第32話

威嚇射撃程度で恐れ慄き、逃げるような連中が軍人とは…軍人の恥晒しだな。

彼の国なら反撃くらいはしてくると思っていたが…まあ、どの道生きて帰す気はなかった。

逃げようが向かって来ようが関係ない。


「しかしまぁ…これで奴らが竹島へ手を出すのは諦めるだろう」


密漁者が消えることはないだろうが、少なくとも彼の国の軍勢が竹島周辺を彷徨くことはないはずだ。

そうなればこっちのもの。

密漁者を片っ端から捕まえ、〈迷宮〉内に作成した強制労働階層で働かせる。

強制労働の内容的に生産性皆無の階層ではあるが、手隙のシモベに仕事を与えるという意味では大いに役立ってくれるだろう。


「クロ、あの階層に関する報告は上がってきているか?」

「あの階層……石拾いをしている者達の事ですか?特に、報告は上がってきてはいません」

「そうか…やはり、期待するだけ無駄だな」


ちなみに、強制労働の内容というのはヒスイ拾いだ。

ひたすら小石が転がっている海岸を歩かせ、ヒスイが小石に混じっていないか探す。

実際にヒスイが転がっている海岸があり、観光名所になっているという話を聞き、この仕事を思いついた。


〈迷宮〉の階層作成には、特定の地域の環境を再現するというモノがある。

極端な話、東南アジアの気候を北極で再現すれば、北極でバナナが作れる。

その機能を使い、ヒスイがあるという海岸の周辺の環境をとある階層に再現した。

事前調査で、実際にヒスイがあることは確認済み。

ならば、このヒスイ拾いは全く無駄な行為ではないのだが…


「砂漠の中で砂金を探すような話だ。刑期が終わればヒスイは持ち帰って良い事になっているが…効率が悪過ぎる」

「ですが、宝石が拾えると言う甘い言葉に、諦めること無く今日も石を拾っています。愚かとしか言いようがありません」

「そう言ってやるな。彼等はそれしかやることがないのだ。それに、彼等の漁船はこちらで徴収している。船を取り上げられた以上、帰国後の生活に少しでも足しになるモノがあったほうがいい」


漁船を取られた漁師など、無職と何ら変わらない。

釣り竿があれば食いつなぐ事は出来るかもしれないが、職にはならない。

その事を知らされている彼等は、帰国後船を取り戻すため、新しい職に就く為に、必死にヒスイを探している。

……多方、取り尽くされているとも知らずに。


「……そう言えば、金が取れる川というモノが昔はあったらしいな?」

「今度は金ですか?金なんて、かつての金鉱山があった地域を再現すれば良いでしょう」


ヒスイが取れなくなれば、今度は金にしよう。

そう考えてクロに相談してみたが、クロは金鉱山を作れば良いと言った。


「そうしたい所だが、金鉱山の再現には相当な量のエネルギーを消費する。おまけに、金鉱山で大量の金を採掘しては、金の価値が下がってしまう。古今東西、金は人を狂わせる輝きを持つモノでなくてはならない。変わらぬ価値。それが、金の価値というモノだ」

「はぁ…?」


金の価値を落とさない為にも、金鉱山の再現はしたくない。

……だが、他の〈支配者〉はそうもいかないだろう。

人を狂わせる輝きを持つ金が、〈支配者〉を狂わせるのは当然の事。

目先の利益に取り憑かれたバカが、いつか金鉱山を創ることだろう。

今はあまりにも消費エネルギーが多すぎて作れないだろうが……時間を掛けすぎるのは良くない。

第二の私のような〈支配者〉が現れれば、そいつは間違いなく金鉱山を創る。

そうなれば、金の価値はガタ落ち。

ゴールドラッシュは過去の話になるだろう。


「というわけで、金鉱山を作る気はない」

「……ですが、金が取れる川を作るというのも、問題なのでは?」

「川で取れる金の総量なんてたかが知れる。大した影響はないさ」


……世界中の〈支配者〉が金の取れる川を作れば話は別だが、そんな事をしている暇があったら軍拡をするだろう。

取れた金で銃を買ったり、国を味方に付けるという方法も取れるが…さっきも言った通り、川で取れる金の量などたかが知れる。

それこそ、金鉱山を作らなければ意味が無い。

果たして、そんな余裕が他の〈支配者〉にあるだろうか?


「まあ、まだヒスイが取れる海岸は現役だ。金の取れる川が活躍するのはもう少し先の話だろう」

「では、まだヒスイの海岸を使われるのですね…」


クロが安心したような表情を見せる。

どうやら、また前のように大量の小石のなかから金を探す仕事をさせられるのではないかと怯えているらしい。

……流石に私も反省しているさ。

クロほど有能なシモベにさせる仕事ではなかった。

今度はゴブリンにでもやらせよう。


「さて、では農園の気候の調整という面倒な仕事を――」

『魔王様、お時間いただけないでしょうか?』

「――なんだ古河。何か問題が発生したのか?」


気を取り直し、農園の気候の調整を始めようとコアに触れた時、古河から念話が飛んできた。

今日は“例の件”について交渉してくれているはずだが……やはり駄目だったか?


『例の件ですが……やはりというべきか…』

「そうか……問題ないさ。分かりきっていた事だ」

『そうですね。沖縄以外の全ての米軍基地を撤退させるなど…はっきり言って、非現実的話です』


非現実的、ねぇ?

随分とモノをはっきりと言うじゃないか、古河。


「ふっ、見違えたな。三年前は裏でコソコソ動くことしか出来なかった男が、私の案に『非現実的』という言葉を添えるとは」

『ッ!!も、申し訳ありません!』

「別に怒ってはいないさ。少し驚いただけだ。『魔王』を名乗って以来、皆私に対して怯えたように接してくる。以前と変わらなぬ態度を取るのは、あの愚妹くらいだ」


そう考えると、あの愚妹がいかにとんでもない奴か分かる。

子供が出来るなり、養子である私を平気で捨てたあの親でさえ私に怯えているというのに…


「身の程を弁えている範囲であれば、別に多少の無礼は許してやる。私は魔王だぞ?少し馬鹿にされたくらいで部下を殺すほど、器は小さくない」

『は、はぁ…?』


暴君といえば、事あるごとに部下を殺しているイメージがある。

私も法をの一切を無視して国をガラリと変えているため、充分暴君と言えるだろう。

しかし、私は暴君であっても決して愚王ではない。

無意味に部下を殺したりはしないさ。


「話を戻そう。私が手渡した文章は、全て読み上げてくれたか?」

『もちろんです。コピーしたものを配布もしていますし……警告としては充分かと』

「そうか…次の交渉では、もう少し強気に行くとしよう。そして三度目の交渉で駄目なら…」


……その時はその時だ。

地域住民の避難をするべきか否か…いや、避難をさせては、こちらが本気だという事がバレてしまう。

危険かも知れないが、地域住民の避難は無しだ。

そもそも、人を近付けさせなければいい。


『…出来れば、事を構えたくはありませんね』


古河が絞り出したような声で、念話を送ってくる。


「私だってそうさ。負ける気はないが、勝つのは難しい。勝てたとしても、少なくとも数年は他国への侵攻は難しくなるだろう」


米国と戦争になれば、その経済的損失は計り知れない。

軍隊は無限に生産できるが、国民の生活は悪くなる一方だろう。

それに、経済が悪化すれば戦争継続も難しくなる。

かつての二の舞いにはなりたくないな…


『経済制裁は免れないにしても、戦争には発展しない事を願っています』

「そうだな。そうならない事を祈るとしよう」


私のような暴君に神のご加護とやらが付くことはないだろう。

祈るだけ無駄かもしれない。

だが、何もしないよりは精神的に楽だ。


古河は念話を切り、職務に戻ったようだ。

私も何時までも思案に耽っていないで、仕事に戻ろう。

……農園の気候の調整という、面倒な仕事に。

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