第26話

「こちらのカボチャは、珍しい白い皮のかぼちゃでして、30年近く品種改良を重ねいざ栽培!――というところで震災に見舞われまして…」

「しばらく栽培出来なかったと…そして復興が進んだ今、町興しの一貫として販売されているのですね?」

「はい!こちら、私が作ったカボチャの煮物なんですが…」


爪楊枝の刺さったカボチャの煮物を差し出され、私は一つ食べてみる。

口に入れると、皮つきであるにも関わらずその存在を感じさせないほど柔らかく、またかぼちゃ特有の繊維を感じない。

そして、しつこくない優しい甘みが舌を包み込んだ。


「……美味いな」

「本当ですか!?」


カボチャは別に好きでは無かったが、これなら毎日出されても簡単に食べられる。

長年に渡って品種改良された、努力の片鱗を知ることができる味と食感。

これが世間に知られていないのは勿体ない。


「この近くに〈迷宮〉は……少し遠いな」

「〈迷宮〉ですか?」

「ああ。〈迷宮〉の構造は私が自在に変化させることができる。広大な農地へ変え、もっと生産量を――と思ったが、ここからは少し遠いようだ」

「そうでしたか……あの、ほんの少しで構いませんので、是非〈迷宮〉の農場を使わせていただけないでしょうか?」


ほんの少し?

〈迷宮農場〉は大量生産を基本とした農場だ。

ほんの少しとなると、逆に難しいな…


「ほんの少しは難しい。一区画で良いのなら、使わせられるが?」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。だが、ここからは少し遠いぞ?町興しと言うには、少し距離が――「やります!」――いいのか?」

「はい!やらせてください!」


……まあ、熱意があるうちにやらせておくか。

それに、売れなくとも私がこのカボチャを買い取れば、作った分の元は取れるだろうし、私が好んで食べていればそれだけで箔が付く。

それに、少しでも日本で作られる食品を増やせるなら、それはそれで良いだろう。


「分った。ここから一番近くの〈迷宮〉に農場階層を作る。それができ次第、始めてくれ」

「かしこまりました!」


そう本当に嬉しそうな顔で頭を下げる彼女の熱意は本物だ。

多くの人々に親しまれるカボチャとして、全国に広まれば良いが…


農地の視察を終え、予定されていたポイントを全て回った私は、時計を見てあることを思い出す。


「そうだ、発表はもう終わっていたな?」

「はい?……ああ、あの発表ですね?おそらく終わっていると思われます」

「なら、そのタブレットでネットに上がっている世間の反応を見せてくれ。内容が内容だからな。かなり荒れているだろう」


あの発表で話される内容の殆どは、私が無理矢理政府に指示を出して、かなり無茶苦茶なモノになっている。

もちろん、私が指示したものは全て『魔王の指示』という事になっている。

一応情報開示は行っているが、私が指示していない事を『魔王の指示』と言ってはいけないという指示は出していないので、不都合な事を私のせいにされるかもしれないが…別に構わない。

多少の悪影響が出たとしても、どうとでもなる。

気にする必要はないだろう。


「…こちらになります」

「ほう?かなり非難されているな」


今回の発表でされる方針は、以下のものだ。


・消費税の減税

・憲法9条の改正

・憲法24条1項の改正

・対中国を想定した輸出規制の見直し

・放射性廃棄物の処理について

・防衛費の増加


これが今回の発表の内容なのだが、上4つは私の指示によるもの。

下2つは私ではなく政府の意見。

しかし、どうやら防衛費の増加に関しても私の指示という事になっているらしい。


「やるだろうとは思っていたが…想像以上に行動が早い」

「……」

「まあいいさ。悪評が広まれば、私は憎むべき存在として大衆の敵になる。共通の敵がいれば、人々は団結するのだからな」


恨まれる事は、決して悪い事だけじゃない。

共通の敵を作ることは、本来敵対していた者達の協力関係を作る。

そして、協力関係ができれば様々な交流が生まれる。

人類――いや、ホモ・サピエンスの発展は他の文化との交流によって後押しされた。

交流によって技術が交われば、さらなる新技術の開発に繋がるだろう。

そのために、私は共通の敵になる。

嫌われ役も良いものだろう?


「さて…大体言っている事は同じだな。まあ、基本的に予想通りだ」


世間の反応の中で、似たようなモノを纏めて抜粋すると、


“消費税の減税は嬉しいけど、憲法9条の改正は許せない!”

“同性婚に対して明確な回答を出したのは良い。でも9条を改正する必要あったか?”

“中国への輸出規制の見直しって何?対中国包囲網から抜けるの?”

“魔王は中国の味方か?”

“また防衛費の増加かよ…これ、憲法9条と合わせて魔王が侵略戦争を仕掛けようとしてるとしか思えないだろ…?”

“同性婚を認めてくれてありがとう。でも、戦争は止めて”


憲法9条の改正という劇薬を、消費税の減税と同性婚の承認で、少しだけ中和していると言ったところだ。

しかし、やはり憲法9条の改正に対する批判は激しいな…

……まさかと思うが、これ全部左翼という訳ではないよな?


反応をさらに詳しく調べると、少しは肯定的な意見もあったが、やはり批判が強い。

戦争放棄を公約に掲げれば、他国に侵略されないと本気で思っているんだろうか?

本当に中立を維持したいなら、スイスのように国をガッチガチに固めないといけない上に、日本は立地の関係上、焦土作戦を行っても侵略されかねない。


本当に、こんな事で国を守れると思っているのなら、一度話してみたいものだ。


「……ん?何だこれは?」

「はい?……アレでしょうか?」

「極右というやつか?流石にこれはやり過ぎだな…」


“良くやった!国民を全員徴兵できるようにして、核武装も行って中国やロシア、アメリカに対抗しよう!!”


……とてもじゃ無いが、正気とは思えない。

いくらなんでもこれはやり過ぎだ。

第一、今の時代は兵士の数よりも兵器の優秀さが大事。

兵士はモンスターや亜人を使えばいくらでも量産できる以上、わざわざ国民を徴兵する理由がない。

それは、もはやどうしょうもないくらい劣勢に立たされ、最後の悪足掻きとして行う行為。

そんな事をするつもりはない。


「まあ、批判が多いという事が分かれば充分だ。後は…7月までに最低賃金の引き上げを行うのが間に合えば良いが…」

「……本気ですか?最低賃金を全国で950円以上にするなんて」

「ああ。東京や大阪では1000円を超えているというのに、中には未だに800円代の地域があるのは大問題だ。1000円とは言わないが、それくらいしたって良いだろう」


地方の中小企業には苦しい思いをさせるかも知れないが、この賃上と消費税の減税が上手く合わされば、経済の活性化に繋がる。

失敗すればインフレ、デフレ待ったなしだがな。

それでも、この大きな賭けは行うべきだ。

なんとしてでも、この国を活性化させる!


「さて、早く戻るぞ。時間は有限だからな」


そう言って、私は彼女を急かして車へ乗り込んだ。






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