第24話

「……なんだ?」


聞き覚えのない、誰のものでもない声が私の頭の中に響いた。

幻聴のたぐいかと思ったが、確かにハッキリと聞こえたのだ。

――いや、頭に直接語りかけられたというべきか。

こういうものを、天啓と言うのだろうか?


そんな事を考えていると、シモベから念話が飛んでくる。


『信恵様!今、頭の中に声が!!』

「なに?お前も聞こえ――『信恵様!』――少しまて」


私は最初に念話を使ってきたシモベに待つよう言うと、会話に割って入ってきたシモベの報告を受けようとするが…


『信恵様!たった今変な声が――』

『主!機械音声のような声が頭に――』

『魔王様!聞き覚えのない声が頭に直接――』


立て続けに次々と報告を受け、頭の中に何人もの声が響いて混乱しそうになる。


「お前達、一度黙れ。同時に話しかけてくるな。私は聖徳太子のような能力は持っていない」


全員に念話を送り、無理矢理黙らせる。

聖徳太子は十人話を同時に聞き分けることができたと言うが…私にそんな力はない。

そもそも、確実に十人以上が念話を掛けてきている。

これは流石の聖徳太子でも無理だ。


全員が黙った事を確認すると、一人ずつ話を聞こうと思ったが…


【支配者ナンバー08524 織田信恵による日本国全土の〈迷宮〉及び〈ダンジョン〉の占領を確認。国家掌握プログラムを起動します】


「……は?」


意味がわからない。

支配者ナンバーとは何だ?

全支配者にはナンバーが割り振られているのか?

それよりも、国家掌握プログラムだと?

なんだ、その見るからに碌でもなさそうなプログラムは…


『国家掌握プログラム…?』

「ん?まさか、これはお前たちにも聞こえているのか?」

『『『『『『はい』』』』』』


私が一度に全員に質問すると、満場一致の肯定が返ってきた。

どうやら、これはシモベにも聞こえているらしい。

それも、元支配者のシモベに限定して。


魅香やクロはもちろん、この三年で私に高い忠誠を誇るモンスターや亜人を従えてきたが、彼等からの念話がないことを考えると、おそらくこれは元支配者――いや、この世界の人間にのみ聞こえているのだろう。

……待てよ?


「まさかとは思うが……」


私はすぐに核を介してネットを開き、それらしい情報が無いか探す。

すると、大手SNSアプリでそれらしい投稿が、チラホラとされ始めているのが分った。

それも、つい今しがたの事だ。


「そんなバカな…まさか、この世界の全人類に聞こえている訳じゃないだろうな?」


引き続きネットの監視をしつつ、シモベ達には『私にも聞こえているから報告の必要はない』と言って念話を切った。

やがて、ネット上に『頭の中に声が響いた』という投稿が増え始め、有名なインフルエンサー達も同様の投稿を始めた。


そして、ネット上で謎の声が話題になり始めた頃、ピンッ!という機械音が聞こえ、またもや機械音声のような声が響く。


【国家掌握プログラムが完了しました。国名、日本国の全国権を支配者ナンバー08524 織田信恵に付与します】


「日本の全国権だと…?何を言っているんだ……」


私が困惑していると、莫大な量の情報が頭の中に流れ込んできた。

それは、私が支配者になった頃に感じた情報痛の比ではなく、とても私が耐えられる代物では無かった。


「ああっ!あああああああああああ!!!」

「信恵様!?」


急に頭を抑え、苦しみ始めた私を見たクロが影から飛び出し。私のそばへ駆け寄ってくる。

しかし、私はあまりの痛みにのたうち回り、クロの心配の声は耳には届かない。

やがて、短い時間が永遠に思えるほどの苦痛を味わった先に、私は情報痛から解放された。


「の、信恵様…」

「はぁ…はぁ…クロ……少し肩を貸してくれ。体に力が入らないんだ…」


情けなくも、私は自力で起き上がることができず、クロに支えられながら椅子に座る。

その後もクロに支えられたまま、状況を整理し始める。


「…………こんな馬鹿げた話があってたまるか」


私は、思わずそんな愚痴を漏らしてしまうが、事実は変わらない。

《国家掌握プログラム》

どうやらこれは、本当に国を掌握するプログラムらしい。

簡単に言えば、全国権を一人の支配者に付与し、絶対王政を築かせるプログラム。

本当に、馬鹿げた話だ…

しかし、実際私は日本国民に対して命令を下すことができる。

国権を完全に掌握し、憲法すら自在に変更できるようになったのだ。


「本当にこんな事があっていいのか?…いや、何かの間違いかもしれない。彼らに話を聞くか」


私は信頼できる部下、秋本へ念話を飛ばす。


「秋本、国家掌握プログラムについての情報が頭の中に入ってきたか?」

『ええ、来ましたとも。なんですか?このふざけた内容は』

「そうか…」


どうやら、国家掌握プログラムの情報も全人類へ共有されている可能性がある。

こんなものが公表されればどうなるか?

世間の支配者に対する認識が、ガラリと変わるぞ。

今までは、『モンスターの軍勢を率いて他の支配者を攻撃する危険な集団』というものだったが、全ての〈迷宮〉及び〈ダンジョン〉を制圧されると、国が乗っ取られる事になる。

化け物達の主が国のトップになり、独裁政権を引くなど到底受け入れられないだろう。


「また何かあれば連絡する。急に念話をかけて悪かったな」

『了解しました。それでは』


念話を切ると、またネットの様子を観察する。

すると、やはり国家掌握プログラムに関する話題で持ちきりになっていた。


「情報は、少なくとも日本国内には広がっていそうだな…海外サイトも見てみるか」


私は諸外国のネットの様子も観察し、どの程度情報が公開されているのか調べる。

すると、私がわかる範囲のすべての国で、国家掌握プログラムに関する話がされていた。

やはり、全人類に対して国家掌握プログラムの情報が開示されているようだ。


こうなってくると、対応を遅らせる訳にいかない。

即座に古河に念話を繋ぎ、指示を出す。


「古河!今どこにいる?」

『の、信恵様!?い、今は自宅ですが……あのまさか国家掌握プログラム関連でしょうか?』

「察しがいいな。これから首相官邸へ向う。アポを取れ」

『そ、それは…』

「良いからやれ!拒否権はない!」

『は、はい!』


本来なら色々と手続きを踏むところだが…今は一分一秒時間が惜しい。

それに、国家掌握プログラムで私がこの国の支配者になった以上、私が何をしようと自由だ。

別に今から首相官邸へ行った所で問題はないだろう。

今どこで何をしているか知らないが、職務放棄をしてでも来てもらおう。


私はクロと何人かの護衛のシモベを付けて首相官邸へ向かった。







首相官邸


「松村総理、貴方も国家掌握プログラムの情報を既に得ていますね?」


私は首相官邸の一室で現内閣総理大臣、松村一志首相と面談をしていた。


「ええ、もちろんです。……まさか、私に今の地位を降りろと?」


どうやら既に国家掌握プログラムの情報から、私がその気になれば首相を辞任させることなど容易い事を理解しているようだ。

しかし、私はわざわざそんな事はしない。


「そんな意味のない事をするつもりはない。私は、貴方にしてもらいたい事があってここへ来た」

「してもらいたい事…ですか?」


今や私は国王だ。

現首相でさえかなり私に怯えているらしい。

もう少し楽にしてほしいが、甘く見られる訳にはいかない。

あえて、威圧感を出しながらいこうじゃないか。


「まずは、国民に対して私を正当な日本のトップ――国王として認めることを発表してほしい」

「国王…?」

「なんだ?国王で不満なら魔王を名乗ってもいいが…どうだ?」

「い、いえ!国王にしますと、天皇よりも下の地位になってしまいますので!」


天皇より下か…

そんな事を気にするとはな。

それか、あまりの内容に面食らった事を隠すために、適当なことを言っただけか…


「何を言うかと思えば…天皇は日本の帝であり、神道という日本で広く信仰されている宗教のトップ。私より地位が高くて当然だ」

「は、はぁ…」

「そこは気にするな。そんな事より、私を日本の国王――もしくは魔王として政治のトップにすることを公表しろ。いいな?」

「かしこまりました…」


今私に頭を下げてきているのが内閣総理大臣だと考えると…なんだか妙な気分だな。

私は何をやっているんだという思考が、何度も脳裏をよぎる。

しかし、それを悟られる訳にはいかない。


「次は日本における政治の権限…立法権、行政権、司法権の最高権限を私に集める仕組みを作れ」

「はい?」

「正確に言えば、予算案を通すときは必ず私に確認を取る事や、新しい法案は国会に提出してから私に回す事だな」


要は、私に仕事をよこせということ。

いくら国家掌握プログラムによって私に全権限が与えられているとはいえ、仕事がなければただ権力を振りかざすだけになる。

そんな無能な支配者にはなりたくないので、国の最高意思決定権を私が持とうということだ。


「…独裁者に成るおつもりですか?」

「そうだ。私に命令は絶対。私がこうしろと指示を出せば、必ずそれに従ってもらおう」

「し、しかし、それでは国際社会における信頼が…!」


信頼か…

私が国のトップとなった今、日本にどの程度の信頼が残されているか… 


「国家掌握プログラムは全人類へ公開されている。世界は支配者を非常に危険視するだろう。そうなると、既に支配者によって国権を奪われた日本は、どんな目で見られるだろうな?」

「……なら、何をしてもいいと?」

「まさか。ちゃんと国際社会における繋がりは重視するつもりだ。だが、日本が今まで積み上げてきたものが崩れる可能性はあるが…信頼とは、いつ如何なる理由で損なわれるか分からない。あまり私のせいにするなよ?」


私が日本を支配した事で損なわれた信頼は仕方のないものだ。

私自身、そんな仕組みがあるなんて知らなかったのだ。

あまり責めないでほしいものだ。


「最後に、私はこれから色々と国を改造するつもりだ。君達にはその支援をしてもらう。しっかりと働いてくれるなら、私は君の立場を保証しよう。次の、選挙まではね?」

「……」

「なに、心配することはないさ。悪いようにはしない。…ただ、独裁政治だからこそできるかなり強引な事をする。批判は免れないだろう。その時は私のせいにしてくれて結構。間違っても、私の邪魔をしないように」


そう言うと、私はおもむろに立ち上がって部屋を出ようとする。

入口で待機していたクロが扉を開け、私はその前に立つ。


「期待しているよ?」


最後にそう釘を刺してから、私は部屋を出て首相官邸を後にした。


後日、私の指示通り私を日本のトップにするという発表がなされ、国の最高意思決定権が私に移り国家元首としての仕事をすることとなった。

それを利用して私は独裁政治を敷き、老朽化していた日本の改築を始めた。



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