出せないのは戦闘機だな。

音速で上空を飛び回る以上、攻撃ヘリのように何か投げて落とすことも出来ない。


「やはりここを抑えるのは確定だな。指揮の練習が出来ないのは残念だが、仕方ない」


迫りくるモンスターの群れに手をかざし、〈支配者強化〉で新しく手に入れた魔法を使う。


「――〈マジックキャノン〉」


術を構築し、それっぽく魔法の名前を言うと、手のひらに収束、レーザービームのように放たれた。

……中学生男子が喜びそうな魔法だな。

率直な名前だが、無属性の魔力砲撃を行うことで、直線上の全てを薙ぎ払う事が出来る。

欠点としては、


・術の構築が比較的難しい事。

・魔力の消費が激しい事。

・誤射をすると洒落にならない事。


この三つだろう。

そもそも、誤射をしている時点で不味いのだが……この魔法は桁違いだ。


「――――塵も残らないとはこの事か」


直撃を受けたモンスター達が、跡形もなく消し飛んでいた。

威力が高過ぎる。

……見せしめとしては有効そうだが、使い所が限られるな。

しかし、かなりの可能性を秘めている。

調整次第では放物線上に飛ぶ事から、こちら側も砲撃を行えるようになる。

砲兵は戦場の人気者だ。

味方からは心強いアタッカーとして。

敵からは最も早く潰すべき脅威として。

ソレを手に入れたと考えれば、この魔法――名前を呼ぶのが恥ずかしいから、これからは〈砲撃魔法〉と呼ぶ事にしよう――は素晴らしい魔法だな。


「問題は誰に覚えさせるかだな……ゴブリン…は無理そうだし……新しく呼び出せるようになった〈ピクシー〉に覚えさせるか」


ピクシー=妖精


妖精なら魔法の扱いに長けてるだろう。

……ゴブリンも一応妖精の仲間なんだがな。

まあ、肉弾戦に特化した妖精と考えれば……いや、オーガで十分だな。

…ま、まあ?現段階で弓を使える者が他に居ない以上、弓兵として使おう。

……相手はアサルトライフルやマシンガンを使ってくるが。

そうか……早急に自衛隊基地を制圧して、銃を奪うのも有りだな。

もしかしたら、戦車や装甲車両が手に入る可能性もあるわけだしな。

…まあ、ゴブリンやオーガを突撃させた所で勝てるとは思えないし、現段階では止めておこう。

これ以上国家権力を敵に回すのは不味い。


「…ん?私、いつの間にモンスターを倒してたんだ?」


そう言えば、考えてるのを邪魔する形で私に突っ込んで来てたな。

適当にあしらっていたつもりだったが、いつの間にか全滅してるじゃないか。

……まあ、何はともあれ〈コア〉を回収しに行くか。

私は、これ以上深く考えるのは止めて、〈コア〉の回収に向かった。





三階層最奥


「おいおいおい……いつからここダンジョンは関ヶ原になったんだ?」


三階層の最奥の部屋に入ってみると、その先はとんでもなく広い平野へと変わっていた。

途中まで洞窟タイプだったにも関わらず、この変化は何だ?

まさか、あの先に見える大軍勢と戦うため?

私の視線の先には、軽く数千は居そうな数のモンスターが集まっていた。

もはや、『群れ』ではなく『軍勢』と呼んだほうがいい程だ。


「ご丁寧に旗まで掲げて……黄色一色の模様無しに一体どんな意味があるかは知らないが、まあ、特に理由はないんだろうな」


『軍勢が待ち構えているぞ?どうする?』という事を、一目で分かるようにしたんだろう。

流石にあの大軍勢を一人で相手するのは無理だ。

こちらも軍を用意したい。

…しかし、私はシモベを一匹も連れてきてはいない。

〈召喚〉で呼ぶ事も出来るが、あの大軍勢に対抗出来るだけの戦力を呼ぶ魔力は持っていないし、エネルギーを使った召喚は以ての外。

そもそも、アレとぶつかればこちらの損害は計り知れない。


「〈コア〉はあの奥か……砲撃魔法で強引に突破して、〈コア〉だけ回収しよう」


もしかしたら、この大軍勢が丸々手に入るかも知れない。

更に言うと、道中で戦闘を回避してきた場面が多々ある。

そこ居た奴等も手に入るのなら、一体どれほどのエネルギーが浮くか。


「エネルギー節約のためにも、出来るだけ倒さずに進もう」


私は深呼吸をして気持ちを切り替えると、全力で走り出す。

既に砲撃魔法の構築は始めている。

大軍勢に最接近する頃には構築が完了するはず。

一応、三つ同時に構築しているが、全て構築速度はバラバラ。

出来れば三つ以内で〈コア〉まで到達したいが……おっと、そろそろ時間か。


「まずは―――一発目!」


ギリギリまで引き付けてから砲撃魔法を発動し、直線上に存在するモンスターを消し飛ばした。

しかし、全てのモンスターを消すことは出来なかった。

まあ、それは想定内。

私はガラ空きになった部分をまっすぐ進む。

当然、横からモンスターが強襲してくるが全て回避して走り続ける。


「チッ、予想以上に穴を埋めるのが早い……指揮官が居るな?」


私の進行を妨害するのなら、砲撃魔法で出来た空白地帯にモンスターを再配置すればいい。

それだけで、私はもう一度砲撃魔法を撃つ必要がある。

まだ走り続ける事が出来るだけの隙間はある。

持って後十秒か……二発目の構築は終わっていて、三発目も三分の二は終わっている。

四発目はまだ三分の一も出来ていないが、早いうちから五発目の構築をしておくか。

……っ、そろそろだな。

…五……四……三……ニ……一!!


「――二発目ッ!!」


私の前方に魔力の塊が現れそこから無属性の魔法攻撃が行われた。

一直線に進む砲撃魔法によって再び穴が出来上がると、私はそこへ飛び込む。

しかし、そこで予想外の敵を見つけた。


「空から!?それは聞いてないぞ!!」


上空から大きな猛禽類らしき鳥が落ちて来た。

鳥は確実に私を狙っており、下手すれば脳天を一突きされるかも知れない。

しかも、わざわざ散開してこちらへ向かって来ている。

砲撃魔法で一網打尽に出来ないよう、対策しているか。


「チッ!術の構築を邪魔しやがって…」


私は悪態を付きながら空からの攻撃に警戒する。

穴が埋まるまでにはまだ時間がある。

しかし、上の警戒をしないといけない以上、速度が落ちている。

三発目の構築を遅らせて、四発目五発目の構築を早めるか。

三発目はもうすぐで構築が終わる。

多少時間が伸びたところで微々たる差。

穴が埋まるまでには構築が完了するはずだ。

その時、一羽の猛禽類の鳥に似たモンスターが、真正面から突っ込んで来た。


「クソッ!邪魔するな!!」


私は体に当たる前にソイツを殴り飛ばして直撃を回避した。

感触的に今の一撃で首の骨が折れたな。

鳥類は空を飛ぶために骨が軽いらしいが……折れやすいのか?

翼は鳥にとっての第二の心臓のような大事な基幹のはず。

そんなに脆くて大丈夫なんだろうか?

……もしくは、ただ単に私の力が強過ぎるだけか。


「航空戦力が手に入るのは嬉しいが、こんな鳥では簡単に撃ち落とされそうだな……――っと、そろそろ砲撃魔法を使わないと不味いな」


穴が再び埋まってきたのを確認すると、三発目の構築を早めて一気に完成させる。

そして、いつでも撃てるようにスタンバイしながらその時を待つ。


「……動きが遅い?」


前方に魔力の塊を出したまま走っていると、体感的に穴が埋まる速度が落ちたような気がした。

もしや、指揮官が砲撃魔法を警戒しているのか?

一撃で直線上の戦力が全て消失するのは痛いだろう。

出し渋っていると考えて良いだろう。

となるとこれはチャンスだな。

この気に少しでも遠くまで走る。

幸い、砲撃魔法をちらつかせてから猛禽類が私を狙うの止めた。

このまま三発目を最後の一発に出来るくらいまで走りたいな。


「恐らく中腹辺りは既に越えているはず。案外行けそうな気がしてきたぞ」


そして、そのまま三十秒程走った当たりで穴がほぼ埋まった。

それを見て三度目の砲撃魔法によって穴を開け、最後の疾走を始めた。

目算で凡そ二百メートル。

今の私はウサ○ン・ボ○トよりも遥かに早い。

五秒もあればそれくらいは走り切れるだろう。

ゴールは目前になり一秒がとても長く感じる。

社会人時代のランニングの感覚で考えているせいか、一秒で走った距離を十秒以上掛けて走っているような気分だ。

……また一秒経ったんだろう。

実際の速さと思考の速度があっていないせいで、正確な時間が分からない。

しかし、軍勢の中を走り抜けるまであと少しだ。

もしかしたら、私の目算よりも短かったかも知れない。

何故なら、もう軍勢の最後尾が見えているから。

あと一秒もあれば超えられる。


「――ぁぁああああ!!」


自然と声が出てきた。

すると、その雄叫びに合わせるように若干速度が上がる。

そして――――


私は軍勢の中を突っ切る事に成功した。

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