第33話
彼の国の海軍の船を撃沈してから一ヶ月。
ようやく、私が彼の国海軍の船を沈めたという報道が落ち着き始め、彼の国からの抗議の内容も適当なモノになってきた。
あれ程のことをすれば、何かしら面倒なことになるかと思ったが、案外そうでもなかった。
彼の国は米国に仲介を依頼したようだが、キッパリと断られている。
米国がそういった対応を見せたので、他の国も仲介を引き受けることはなく、彼の国は中国にも声を掛けたが無視されたそうだ。
「ここまで上手くいくと、逆に恐ろしく感じるが……その懸念も今日までだな」
「そうですね。既に、各基地に対する攻撃準備は整っております。後は、魔王様の一声があれば……」
「そうか。では―――はじめるか」
嫌々ながら、魔王軍全体に命令を飛ばす。
―――米国は我々の要求を拒否した。よって、予告通り武力による基地制圧を行う。吉報を持ち帰れ―――
私の命令が末端のシモベにまで響き、魔物の軍隊が動き出した。
目標は、沖縄を除く日本に存在する全ての米軍基地。
「……始まったな」
「始まってしまいましたね」
私は、随分とやつれた様子の古河に声を掛ける。
彼は、今回の件で私に何度も異を唱えていた。
その内容は、民間人の避難について。
元々、米軍に対し奇襲を仕掛けるために、民間人の犠牲もやむなしと考えていた。
しかし、彼の嘆願を聞き入れ、民間人を避難させた上で決行することとなった。
お陰で米軍は我々の動きを察知し、迎撃態勢を整えている。
奇襲は成立しない。
その為、予定よりも多くのシモベを動員し、米軍基地を包囲することにした。
銃弾を身に受けても簡単に死なないオーガや、小銃がほとんど意味を成さないゴーレム、流体であり、大抵の攻撃がすり抜けてしまう巨大スライムなどを中心に基地を包囲している。
それ以外の戦力も多数存在している為、米軍に勝ち目はない。
――はずだった。
「……何だこれは?」
銃弾を受けても死なない屈強な肉体を持つオーガは、狙撃によって頭を撃ち抜かれて即死。
小銃がほとんど意味を成さないゴーレムは、砲撃や爆破で粉砕。
スライムもグレードなどで体を燃やされ、凄まじい勢いでその体積が小さくなっていく。
「大原、待機している戦力も動員する。また、各隊長に対して前線で戦うことを許可しろ」
「了解しました」
もしこれでも駄目なら、予備戦力も投入すべきだ。
そして、これから生産するシモベの内容も変更すべきだろう。
オーガには、銃弾を耐えられるタフネスに期待していたが、やはり所詮は生物だ。
頭をスナイプされては、どうしようもない。
ゴーレムはその硬さに期待していた。
小銃はもちろん、砲撃でさえ倒せないその強度を信頼していたが…やはり岩の体では限度があるようだ。
巨大スライムは、銃弾はもちろん、砲撃すら効かない流体の体に可能性を見出したが、やはりスライムはスライムだ。
燃やされればあっという間だな。
「全ての戦力を使って攻撃することを命じました。また、各隊長にも攻撃命令を出し、前線で戦うように命じておりますが…」
「安心しろ。米軍に斬りかかるエルフの姿が見えた。他にも、雑兵とは比べものにならない程の速度で攻撃を行う者がいる」
「各隊長も前線に出ているということですね…」
「ああ。……想像以上に強いな?」
各隊長に攻撃命令を出し、多くの者が最前線に出始めると、一気に穴が空いた。
人間の反応速度では対応出来ない速さで動く、元支配者の隊長達は、やはり主戦力として期待できそうだ。
……となると、元支配者並に強くしたシモベはどうだろう?
「魅香、すぐに動ける者は居るか?」
「もちろんです。万が一に備え、いくつかの《迷宮》に待機させています」
「では、最も戦場に近い《迷宮》に居る者に指示を出せ。その力を私に見せろと」
「かしこまりました」
個の力が、どれ程の効果を発揮するのか?
今一度、確かめておく必要がある。
今まで、私は『守り側』という自分に有利な状況でしか戦ってこなかった。
確かに、個の力が恐ろしい効果を発揮することは知っているが、それが『攻め側』という不利な状況でも効果をもつのか?
……まあ、隊長達が米軍基地内で無双しているのを見るに、間違いなく効果はある。
わざわざシモベを向かわせるまでもないが…シモベでも同じことが可能か、調べておきたい。
「結果次第では、第一部隊が切り札になる。良い結果が得られるといいが…」
私は、魅香が命令を出したと思われるシモベと視界を共有し、その活躍ぶりを見ることにした。
◆
「あそこだな?魔王様の要請を無視した愚か者共の拠点は」
『ええそうよ。魔王様は今、あなたと視界を共有しているわ。あなたの活躍次第では、今後第一部隊が魔王軍の切り札となるそうよ』
「そりゃあ、気合をいれねぇとな!」
俺は鬼羅。
近衛部隊である、第一部隊所属の鬼人だ。
俺は第一部隊の中じゃ、上の中に入るくらいの猛者で、隊長も俺のことは高く評価してくれている。
「なぁ隊長。俺は、あの拠点の中にいる人間を皆殺しにすればいいんだよな?」
『最悪それで良いわ。まあ、魔王様は出来るだけ殺さずに制圧するように、と厳命されているけれど』
「了解。じゃあ、手当たり次第殺すのはやめとく」
隊長の話だと、元支配者の別部隊の隊長が拠点内で無双してるらしい。
戦力的に同格である俺が、元支配者の隊長と同じ働きが出来るかという検証のため、駆り出されたんだとか?
こういうのは、本来隊長がすべきなんだろうが……あの人は長く居座ってるだけの雑魚だ。
最古参のシモベかつ、魔王様の推薦という単純な実力を遥かに凌駕する、強力な肩書で隊長になっただけ。
あんなの、一方的にボコせるが…まあ、先輩の顔を立ててるって所だ。
それに、あの人の立場に文句を言うという事は、魔王様のお考えに文句を言うのと同義。
そんなおっかねぇこと、誰もできゃしねぇ。
だから、一応あの人は隊長として受け入れられている。
「っと、頭を使うのはこれくらいにしてと…」
愚か者共の拠点に着いた俺は、真っ先に銃とやらで俺の仲間を攻撃する輩の腕をへし折る。
「ぎゃあああ!?」
「うるせぇ黙れ!」
軽く肘をあり得ない方向に曲げてやったら、奇声を上げやがった。
それがうるさかったから、軽く殴って黙らせる。
魔王様が見てくださっているんだ。
ヘマはできねぇ…
「恨むなら、自分の所のお上さんを恨むんだなぁ!」
「がはっ!?」
「かひゅっ!?」
1人は鳩尾を殴って気絶させ、もう一人は喉を突く。
一瞬で二人を制圧すると、狼狽えている残りの人間達の意識を刈り取っていく。
「ほっ!よっ!よっ!」
隊長は言ってたぜ?
『最低限の動きで、最大限の成果を出す。魔王様が望まれているのは、そういう戦い方だ』ってな?
今のがソレなんじゃねぇーか?
かなり少ない動きで、5人は気絶させたぞ?
「このバケモノめ!死にやがれッ!!」
「あん?俺はバケモノじゃなぇ、鬼人だ」
「なっ!?英語を喋ったぞ!?」
……英語?
コイツらの母国語か?
なんだかよく分からんが、まあ魔王様のお陰だろう。
魔王様に強くしてもらった時に、色んな言語を自然に話せるようになった。
使う機会が無かったが、中々に便利だな。
これなら、言語の差で不利になる事はねぇ。
奴らが、『俺達の言語を理解出来ない』と思って、作戦をベラベラと喋ってくれたら戦いやすくなるからな?
「オラァ!全員おねんねしとけぇ!!」
突っ込んでいって、一番先頭にいた奴の頭を引っ掴んで他の奴の頭にぶつける。
そこで手を離し、別のやつを殴って沈める。
そのまま、走り抜けるように次々と殴っていけば……ほら、あっという間に制圧完了だ。
「まだ全員はやれてねぇな。残りは建物の中か」
他の部隊の隊長が盛大に暴れていたらしく、外に居た奴らは全員気絶させた。
残りは建物の中だ。
残りもささっと片付けて、魔王様の期待に応え――鬼羅――なっ!?
「魔王様!?ど、どうかなさいましたか!?」
突然頭の中に魔王様の声が響く。
心臓が破裂して、口から飛び出しそうなほどバクバク言ってやがる。
やべぇ…緊張で手汗が…
――そのまま建物の中にいる者達も制圧しろ。そして、それが終わったらお前が居たダンジョンの十階層最奥に来い。転移門を用意してやった――
「はっ!ありがとうございます!」
――米軍と戦った感想を聞かせてもらう。では、仕事に戻るように――
「かしこまりました、魔王様」
……怖えええぇぇぇええ!!!
は?え?
魔王様って、あんな冷たい声で話す人だっけ!?
凍った湖に沈められたのかと思ったわ!!
感想…感想って言われてもなぁ…
「……コイツら、弱すぎて話になりません、は不味いよなぁ」
隊長が暴れて荒らした後だったから、弱かった可能性もある。
俺よりも、隊長に聞いたほうが良いと思うんだが……俺なんだよな。
「……まあ、頑張ってそれっぽい事言うか」
きっと魅香隊長が援護してくれるはず。
あの人、弱いけどずっと昔から魔王様の隣りに居るから、魔王様のご機嫌取りは上手いはず。
やばくなったら、魅香隊長に丸投げしようっと。
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