第34話
基地の制圧を完了した俺は、魔王様の指示通り十階層最奥に設置された転移門を使用し、魔王城へ飛ぶ。
やって来たのは魔王城の中でもかなり高い階。
詳しい階は分からないが、隊長や副隊長クラスの上の奴らが来るような場所だ。
「…やはり、体を清めてからのほうが良かったわね」
「ん?なんか言ったか?隊長」
「いいえ?魔王様が待っておられます。ついてきなさい」
「あいよ」
……聞こえてないとでも思ったか?
確かに、一度風呂に入りてぇが……まあ、魔王様の指示だろうな。
魔王様は俺が多少臭かろうと気にしない。
俺達はかなり気にするが…まあ、魔王様が『そんなの気にしないから早く来い』と言うなら、従うしかない。
ここで我を通そうとするのは、元支配者の連中くらいだ。
アイツら、元人間だからか魔王様への忠誠が感じられねぇ。
もちろん、ガチで忠誠を誓ってるヤツは居る。
それでも、ほとんどは支配下に置かれたから言うことを聞いているだけで、忠誠心なんて持ち合わせてない。
(敗者は勝者に従う。自分を打ち負かした強者の言うことを聞くのは当然だろうが。それなのに、アイツらは……)
思い出しただけでイライラする。
忠誠心なんて無いくせに、俺よりも高い地位に居るのも気に食わねぇ。
だが、一番は魔王様に従わない事だな。
魔王様は、『この国の人間は大きな戦に負け、牙を抜かれてしまっている。腑抜けか口だけの人間しかいないさ』と言っていたが…まさにそれだ。
「……これから魔王様に会うというのに…それに、お前が嫌っている連中のほとんどはお前より強くて、立場も上だ」
「んなこた分かってる。だから気に入らねぇんだよ」
「仕方ないだろう。私達よりも、元支配者のほうが強くなるように設定されているんだ。強者に従う。それはお前が一番良くわかっているだろう?」
チッ…
隊長なら分かってくれると思ったが……いや、分かってるからか。
隊長は魔王様への忠誠が振り切れてる。
命令とあらば、どんな事も遂行するような奴だ。
実力はアレだが…俺達第一部隊の中でも、忠誠心は最上位。
その点は本当に尊敬するよ。
俺も、命は惜しい。
忠誠心の面では、隊長に勝てないことをつくづく感じていると、俺の倍以上の巨体を持つオーガと鎧霊が見えてきた。
「……いつ見ても恐ろしいな」
「ええ。雑種の私が言うのもなんだけど…紛い物の分際でここまで強くなれるのは、流石魔王様としか言えないわね」
こいつ等は…一言で言えば『バケモノ』だ。
魔王様が、気が遠くなるような量のエネルギーを消費してお造りになられた、正真正銘のバケモノ。
一体一体が俺はおろか、元支配者の隊長よりも強いという、『魔王・織田信恵』がどれほどの力を持っているかを体現したような存在。
コレに単騎で勝てる者は、魔王軍に5人しか居ないと言われている。
その5人は、陸海空の大将達、第一部隊最強の切り札、魔王の影・クロ様という大物揃い。
それ程の大物と肩を並べる程の力を持ったシモベが、12体ずつの合計24体居る。
「……いったい、いくら使ったんだか」
「さあ?魔王様の愚痴を聞く限り、このオリハルコンの鎧を身に纏った鎧霊を造らなければ、数十年掛けて進めるはずの計画を、十年と掛からずに進められたそうだ」
「こっちの紛い物の事も考えると……いや、言わないでおこう」
言えない。
恐ろしすぎて言えない。
『エネルギーの無駄遣い』だなんて恐ろしい事、口が裂けても言えねぇな。
「紛い物も紛い物で、オーガ種の最上位である、キング・オーガで固められている。それを三大将並みの強さにまで強化し、元支配者の隊長と同じ装備が配られている。本当、気の遠くなるような量のエネルギーを使われたのね」
「コレがその真価を発揮する時が来たら…俺は死んでるかもな」
この、通称『最後の番人』は、万が一何者かに魔王城がここまで攻め込まれた時の、切り札として利用される予定らしい。
あとは、魔王軍が瓦解した時の、重要な戦力の一時的な穴埋めとしても使うんだとか?
そんな状況になるということは、魔王軍は相当な不利状況に立たされている事になる。
果たして、その時俺は生きていられるかどうか…
「ついたぞ。背筋を伸ばせ」
「あぁ…そうだな」
考え事をしている内に、謁見の間の前まで来てしまった。
竜でも入れるのか?と思うほど大きなふすまの奥から、『最後の番人』が可愛く感じるほどのプレッシャーを感じる。
思い込みの影響もあるだろうが…これは、間違いなく魔王様の覇気だ。
この強さの覇気は…過去一だな。
やべぇ…俺、ちゃんとできるのか?
生きてここから帰れるか?
…いや、魔王様が俺のことを殺すことはないだろうが…無礼な事をすれば、第一部隊の中での地位が死ぬ。
表には出さないが、内心ビクビクと生まれたての子鹿のように震えながら、ひとりでに開いたふすまの奥へ進む。
そして、定位置までやって来ると、魔王様が口を開いた。
「ご苦労だったな、鬼羅」
「っ!あ、ありがとうございます、魔王様」
隊長が言ったのか?
それとも、あの魔王様の奥に立っている輪郭の朧気な女――クロ様か?
…いや、どちらにせよ、魔王様は俺の名前を把握してる。
その事をいちいち気にするな!
集中しろ!
「そう固くなるな。もう少し肩の力を抜くといい。……まあ、できなければ結構。本題に入ろう」
「は、はち!―――!?」
やべぇ!噛んだ!!
「し、失礼しました!魔王様!!」
「なに、気にするな。それよりも本題だ。この世界最強の軍隊……いや、『元最強』の軍隊と戦った気分はどうだ?」
『元最強』…今は、俺達が最強ってか。
確かに、やり様によっては魔王様一人で世界を滅ぼせる。
守りに徹し、その間魔王様が一つ一つ〈ダンジョン〉や〈迷宮〉を支配していけば、それだけで世界は魔王様の物だ。
そんな、魔王様の居る我ら魔王軍こそ、世界最強の軍隊と言える。
「…率直な意見としては、『敵ではない』です」
「ほう?大きく出たな」
だってそうだ。
俺程度でさえ蹴散らせるような連中だ。
魔王様からすれば、吹けば飛ぶような脆弱な軍隊。
俺達の敵ではない。
「殺さないよう手加減するのに、苦労するほどの連中です。あれが世界最強……失礼しました。“元”世界最強なのであれば、全く持って問題ないかと」
「問題ない、とは?」
「侵攻計画です。簡単に国を落とせるかと思われます」
ふふっ、我ながら完璧な報告。
相手がいかに弱いかを強調し、自分達の敵ではない事を全面に出しながら、魔王様の予てよりの計画を持ち出す。
練習した甲斐があったぜ。
「そうか……36.96%」
「…はい?」
「この数字が持つ意味が何か分かるか?」
………わからん。
不味い、全くわからんぞ…
なんの数字だ?
パーセントだろ?
何かの割合の事なんだろうが……なんだ?
…俺の報告に関する評価か?
約40%…低過ぎだろ!?
「えっと……俺に対する評価でしょうか?」
「………そういう事にしてほしいか?」
「し、失礼しました!!!」
間違えたァァァァァァアア!!!!
じゃ、じゃあなんだ?
なんの数字だ?
明日の降水確率?
いや、そんな下らない事を魔王様が聞くはずないよな?
……いや、逆にありえるのか?
俺が何を考えているかを把握するためのブラフ。
どうでもいい質問を投げかけ、どんな反応を見せるか確認する。
ありえる…ありえるぞぉ。
魔王様ほどの知恵者なら充分――「時間切れだ」―――!?
「正解発表といこう。正解は、今回の攻撃で発生した我が軍の損害。――正確には、攻撃に参加したシモベの損害だな」
「は、はぁ…?」
攻撃に参加したシモベの、約4割が死んだって事か?
結構死んでるんだな…
でも、4割くらいなら普通じゃないか?
敵を攻撃する時は3倍の戦力が要るって言うし、そんなものな気もするが…
そんな事を考えていると、魔王様が口を開いた。
「この数字は、早い段階で元支配者の隊長達に攻撃指示を出し、基地内で暴れさせた結果の数字だ。もし、指示を出すのが遅ければ。もし、指示を出していなければ、いったいどれ程の損害を出したのだろうな?」
「それは……」
早い段階で指示を出した。
つまりは、戦闘が始まってからそれ程の時間が経たずに、これだけの損害が出たって事か…
……不味いぞ、これだと単純な力押しでは侵攻計画が破綻する。
こっちがどれ程の損害を出すかを視野に入れた上で、計画を練らないといけないのか…
シモベなんていくらでも作れるから、使い捨ての戦力にしているのかと思ってたが…そういう訳にもいかなそうだぞ…?
「これを踏まえた上で、お前は侵攻計画が上手くいくと考えているか?」
「……いえ、そこまで考えが及んでおりませんでした」
「だろうな。今回はこちら側が攻めで、米軍はこちらが手を出すまで攻撃出来なかったが…次はそうもいかない。我々の攻撃射程外の遥か彼方から、非常に正確な攻撃が何度も飛んでくるぞ?その事も、視野に入れているか?」
「……いえ」
現代兵器……ミサイルとか言うやつか。
遥か後方から、正確に攻撃を当てる。
しかも、その威力はゴーレムを破壊できるほど。
そんなモノを進軍中の部隊に撃ち込まれては、たまったものじゃない。
俺の侵攻計画は…絶対に上手く行かねぇな。
「今回の件で、米軍の強さ。そして、現代兵器の強さを思い知った。これを次に生かさねば、恐らく私はかつての無能共と同じ道を歩むことになる。そうならないためにも、お前のような個として圧倒的な力を持つ者が重要となるだろう」
「……『最後の番人』をお使いになられるのですか?」
「…あれは最終手段だ。アレには砲撃も爆撃も効かんし、速度も音速を優に超え、逃げることも出来ない。攻撃は要塞を粉砕し、あらゆる兵器が一撃で鉄屑へと変わるだろう。アレを止められる者は、世界的に見ても極わずかだ」
……バケモノだな。
それはつまり、4割もの損害を出したあの攻撃を、無傷で圧勝出来るわけだ。
例え無駄遣いに思えるようなエネルギーの消費の仕方をしていても、しっかりと考え込まれている。
流石は魔王様だ。
「魔王様は、こうなることを想定されて、『最後の番人』のような切り札を用意されていたのですね?」
「う、うむ…その通りだ!」
「おお…!流石は魔王様。では、素でに侵攻計画の構想は完了しておられるのですね?」
「そうだ、な……だが、今回の件で予想以上の損害を被った。部隊の再編が完了するまでは、動かない予定だ」
……俺がもっと活躍していれば、早く到着していれば、部隊の再編は必要無いかも知れなかった。
…いや、俺だけじゃない。
各隊長もそうだ。
魔王様は、『圧倒的な個の力を持つ者が重要』と言っておられた。
俺達がもっと成果を上げなければ…魔王様の期待に応えねば!!
「部隊の再編が完了し、計画を決行する日が来ましたら、私に『一番槍になれ』とご命令下さい。必ずや、魔王様のご期待にお応えしてみせます」
「そうか…期待しているぞ?」
「はっ!」
魔王様は、表情の読めない顔でそう仰ると、俺に退室するように命令なされた。
謁見の間を出た俺は、ここに来るときに使った転移門を通り、元の〈迷宮〉に戻る。
そして、来る日に備え、今まで以上に鍛錬に打ち込んだ。
◆
「ふぅ〜……」
誰も居ない自室で、私は天を仰ぎながら深い溜息を吐く。
「今日中に計画を練り直し、部隊の再編内容も考えねば…」
……それが終わったら、この件の後始末や対応の命令、捕虜の管理や引き渡しについても考えなければならない。
「やることは山積みだな……」
人間時代であれば、過労死していたかも知れない仕事量に、私は思わず笑ってしまう。
そして、鬼羅が言っていた言葉を思い出して、また笑う。
「『最後の番人』……後悔先に立たずとはこの事か」
『最終手段として使える、最強の切り札を用意する』
そんな考えのもと、過剰なくらいの戦力を作ったが…やはり過剰だったな。
アレを作らなければ…もう少しマシなものにしていれば、どれ程楽だったか。
過去を悔やんでも仕方がないのはわかっているが、コレばがっかりは無理だ。
「いっそ、アレで米本土攻撃でもするか?それくらいの戦力だぞ…」
『過ぎたるは及ばざるが如し』
この言葉を作った祖先には頭が上がらないな。
その通りだと、言う他ない。
誰も居ない自室で過去の自分を嘲笑し、過去一の速度で頭を回転させながら侵攻計画を練り直した。
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