第25話
〈中央迷宮・魔王城〉
三年間で私の〈迷宮〉は、全五十階層からなる巨大な大迷宮へと姿を変えた。
そして、全国に存在する〈迷宮〉の七割は残してあるので、他の〈迷宮〉と区別するために〈中央迷宮〉と呼んでいる。
そんな〈中央迷宮〉の四十五階層は〈魔王城〉と呼ばれ、安土城をモチーフにした巨大な城がそびえ立っている。
ここは〈中央迷宮〉の最終防衛ラインであり、会議室、元支配者の自室、私の執務室、私の自室など、重要な施設が一通り置かれている本拠地でもある。
そして、そんな重要施設の一つである会議室に、各部隊の隊長及び副隊長を召喚していた。
「全員揃ったな。では、これから今後の部隊運用についての会議を始める。知っての通り、私は日本全土の〈迷宮〉及び〈ダンジョン〉を制圧したことで、日本のトップとなった。ここまではいいな?」
『はい』
私の問いかけに、全員が口を揃えて返答する。
「それは結構。私が日本のトップ――すなわち、日本の国家元首になったことで、お前達は正式な国軍としての扱いを受けるだろう。ならば、正直に言って今の適当に作られた部隊では格好が悪い。いくつかの部隊を統合・新設し、部隊内容を変更する」
「魔王様」
「どうした島木?何か質問があるのか?」
途中で第五部隊の副隊長、島木雄介が手を上げた。
何か質問があるらしい。
「俺は、今のままでも充分だと思うのですが……やはり、格好悪い以外にも理由があるのですか?」
……確かに、変更理由が格好悪いでは些か問題だな。
「そうだな。今の部隊は私のシモベになった順に部隊を作っていたが、そのせいで数が膨れ上がっている。現在の部隊はいくつだ?」
「十八です…」
「そうだ。では、各隊長に指示を出すのは誰だ?」
「魔王様です」
「そうだ。ハッキリ言って、私に権力が集中し過ぎている。言い方を変えれば…仕事が多すぎるのだよ」
十八も存在する部隊に一つずつ指示を出すとなると、かなりの時間を取られる。
ただでさえ国のトップが変わった影響で、混乱によって仕事量が増えているというのに…一々指示を出すのは効率が悪い。
「まあ、要は大将や元帥と言った役所を作り、彼等に私の仕事を肩代わりしてもらおうということだ。一応、聞こう。この中に、大将をやりたいものは居るか?」
私がそう聞くと、会議室はシーンと静まり返った。
「誰も居ないようだな。では予定通りこちらで決める。大原!」
「ハッ!」
私が大原を指名すると、大原は大きな声で返事をする。
頼もしい限りだ。
声を大にできる者は、この日本には少ないからな。
やはり、大原が適任だろう。
「君は元支配者としては最古参の部類だ。年功序列にはなるが、大将をしてくれるか?」
「もちろんです。この大原英輝、信恵様の――いえ、魔王様のご命令とあらば、どんな任務も遂行いたします!」
「素晴らしいな。では、君には陸軍大将を任せよう。輝かしい活躍を期待するぞ?」
私は、そう言って大原を激励すると、視線を移す。
そして、その先にいる人物の名前を呼ぶ。
「水島!」
「はい!」
彼は、水島俊。
人間に近い見た目をした竜――竜人の元支配者で、第十二部隊の隊長だ。
そして、第十二部隊の二つ名は〈飛竜部隊〉
ドラゴンやワイバーンに跨り、空から攻撃を仕掛ける虎の子の精鋭部隊だ。
そんな〈飛竜部隊〉を束ねる水島であれば…
「君は〈飛竜部隊〉を用いて数々の功績を上げてきたな?」
「はい。光栄であります」
「ならば、その経験を活かし、空軍大将を任せよう」
「了解しました、魔王様」
彼なら、上手く空軍をまとめてくれるだろう。
航空戦力は必要不可欠にして、戦況を左右する重要な戦力だ。
数々の功績を上げた彼なら、空軍を任せられる。
「陸軍、空軍ときて、最後は海軍というわけだが……彼女以上に適任な人物は居ないだろう。長谷川!」
「ハッ!」
私はスーツ姿の褐色女性の名前を呼ぶ。
彼女は第十七部隊の隊長であり、元支配者の人魚。
そして、彼女の率いる第十七部隊は私の保有する海の戦力のすべてを保有している。
となると、第十七部隊は名前だけ変わり、そのままの形で残るだろう。
「第十七部隊は名称を変更し、いくつかの航空戦力を与えよう。そして、君は第十七部隊の隊長ではなく、海軍大将として働いてくれたまえ」
「ハッ!」
「いい返事だ。知っての通り、日本は海洋国。四方を海に囲まれ、どの国家とも陸続きにはなっていない。したがって、海における戦力は国防の要。お前が他国の侵略を未然に防げ」
日本は世界有数の海洋国。
海上戦力は国防の要であり、最も力を入れるべき戦力だ。
だからこそ、彼女には苦労をかけるだろう。
なにせ、海に適応した進化をした元支配者はおろか、人魚や魚人の中に魅香のような特殊なシモベは居ない。
一応、いくつかの魚人にかなりの力を与え、彼女の部下にしているが、元支配者と生み出されたシモベとでは訳が違う。
おそらく、これから彼女は心労が絶えないだろう。
待遇は他の元支配者よりも良いものにしないとな。
「陸海空の大将は決まった。では、部隊の統合を行う。第二から第十までの部隊は陸軍の管轄とする。続いて第十二と十三を除く第十一から第十七までは海軍の管轄だ。残りの第十八部隊は第十三部隊共に空軍の管轄。空挺師団や航空基地の守備隊だと思ってくれ」
こうして三つに纏めると、スッキリしていいな。
今のように、何十人も呼ぶ必要が無くなっていい。
「部隊を陸海空に別けたが、各軍の管轄で部隊をいくつも作ってくれて結構。これを機に、私は部隊の指揮から離れるつもりだ。作戦や部隊運用は全て任せる。…まあ、必要に応じて指揮を取る事はあるだろうがな」
私はしばらく内政に力を注ぎたい。
軍務は彼等に任せる。
非常時は私の強権を使うつもりではあるが、基本的にどのように戦力を運用するかは彼等に委ねる。
……ああ、そうだ。
「言い忘れていたが、第一部隊依然として私の直轄だ。近衛部隊として、私の命令にだけ従ってくれ」
「はい、魔王様」
私がそう言うと、魅香は二人の副隊長と共に頭を下げた。
第一部隊は特殊なモンスターや〈ダンジョンコア〉を守護する亜人達によって構成される、近衛部隊。
元支配者と違い、絶対的な忠誠を持つ者が多い部隊だ。
私の直轄として残しておくべきだろう。
ちなみに、魅香は第一部隊の隊長ではあるが、実力は中の下。
年功序列と私からの推薦で隊長の地位を確立している。
「では、大将を中心に各部隊の戦力をどのように分配するか、あるいはまったく新しい部隊を作るか等を話し合ってくれ。私はこれから国会議事堂へ行ってくる。何かあれば念話で連絡するように」
『はい!』
私は彼等の話し合いを邪魔しないように、すぐに会議室を後にした。
そして、クロとその部下を連れて国会議事堂へと向かった。
◆
各部隊の再編成を行ってから一ヶ月。
概ね私への仕事の引き継ぎは完了し、世間的にも私が日本のトップになった事は再認識された。
しかし、実質的な独裁政治に強く反対する動きが強く、今日もデモ活動が行われている。
「魔王様、お時間です」
「あぁ、分かっている。国のトップというのは大変だな。まだ就任から一ヶ月だというのに、忙し過ぎる」
私はスケジュール帳を確認し、次の目的地を調べると足早に部屋を出て車へ向かった。
外に出ると、デモ隊の声が私の元まで響いてきた。
『日本に独裁者は要らない!魔王政権反対!!』
『『『『魔王政権反対!!』』』』
魔王政権
私が世間からも、自分からも魔王を名乗った事で、そんな呼ばれ方をしている。
支配者の持つ、シモベに対する命令権の延長として、法や実際の武力すら超越した強制力を持つ私の発言は、これまでの人類史に無い新しい独裁だ。
今のところ、独裁らしい独裁はしていないが…まあ、数時間後に発表される『今後の国政の方針』の内容を聞けば、間違いなく独裁ではあるがな。
「行くぞ」
「はい、魔王様」
〈迷宮〉に入り、〈支配領域内転移〉で目的地近くの〈迷宮〉に転移したほうが断然速いが…こういうのは形式が大事だ。
まだ世間は魔法という超常現象に慣れていない。
だからこそ、見える形で動かないと、先方を混乱させるかも知れないからな。
「被災地の視察か…さて、私はどの程度彼等の支援ができるんだろうか」
「どうかなさいましたか?」
「いや?かの被災地には何度も行政支援がされているのに、未だに復興しきれていない事を考えていたんだよ」
「はぁ…?」
支配者になる前に、一度だけかの大震災の被災地へ行った事がある。
確かに、かなり復興は進んでいるが、未だに何もない平原がそこかしこに存在する。
あそこは、津波の教訓から居住区として利用できない場所だそうだ。
あの惨事を繰り返さないという目的では非常に正しいが、当事者でない以上『もっと有効活用すべき』と考えてしまう。
何か、いい方法は無いだろうか?
あの被災地の、さらなる復興に繋がるような形で、有効活用できる手段は……
そんな事を考えながら、私は空港へ向かった。
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